第6話 それはもはやタックル
校門前ではさすがに目立つということで、俺たちは場所を移すことにした。
俺としては、できることならばスルーして教室に直行したかったんだけどさすがに彼女が許してくれなかった。
「まさか校舎裏に連れ込まれるなんて。告白でもされるのかしら」
人の目があるところは避けたい、という条件の上で校門からさっと移動できる場所を考えると校舎裏が一番妥当だった。
日の当たりも悪いじめじめしたこんな場所に、朝っぱらから足を運ぶ生徒はよほどのもの好きしかいないだろうから。
校舎裏にやってくるなり、琴吹がそんなことを口にするものだから、俺は「はは、そんなまさか」と笑顔を引きつらせるしかなかった。
「だよね。だとしたら、これから私が告白することを予知しているとか?」
「話進めてないのにガンガンネタバレしていくのやめて」
俺が琴吹結月に抱いていたイメージは大人びていて落ち着きがあって聡明な女子生徒って感じだったのに、そのどれもが今着実に崩れていっている。
「予鈴まで時間がないし、単刀直入に話してくれ」
スマホで時間を確認したが、十分程度しか残されていない。遅刻するなんてごめんなので、校舎裏に入ったところで俺はさっそく切り出した。
三歩分ほど離れたところで琴吹がくるりと回ってこちらを向く。向き合った彼女の表情は真剣そのもので、じいっと俺の目を見つめてくる。
美人に見つめられると、もちろん照れる。俺は視線を逸らしながら、照れ隠しに頭を掻く。
すると、彼女はぺこりと大きく頭を下げてきた。
「え、なに」
「あのときは本当にありがとうございました」
さっきまでのテンションどこいったの、と言いたくなるような真面目な所作と声色に俺は戸惑いの声を漏らす。
「あなたのおかげで母が一命を取り留めました。本当に感謝してもし切れません」
頭を下げる動作でこんなことを思うのはおかしいかもしれないが、すごく綺麗な所作だった。まるで舞踊でも見せられていたような感覚だった俺はハッと我に返る。
「頭を上げてくれ。助かったならなによりだし、俺としてはその報告を聞けただけで十分だから」
言うと、彼女はゆっくりと頭を上げていく。その途中で、俺の顔をちらと見上げて止まる。
「お礼がしたいの。私にできることならなんでもする所存なのだけれど」
「いや、別にそういうのはいいよ」
「それだと私の気が済まない。お願いします、なにかさせてください」
腰をくの字に曲げているのに、ぴたりと止まって動かない。あまり嬉しくない類の上目遣いに俺はさらに戸惑う。
上目遣いって嬉しくないことあるんだな。
「女の子があんまりそういうこと言うもんじゃないぞ。普通の男なら金銭の要求とか、琴吹くらい可愛いとエロいことをさせろくらいは言われてもおかしくない」
「蒼くんは普通の男ではないと?」
「まあ、そうだな。あと俺その呼び方了承してないんだけど」
そう言うと、彼女はなにを思ったのか止まっていた体を動かして背中を伸ばした。
「あなたは普通の男ではない、と。それはつまり、そんじょそこらの凡人では思いつかないようなえっちな要求をしてきた挙げ句、大量の金銭を得ようとするという解釈でいいのかしら」
「いいわけあるか」
なに言ってんだこいつ。
美少女と向かい合うことに対して抱く緊張が徐々に解けていくのが分かる。
これは慣れてきているというよりは、彼女を美少女のカテゴリーに入れるべきではないと本能が告げ始めているという感覚に近い。
「自分で言うのもなんだけれど、我ながらいい体してると思うの」
「そりゃ、まあ」
言われて、俺は彼女の体に目を向ける。というか、自然と視線を吸い寄せられてしまう。
スイカやメロンを彷彿とさせるたわわに実った双丘。なのに、腰回りはきゅっと引き締まっていてくびれがあり、まるまるとしたお尻を隠すスカートから伸びる太ももはちょうどいい肉付きをしている。
グラビアモデルなんかと大差ない、いやむしろ勝っているようにさえ思えるボディバランスはまさしく男子全員の憧れと言える。
「あなたが望むのなら、私はこの体を差し出しても構わないと思っているわ」
それは本当に男冥利に尽きるセリフだと思う。そんなこと言われて飛びつかないなんて馬鹿だ。有り得ない。
目の前にぎっしりお金の入ったアタッシュケースを置かれてあげると言われているのにいらないと言っているようなもの。
「……それは男としてこれ以上ない魅力的な提案だと思うよ。もし何でもない状態で言われてたら、俺だって飛びついてただろうけど」
