第10話 初デートは映画がベター


 観たい映画があって劇場に来ることはこれまで何度もあったけれど、劇場に来てから観る映画を決めるというのは人生初めての経験だった。


「琴吹はなにか観たい映画あるのか?」


「琴吹じゃなくて結月と呼んでと言ったはずよ。陽花里だって琴吹なんだから、呼びわけてくれないと」


 陽花里と琴吹で呼び分けてますけど、みたいなことを言っても納得してくれないんだよな。

 女子の名前を呼び捨てにすることなんてこれまで朱夏以外だとなかったから緊張する。


 陽花里の前では結月と呼んでるから、みたいなことを言って何だかんだ二人とも琴吹呼びで進めようという作戦だったんだけど、諦めたほうがよさそうだ。


「それで、観たい映画はあるのか?」


「蒼くんは?」


「その呼び方照れるんだけど」


「そんなこと言われたら尚さら止められないわ」


 そう言って、結月は嗜虐的な笑みを浮かべる。うわお、たちが悪い。


「……俺はミステリ系とか結構好きなんだけど」


 並んでいるタイトルを見た感じ、ミステリは上映していなさそうだった。

 国民的アニメの劇場版やホラー映画っぽいもの、動物系やSFみたいなタイトルが多い。


「結月は?」


「私は恋愛モノは好きね。あとは、まあ、ホラーとか」


 ホラー、か。

 俺は改めて上映作品一覧に視線を移し、その中の『ハッピーデスパレード』という作品を見る。


「ホラーって言っても種類あるくない?」


「びっくりさせられる系統は比較的好きかしらね」


「血が出るのは?」


「どちらでもいいけど、苦手ではない」


 その『ハッピーデスパレード』という作品のポスターを見てみると、不気味に笑んだピエロが映っている。薄暗い雰囲気もあって、まあ恐らく死ぬ系なんだろうなと予想できた。


「じゃあ、あれにするか?」


「蒼くんはそれでいいの?」


「俺はNGないから」


 事実である。

 観た結果面白くなかったみたいなことはあるけど、ジャンルによる敬遠はしたことがない。


 そんなわけでチケットを購入する。

 ちょうど十分後に上映が始まるようだ。ちょうど良かった。


 トイレを済まし劇場に向かう。

 この独特の空気感のにおいは映画館ならではでドキドキワクワクと心臓が踊る。


 本編はまだやっておらず、予告編が流れていた。予告編ってだいたいどれも面白そうに見えるからすごいと思う。実際、その期待値に足る面白さを持っているのは僅かなんだろうけど。


