第9話 これが優越感というやつか


 琴吹姉妹と話し合いをした日から数日が経ち、気づけば一週間が終わっていた。


「はい、これ。明日はこれを着ていくこと。いい?」


 金曜日の晩。

 俺の部屋にやってきた妹がベッドの上に紙袋を置いてそんなことを言ってきた。


 朱夏曰く、どうやら俺の私服はダサいらしい。中学の時に買った服を未だに着ているのだから無理もないが。

 けど別に俺は今でもその服のデザインをダサいとは感じていないので、一人で買い物に行けばきっと似たような服を買ってしまうに違いない。


 俺一人がダサいと思われる分には何も問題ないけれど、隣に人が歩く場合はさすがに考えなければならない。


 そこで俺は朱夏に相談をした。

 その結果がこの紙袋というわけだ。


「感謝する」


 素直に感謝の気持ちを述べた。

 朱夏は満足げに笑って、こちらに手を差し出してくる。急にどうしたのかと思いながら俺がお手をすると「ちがうわ!」と見事な反応でツッコんできた。


「お金!」


「ああ、金ね」


 俺は財布からお札を出して朱夏に渡す。服代に少しだけ上乗せしておいたのは、いわゆるチップ的なやつだ。


「けど、まさかお兄ちゃんがデートだなんて。しかも、相手はあの美人さん!」


 朱夏がしみじみと呟く。


 そう、俺は明日デートをすることになっている。

 最初は土曜日と日曜日に分けて二人それぞれと会うよう求められたけど、さすがにそれはしんどいので断った。


 その結果、二部制になった。


 朱夏には二人と会うことは話していない。琴吹さんとデートに行くということだけを伝えた。嘘は言っていない。二人とも琴吹だし、デートにも行くわけだし。


「もう付き合ってるの?」


「まだだ。ていうか、付き合うかどうかも分からん」


「あんなに美人さんなのに? この先、お兄ちゃんがどれだけ望もうとあのレベルの女の人は相手してくれないよ?」


「実兄に対して言葉が辛辣すぎる」


 んなことないわ、と言いたいところだけど朱夏の言うことも間違ってはいないと思う。

 普通レベルならばまだ否定の余地はあるけど、琴吹姉妹レベルとなると確かにそうかもしれない。


 贅沢な話だよな。

 超美人の双子姉妹両方からアプローチされるなんてさ。


「……あれ」


 よくよく考えると、俺の中に付き合おうという気持ちが現れたとして。


 俺はあの二人のうち、どちらかを選ばないといけないってことか?



 *



 皆倉市といえばここら辺では最も栄えたエリアである。

 多くの飲食店、アミューズメント施設、アパレルショップなど、とにかく様々な娯楽が入り混じっており、放課後や休みの日は学生はもちろん大人まで『とりあえず皆倉行くか』みたいな雰囲気が漂うほど。


 そんなわけで午前十時二十五分。

 俺はガタンゴトンと電車に揺られて皆倉市までやってきていた。一応、集合の五分前に到着するようにしたんだけど、集合場所には既に彼女が待っていた。


 改札を出たところで柱に背中を預けて周りをきょろきょろと見渡している。


 本日のイベント、第一部のお相手は琴吹結月だった。


「ごめん、待ったか?」


 俺は彼女に駆け寄り声を掛ける。

 すると結月はゆっくりと柱から背中を離してこちらを向き、にこりと柔らかく微笑む。


「いえ。私も今来たところよ」


「……本当は?」


「三十分前から待機してたわ」


「なんで一旦見栄張るの? あとどうあっても三十分前は早いって」


「楽しみすぎて家にいてられなかったのよ。空腹が最高の調味料だなんてよく言うけれど、この待ち時間もまさしく最高のデートを過ごすための調味料だと思えば苦ではないわ」


 そう思わなければ苦なんじゃん。

 いや、よほどのもの好きでなければ待ち時間が好きだという人間はいないか。


 このままだと埒が明かないだろうし、さっさと話を切り替えようか。


「それで、今日はどうするんだ?」


 予定はあちらが決めることになっていた。二人分のプランを短期間で考えるのは大変だろうというあちら側の気遣いだ。


「映画に行くわ」


「なにか観たいものでもあるのか?」


 別に映画は嫌いじゃない。

 劇場の雰囲気とか大迫力のスクリーンとか、むしろどちらかと言えば好きな方だと思う。


「いえ」


 俺の問いかけに結月は首を横に振った。観たいものがあるわけではないのか?


「じゃあなんで映画?」


「いろいろ調べたら、初デートは映画と相場が決まっているそうだから」


 確かによく聞くけど。

 と、俺が心の中で思っていると、こちらの様子を伺っていた結月が「ところで」と口にした。


「デートのときは女の子の服装を褒めるのが良い男の条件だと書いていたわよ?」


 言いながら、しかし彼女の瞳はどこか不安げだった。俺はそこから下へと視線を落としていく。


 いつも下ろしてある長い髪は三つ編みのアレンジが施されていた。

 上は白の長袖シャツで下は薄い青のロングスカート。清楚なイメージの結月にはよく似合っている。


「俺はおしゃれとかよく分からんけど、可愛いと思うよ」


 素直にそう口にすると、結月は頰を赤くしながら「そ、そう。ありがと」と照れながら言った。

 大胆な発言がある一方で、急にお淑やかな感じになるところが不思議なんだけど、そのギャップが可愛くも思える。


 ちなみに俺は白シャツに黒のジャケット、そして下も黒のスキニーパンツ。

 なんか無難過ぎるというか、普通過ぎると思ったのだが、朱夏曰く『とりあえず白シャツと黒パンツがあれば普通レベルには見られるから』とのこと。


 確かに言われてから周りを意識して見ると、柄ものだったり派手な色をした服を着ている人はあまりいなかった。

 もちろん中にはいたんだけど、ほとんどは無地だったり白だったり、あとは黒色が多かった。


「それじゃあ行くか。映画館ならこっちだろ」


「そうね」


 二人並んで歩き出す。

 映画館までは十分くらいあれば到着するだろう。いつも見る街景色なので今さら新鮮に思うことはないが、隣に歩いているのが結月だと意識するといくばくかの緊張が込み上げてきた。


 隣に美少女を歩かせるのも大変なんだな。いつもより周りからの視線を感じる気がする。

 俺の自意識過剰かと思いたいけど、きっとこれは本当だ。


「おい、見ろよあの子めちゃくちゃ可愛いぞ」

「レベル高えー」


「隣の男なんだあれ」

「彼氏とか?」

「ぜってぇないよ有り得ない」


「スタイル良すぎない羨ましいんだけど」

「綺麗すぎ嫉妬するのも躊躇っちゃう」


 これが琴吹結月の隣を歩くということらしい。目立ちたくない俺としては、少々注目を浴びすぎているような気もするけれど。


 そんな理由で振るというか、避けるのは彼女に対して悪いのでさすがにしない。なのでもういっそのこと開き直るしかない。


 いざ実際に受け入れてみると、まあこれはこれで悪くないのかもしれないな。

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