第5話 いろいろすっ飛ばしすぎじゃない?


 桐島家は現在三人家族だ。

 母親がせっせと働いてくれているおかげで俺や朱夏は何不自由ない生活を送ることができている。


 母さんは作家としてそこそこ売れているらしいけれど、お金はあるに越したことないと言って夜はスナックで働いている。


 そんなわけで夜の七時には既に家にはいないので、基本的に晩ご飯は俺と朱夏の二人で食べることになる。


 母さんが仕事で忙しいこともあり、家事や料理は朱夏が担当してくれている。

 小学生のときからずっとしているから、今はもうしないと落ち着かないという領域に達しているそうだ。


 適当につけたチャンネルでは芸人たちが街中でボケまくるバラエティ番組が流れていた。

 食卓には野菜炒めと煮物が並んでいる。味の方は言わずもがなだ。もはや母さんよりも美味しいまである。


「あ、そうだ」


 何気なく交わしていた会話が途切れたとき、朱夏がふと何か思い出したように短く声を漏らした。


「どうした。宿題出てたの忘れてたのか。頼まれても手伝わないぞ」


「お兄ちゃんにそんなの頼みません。そもそも宿題はもう終わらせてるし」


 うちの妹が優秀すぎる……。

 宿題終わらせて晩ご飯作って家事までこなして、それでいてプライベートな時間を充実させている。


「そうじゃなくてね」


 話を戻そうとする朱夏。

 さっきの『あ、そうだ』は経験上、あんまり良い展開に転ばないタイプの『あ、そうだ』だったんだよな。


 この場で思い出して、わざわざ口にしたということは俺が関係していることだろうし。


「今日ね、琴吹さんって言う人があたしを尋ねてきたの」


「へえ」


 琴吹さんねえ。

 どなたかは存じ上げませんけど、それがどうかしたのでしょうか。


 そんなことを思っていると、違和感に気づく。


「ん? 琴吹さん?」


「ほら、この前の倒れた人を助けたのあったでしょ? あの人の娘さんなんだって」


「……あー、うん、それで?」


 なんで琴吹が朱夏を尋ねたんだ?

 琴吹さんって姉と妹どっちなんだろ。そもそもあれどっちが姉でどっちが妹なんだ?

 いや、ていうかなんで朱夏のこと知ってるんだ?


 ぐるぐるぐるぐると思考が巡るが、何ひとつ答えに辿り着かない。


「あの人、助かったんだって。応急処置がなければ危なかったらしいから、お兄ちゃん大手柄だったみたいだよ」


「……それだけ?」


 そのお礼を朱夏に伝えただけならば俺としては何の問題もない。むしろ無事だったという部分が知れて有り難いとさえ思う。


「んーん。お兄ちゃんのことも訊かれたよ」


 ですよね。

 めちゃくちゃ探してたしな、あの姉妹。


「それで?」


「桐島蒼ですって教えておいた」


「……ですよねぇ」


 俺ががくりと肩を落とすと、朱夏は不思議そうに首を傾げた。なんでそんな落ち込むのという顔をしている。


「すっごい美人さんだったよ」


「そっか。ちなみに他になにか話した?」


「いろいろ話したけど、お兄ちゃんにとって重要そうなのを一つピックアップすると」


「すると?」


「お兄ちゃんに彼女がいるかどうかの確認された。これはお兄ちゃんにももうすぐ春が来るってことなのかな。しかもあんな美人さんが相手だなんて信じられないよ!」


 なにがどうなってそんな話題になるんだよ。お礼だけ言ってさっさと帰ればいいのに。


「ちなみになんて答えたの?」


「絶賛募集中ですよって」



 *



「あ」


 翌日。

 登校すると校門のところにいた女子生徒を目にして、俺は思わず言葉を漏らした。


 校門の柱に背中を預けて、きょろきょろと周りを警戒している。明らかに誰か待ってますよという感じの態度だ。


 長い黒髪。

 彼女が頭を動かす度にその髪がさらさらと揺れていた。一本一本を丁寧にケアしているような具合には感心させられる。


 そんなことはどうでもよくて。


 俺にとって問題なのは、その女子生徒というのが琴吹結月だということ。


 これは俺の主観的感想だけれど琴吹姉妹の容姿を褒める形容詞を一つ選ぶ場合、陽花里の方はであり、結月の方はにするだろう。


 だからきっと、昨日朱夏を訪ねたのは結月の方だ。そして、俺の想像が正しければ、あれは俺を待っている。


 遠回りしようにも生徒はこの校門から登校するように、というのがこの学校の校則だ。

 だからこそ、彼女はこの場所を選んでいるのだろうけれど。


 前を通りがかる男子生徒は一〇〇パーセント、彼女をチラ見している。中には声を掛ける奴さえいる。適当にあしらわれているが。


 しかし、視線が向かってしまうのは無理もない。ただ柱に背中を預けて立っているだけなのに、どうしてか絵になる。


 それくらい、彼女は


 シャツにキャメル色のブレザー。首元には学年カラーのリボン。スカートは緑のチェック。

 どこにでもある制服なのに、まるでおしゃれの最先端を歩いているような感覚にさせられる。


 結局、服って着る人によって印象が左右してしまうことをこれでもかと実感してしまう。


「っ!」


 そんなことを考えていたら、琴吹結月と目が合った。彼女は俺の顔を見て、まるで飼い主を見つけたイヌのようにぱあっと表情を明るくした。


 柱から背中を離し、かといってこちらに駆け寄ってくることもなく、ただそこに直立して俺の方を見つめている。


 尻尾があったらぶんぶん振ってるだろうな、と思えるくらいに上機嫌オーラが発せられていて、周りの生徒はなんだなんだと好奇心の視線を向けている。


 その距離およそ二十五メートル。

 俺はどうするべきか悩んだけれど、もう逃げ場がないことを察して歩き出す。

 ここにずっといても周りから変な目で見られるだけだし。俺も、彼女も。


 ならば、腹を括って話をしようじゃないの。

 ていうか、そもそもお礼を言ってくるだけかもしれないし。自意識過剰な警戒が恥ずかしくなるくらい呆気ないイベントかもしれないし。


「おはよう、桐島蒼くん」


 彼女の前に到着すると、琴吹結月が俺の顔を見て挨拶してきた。結構身長は高いイメージだったけど、こうして向き合うとまだ俺の方が高いようでほっとする。


「おはよう、琴吹結月さん」


 さてどうしたものか。

 否、彼女はどう来るのか。

 俺が考えていると、琴吹が動き出す。


「ねえ」


「はい?」


 真剣な顔つきは一変、ラインのスタンプかなと思えるような笑顔を浮かべて琴吹はこんなことを言う。

 

「蒼くんって呼んでもいい?」


「俺が言うのもなんだけど最初の言葉それ!?」

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