第8話 双子サンドイッチ
その日はそこそこに大変な一日だった。
朝の一件の誤解を解くのに昼までかかり、昼休みは俺の姿を探していた琴吹姉妹から逃げるのに必死で、午後の授業はハードな体育。
今ようやくすべてを終えて、放課後となった。
明日からもこんなことが続くのかと思うと心底億劫になる。俺は人に注目されることなく、誰かに振り回されたりしないまま、隅っこでほそぼそと生活がしたいのだ。
だから。
「ねえ蒼くん、ちょっとお話しない?」
「今度こそ逃しませんよ?」
俺が早々に帰宅すると予想していたのか、琴吹姉妹が逃がすまいと俺の脱出ルートを塞ぐように立ちふさがった。
が。
逃げも隠れもするつもりはない。
明日からはまた平穏な日々を過ごすために、これに関しては今日のうちに終わらせようと決めたところだ。
「逃げるつもりはないよ。俺も二人に話したいことがあったんだ」
*
学校外に出るのは面倒だけど、放課後となるとひと目のない場所を見つけるのは中々に困難だ。
いろんな場所にいろんな目的を持った生徒がいるからな。どうしたものかと悩んでいると、気づけば教室からクラスメイトがいなくなっていた。
部活に行ったりバイトに向かったり遊びに行ったり帰ったり、放課後の高校生はどうやら多忙なようだ。
「放課後の教室、これは絶好の告白シチュエーションね」
「わたし、まだ心の準備ができてません」
「私はいつでもオッケーよ」
「や、そもそも告白されるのわたしなんだけど」
「なに言ってるの。どう考えても私でしょ」
「どう考えても告白する流れじゃないだろ」
好き勝手に話し出した二人を止める。
琴吹姉妹はちぇーっと唇を尖らせながら言ったあと、改めて俺の方を向いてきた。
二人して顔を見合わせ、そして今一度深々と頭を下げる。
「あのときは本当に」
「ありがとうございました」
そんな二人を見て、俺は大きな溜息をついた。
「それはもういいって言ってるだろ。あんまり感謝の言葉を使いすぎると、それ自体の価値が下がっちゃうぞ」
俺が言うと、二人は躊躇いがちに頭を上げる。
こうして並んでいるところを目にすると、本当に双子なんだと実感させられるな。髪型やスタイルが違うのによく似ている。
「私たちに話したいことっていうのは?」
仕切りなおすように結月がそう尋ねてきた。俺は二人の顔を一瞥してから、ゆっくりと口を開く。
「俺は目立つのが嫌いだ」
結月も陽花里も、その言葉にはなんの反応も見せなかった。けれど、こちらの話に耳を傾けているのは確かなので、そのまま話を進める。
「できることなら注目されることなく、いるかいないかも分からないくらいに空気になって一日を過ごしたいと思ってる」
「その割には、随分と目立つ行動をしていたような」
結月の指摘は尤もで、俺は予想通りの返事だったにも拘わらず言葉を詰まらせてしまう。
俺は大勢の人がいる中、目立ちたくないという気持ちを持ちながらも、倒れている琴吹母を助けるために動いた。
目立ちたくないというのであればあの場に飛び込まなければ良かったのではないか、という意見はその通りだと思う。結月の言いたいことはつまり、そういうことだろう。
けど。
「それは仕方ないだろ。困ってる人がいて、俺にはその問題を解決する手段があったんだから、四の五の言ってられなかった」
結局のところは、ただそれだけだ。
「正直、あの光景を動画に撮られててネットで流されたせいで話題になったのは想定外だったし」
そう。
俺の中ではあれはあそこで完結して終わるだけだった。なのに、どこぞの誰かがよく分からん理由でネットの海に動画を放り投げたから、事態はこんなことになっているのだ。
「けど、それはもう仕方ないことだから、今さらどうこうは言うつもりはない」
「なら、どういうお話なんですか?」
こてんと首を傾げる陽花里に俺は鋭い視線を向けた。
「今日一日だけでも分かったが、二人の及ぼす影響力は大きい。そんな二人に絡まれることで、俺の平穏な日常は失われるんだ」