「……けど?」
「今ここでその提案に甘えたら、俺のあの行動がそんな行為を得るためのものになってしまうような気がして」
「潔癖すぎよ。これは結果的な褒美であって、あの行動の根本的原理にはならないわ」
「だとしてもだよ」
そんなことは分かっているけれど、でもどうしてもそういう考えが頭をよぎる。
「ありがとうの一言だけで、俺は本当に満足なんだ。だから、お礼とかはいらない。何かしないと気が済まないっていうんなら、じゃあ俺のこの気持ちを汲んでくれ」
ご飯を奢ってくれる、程度のリターンならこっちも気兼ねなく受け取れるけれど、でもその金額が一高校生が得るには十分すぎるものになると受け取れない。
俺のすることはビジネスではなく、あくまでもボランティアなのだ。そこに報酬があってしまうと、その精神に反してしまう。
親父だって、きっとそれは受け取らないはずだ。
「分かったわ」
俺の言葉を飲み込んでくれた琴吹は、渋々といった様子だったけれど、それでも頷いてくれた。
良かった、と胸をなで下ろしたのもつかの間、彼女はそのままの流れで言葉を紡いだ。
「じゃあそれとは別で、私と付き合ってください」
「さすがに理解が追いつかないぜ」
*
もちろん断った。
別に琴吹のことが嫌いだからではない。そもそも好きとか嫌いとか判断するほど彼女のことを知らない。
「自慢するわけではないけど、私こう見えて男の人から告白されること多いのよ?」
「どう見えてるつもりなのか知らないけど、多分満場一致でそう見られてると思うぞ」
いつまでも校舎裏にいては授業に遅れてしまうので、とりあえず一番重要な話は終わったから教室へ向かうことにした。
階段を上がりながら、琴吹は諦めまいと自らをアピールしてくる。
「なら、どうして付き合ってくれないの? 私、尽くすタイプよ?」
「いや知らんけど。なんで付き合わないかと言われたら、まだ琴吹のことを好きじゃないからだ」
恋愛の始まりなんて人それぞれだろう。マニュアルなんてないし、決まりもルールも存在しない。
可愛いからという理由で付き合う人がいれば、ただセックスがしたいという理由で付き合い始める人もいる。どれも間違いではない。
けれど、どうにも俺にはそれがしっくりこない。
この人と一緒にいたいと、そう思えるに至っていないのに付き合い始めるというのは俺には合わない。
「それはつまり、好きになれば付き合ってくれるってこと?」
「そりゃ、それが自然な流れだし。ていうか、なんでそんなにぐいぐい来るんだよ。俺と琴吹は接点なかったろ」
階段を上り終え、教室までの廊下を歩く。予鈴が鳴る直前だからか、廊下には生徒の姿が見えない。
ちら、と隣に追いついてきた琴吹の様子を伺いながら俺は言葉を紡いだ。
「そうね。数日前まで、ただのクラスメイトでしかなかったわ」
「なのに、急に付き合いたいなんて言い出すのはおかしいだろ」
「別におかしくはないでしょ。母を救ってくれた蒼くんが至極格好良く見えたのよ。それだけじゃないわ、あれだけのことをしたのに何の褒美も得ようとしないその誠実な精神にも感動した。恋の始まりには十分な理由だと思わない? だって少女漫画なんて曲がり角でぶつかっただけで恋が始まるのよ? さすがに突然すぎるじゃない。だとすると、これだけの理由がある分まだ説得力が」
「分かったよもう大丈夫お腹いっぱい」
おかしいのは彼女自身だったか。
けど、確かに言うとおり理由としては納得できるか。立場を置き換えてみたら納得もできる。
「そういうわけだから、これからよろしくね。蒼くん」
「……俺、その呼び方了承してないぞ?」
話が落ち着いたところで、ちょうど教室に到着した。
とりあえずはここで一息つくことができるだろう、と俺はドアに手をかけガラガラと開ける。
そのタイミングで、隣の琴吹が思い出したように言う。
「あの一件があなたのおかげであることは、陽花里にも言ってあるから」
「ふーん、そうなんだ」
だからなんだよと言おうとした、そのとき。
「ありがとうございますー!」
突然、声と共に勢いよく抱きつかれた。声がしたと思ったときにはもう抱きつかれていて、なんの警戒もしてなかった俺はもちろんその場に倒れてしまう。
「な、なに」
俺に馬乗りになった女子は、にこりとこれまた純粋無垢な笑顔を浮かべて口を開く。
「あなたはわたしたちのヒーローです」
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