「蒼くんってよく本を読んでいるわよね」


「読んでるな」


 趣味はなんですかと訊かれたら読書ですと胸を張って答えれるくらいには本は読んでいると自負している。


 俺は彼女の方をちらと見ながら肯定した。


「どういう本を読んでるの?」


「それこそいろいろだけど、やっぱりミステリが多いかな。あとSF。ラノベも読むからファンタジーとかも読むかもしれない」


「恋愛モノはあまり好まない?」


「嫌いってわけじゃないけど、進んで手に取ることはあんまりないかも」


 俺が言うと、結月が「それはどうして?」と首を傾げてくる。


 どうして、か。

 訊かれて俺は考える。別にこれといって強い理由があるわけではない。なにかきっかけがあって読まなくなったわけでもない。


 というか、考えてみたら。


「どうしてって言われると難しいな。理由がないんだ。特別興味があるわけじゃないってだけなんだと思う。読んでみたら、存外面白かったりするかもな」


 手にしたことがなかった気がする。

 別作品の中に恋愛要素が含まれていたことはあっても、恋愛そのものを題材にしている作品は読んでこなかった。


 別に感情の機微にスポットを当てた作品が嫌いなわけではないし。むしろ、読み応えがあって好きなまである。


「……私、恋愛小説は割と読む方なの。もし、蒼くんさえよければおすすめを貸すことはできるわ」


 躊躇いながら、結月は上目遣いを向けてくる。俺の迷惑になるかもしれない、とか考えてくれているのだろうか。


 俺としては願ってもない申し出なんだけど。


「お願いしてもいいか?」


「ほんとに? 迷惑じゃない?」


「当たり前だろ。自分で選ぶとどうしても似たような作風に行っちゃうからな。人のおすすめって新鮮でいいんだよ」


「でも、合わないかも」


「それはそれで一つの気付きじゃん」


 すべては一期一会だ。

 作品と出会い、新しい景色を知る。その結果、これまでとは違う気付きがある。


 それは作品に限った話ではない。

 人と人だってそうだ。

 現に俺は彼女と出会うことで、こうして新しい気付きを得ている。


「あのね」


 結月がなにか言おうとしたとき、辺りが暗くなった。どうやら予告編が終わり、本編が始まるようだ。

 それを察して、彼女は視線をスクリーンの方へと移した。言葉の続きはまたあとで、ということらしい。


 彼女の仕草から何となくそんなことを感じ取った俺もまた、スクリーンへと視線を移す。


 しかし、ホラー映画というものをこれまで劇場で観たことはない気がするけれど、果たしてどれほどのものか。



 *



 映画を終えた俺たちは結月の案内でパスタ屋へとやってきた。彼女曰く、どうやらネットで調べたところ評価が良かったとのこと。


 注文を済ましたところで、先ほどの映画の批評会を始めようではないか。

 俺はコップに入った冷たい水で唇を湿らしてから口を開く。


「どうだった?」


 なにが、なんて言うまでもない。この流れならば、確実に映画のことを言っている。


「そうね、面白かったと思うけれど」


 結月は顎に手を当て、ちらと俺の方を見ながら控えめに口にした。俺の感想を伺っているようだ。


「蒼くんは?」


「うん、まあ、悪くはなかったかな」


 物語はとある廃遊園地が舞台だった。良くない噂があって、それを聞きつけたもの好きが調査のためにその遊園地に行き、様々な事態に巻き込まれていくという、ベタなもの。


 ベタというか、この場合は王道と言うべきだろう。つまり、シナリオはホラー好きにウケるような展開の連続だった。


 遊園地というでアトラクションそれぞれにショッキングな過去があって、そのアトラクションによって仲間が殺されていく。そうやって犠牲が増えていく中で真実に辿り着き、最終的に主人公は脱出に成功する。


「ということは、良くもなかったと?」


「終わり方がね」


「無事脱出できてハッピーエンドじゃないの?」


「仲間が死んでるんだぞ。ほとんどの友達を犠牲にして脱出したとして、それをハッピーエンドと言っていいのかどうか」


 俺はハッピーエンドが好きだ。

 こちらに解釈を委ねるもやっとする終わり方や、続きを前提とした終わり方、ましてバッドエンドなんてものはとにかく好きじゃない。


 せっかく一つの作品を楽しむのだから、最後は気持ちよく終わりたいというのが俺の考えだ。


 別にバッドエンドがダメというわけではない。世の中にはそれを好む人だっているし、物語によってはそれが最善という可能性だってあるから。


 でも俺は好きじゃない。


「それはそうだけど」


 俺の言葉を聞いて、結月は眉をひそめた。


「一緒にいた友達が実は全員クソ野郎だった、とかならスッキリして良かったんだろうけど」


「確かに、そういう展開はなかったわね。どちらかというと、お涙ちょうだいな作りだったかも」


 そうなんだよな。

 アトラクションで死ぬ直前に、主人公との思い出を語りながら涙を流すシーンがある。

 それも、死ぬキャラクター一人ひとりにそれが用意されている。

 お腹いっぱいだった。


「それがどうにもな。でも、話の進め方とかは面白かったよ。先が読めない展開も良かった」


「あ、あそことかどうだった? メリーゴーランドの……」


 それからしばらく、映画の話で盛り上がった。話してみると、着眼点が違ったりしていて面白い。感想を言い合うのは人と映画を観に来たときの醍醐味だけど、やっぱりいいものだな。


 初デートは映画。

 一緒にいる時間を確保しつつ、映画のあとに感想を語り合えるので話題も用意できてしまう。


 なるほどね。

 これは確かにその通りなのかもしれないな。

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