「それはつまり、話しかけられたら迷惑だと?」
「話しかけないでくれってことですか?」
真面目な顔で言う二人。そこには僅かばかりの怒りが混じったように思えた。
まあ、俺の言っていることを考えればそれも無理はないけどな。
「有り体に言えばそうなるけど……」
「無理よ」
「嫌です」
二人は即答だった。
ただ、その反応も予想の範囲内だったので別に驚くことも戸惑うこともなかった。
どうやら俺の取った行動が二人の心に強く響いたらしい。大切な家族の命を救った、と言えば確かにそういう心境に陥るのも分からなくもない。
ただ、それだけでそこまでのことになるのかという部分はまだ納得できないけど。
現に二人の心の中は、そういう状態になっているらしい。
「そう言う可能性も想定してた。むしろ、そういう感じの返事が来るだろうなと思ってたくらいだよ。だから、ここからは話し合いをしよう」
「私と陽花里、どちらが付き合うかという?」
「話聞いてたか? 国語勉強し直してこい」
「冗談よ」
どうやら結月の方はわりかし面倒な絡みを挟んでくるらしい。しかし、不思議と嫌ではないというか、そのせいか緊張とかがなくなって心地良ささえある。
「教室で、クラスメイトの前ではできるだけ話しかけてこないでほしい。これまで通り、ただのクラスメイトとして過ごしてもらいたいんだ」
「つまり、人目を盗んで話しかけろということ?」
「そんな感じだ」
「……でもそれだと、話せる時間が減ってしまいます」
ご尤もだ。
俺は休み時間とかも基本的には教室で小説を読んだりしているからな。わざわざ話しかけてもらうために場所を移動したりはしないだろう。
「放課後なり休日なり、必要であれば校外で時間を設ける」
「それってつまり」
「デートですか?」
俺は二人の直接的な表現に照れながらも、こくりと無言で頷いた。黙ったままだなと思い二人の様子を見ると、ぽかんと間抜けに口を開いたままだった。
「なにそのリアクション」
さすがにこれは想定外で、俺は疑問を口にせざるを得なかった。さすがに自意識過剰というか、調子に乗りすぎただろうか。
「いや、ちょっと意外で」
「正直、迷惑がられてるのかと」
そういう考えはあったのか。
ならもう少し俺の気持ちを考えてくれても良かったのに、と思いつつも嫌がる俺と繋がるにはあれくらいしないといけないと思わせていた俺の行動も悪いか。
「勘違いしないでほしいんだけど、別に二人からの好意そのものを迷惑だとは微塵も思ってないよ」
痒くもないが頭を掻く。
慣れない言葉に、視線はついそこら辺を泳いでしまう。火照った頰が冷たい風に当たって気持ちよかった。
「ただ、いきなり付き合うとかは違うと思ってるだけだ。お互いのことを知りもしないのに、安直に答えを出すのは多分間違ってる。だから、互いのことを知っていく時間が必要なんだと思う」
俺は二人のことを知らないし、二人だって俺のことをほとんど知らない。
確かに家族を助けた格好いいヒーローに見えたかもしれないけれど、それは俺のごく一部でしかない。それも幻想によって塗り固められた虚像という可能性すらある。
そのまま俺と付き合って、本当の俺を知って、その気持ちが冷め、振られるようなことがあれば普通にショックだし。
そういう、いろんなことを考えると、きっと俺たちにはそういう時間が必要なんだと思う。
「そういう感じで、どうでしょうか?」
俺は様子を伺うように、ちらと二人の顔を見た。
結月と陽花里は顔を見合わせてから、満面の笑みでこちらを向いた。
「文句なしよ!」
「異論なしです!」
まるでそこら一面に花が咲き誇ったようだった。二人の笑顔に、俺の口元もつい綻んでしまう。
結月と陽花里がてててとこちらに駆け寄ってくる。そして、俺の両隣について、耳元に口を近づけて囁く。
「絶対にその気にさせるからね」
「わたしのこと、好きにさせてみせますよ」
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