第4話 クラスメイトにいたような
人付き合いが得意ではなかった。
正確に言うならば、陽花里ほど人付き合いは得意ではない。
双子としてこの世に生まれてきた陽花里と結月ではあるが、見た目は似ていても中身はだんだんと異なる道を進んでいる。
結月が人と関わるのが苦手なのではなく、陽花里が人と仲良くなるのが異常に上手いのだ。
しかし、だからといって陽花里に対して結月が劣等感を抱いているのかと言えばそんなことはない。
陽花里は結月にないものを持っている一方で、結月にだって陽花里にないものを持っているからだ。
「んー」
月曜日の夜。
琴吹結月は自室のベッドにボフッと倒れ込みながら唸りを上げた。
風呂上がりなので身体を包むのはモコモコのパジャマだ。一年前に陽花里と送り合った誕生日プレゼントでもらったもの。
ちなみに、その年に結月が陽花里にあげたものもパジャマで、しかも奇跡的と言うべきかは分からないが結月がもらったものの色違いだった。
示し合わせたわけではないのに、時折思考が重なるようなことがある。そういうときに、ああ自分たちは双子なんだなと実感して、おかしくなって笑ってしまう。
結月はスマホを眺めている。
そこに映っているのは、ツイッターで流れてきた動画。数日前に、街中で倒れた母を颯爽と現れて助けてくれたある男の子の一部始終が録画されたものだ。
その男の子は結月の通う大幕高校の制服を着ている。つまり、同じ学校ということになるけれど、それ以外の情報がほとんどない。
顔は見覚えがない。
ネクタイの色が分かれば学年の把握ができるのだが、どういうわけか彼はその日、ネクタイをしていなかった。そもそもの疑問として、なぜ休日に制服なのかというのはあるがそれは置いておく。
結月は彼に会いたかった。
お礼を言いたいというのはもちろんで、恩返しだってしたい。さらに言えば、彼のことをもっと知りたいと思っていた。
見たことない。
話したこともない。
知らない男の子なんだけど。
彼のことを思うと胸がどきどきした。
命の危険に陥った母を助けてくれた、というのがこの気持ちの理由として大きいのだろうけれど、それでも結月は自分の感情に従いたかった。
ということで今日、学校でクラスメイトや友達に聞き込み調査をしてみたが成果はなし。
自分よりももっと広い人脈のある陽花里でさえも、彼の情報を得ることができなかったみたいだ。
一年生だけでなく、二年も三年も、彼のことを知らないと言っていたそう。
おかしい、と結月は眉をひそめた。
そんなことが果たしてあるのか。
学年が違えば知らないというのも無理はない。しかし、陽花里が全学年の生徒に確認したにも拘わらず、一人だって彼の情報を知る者はいなかった。
不思議だった。
よっぽど地味な生徒なのか?
それとも不登校とか。
あるいは、ただのコスプレイヤー?
「……あ」
そのとき。
結月は気付いた。
この動画の中で彼が会話をしている女の子がいる。ざわざわしていて、会話の内容すべてを聞き取ることはできないけれど、ところどころでその女の子は彼のことを『お兄ちゃん』と呼んでいたのだ。
つまり、彼には妹がいる。
もしもこの妹とコンタクトを取ることができれば、一気に彼に近づくことができるのではないか。
陽花里はきっと、明日も学校で持ち前の人脈の広さを使って彼のことを調べるだろう。
なら、自分は別のルートから彼に辿り着けるか試してみようと結月は決意する。
人付き合いが得意じゃないからといって、だから人探しもできないわけではないのである。
*
翌日の放課後。
結月は体調が悪いという仮病を使って、五時間目の終わりと共に一足早く学校を抜け出した。
向かった先はとある中学校の前だ。
彼のことをお兄ちゃんと呼ぶ妹。
果たしてあの二人はどういう経緯であの場を通りがかったのか、結月は昨日それを考えてみた。
あのままもう少し進めばショッピングモールがある。逆に言えばそれ以外は目ぼしいものがない。商店街はあるけれど、あの年齢の女の子が兄と向かう先としては考え難い。
可能性としてはゼロではないが、とりあえず一度除外した上で目的地をショッピングモールに定めた。
もしあの二人の家が遠かった場合、電車でショッピングモールに向かっていたならあの場にいるのはおかしい。
ショッピングモールのすぐ隣に駅があるからだ。よって、遠方の人間ではないと仮定できる。
動画を見る限り、自転車に乗っていた様子もない。どこか別の場所で降りたという可能性もあるけれど、その線も薄いと考えてとりあえず除外する。
自転車ならばもう少し遠くまで行けるだろうけど、徒歩であれば尚更目的地はショッピングモールだろう。
ここまでで重要なことは、あの二人の家が比較的あの場所から近いということ。
そして、動画で見る限り中学生に見えたことから、結月はあの場所周辺の中学校を訪ねることを思いついた。
「……これはギリギリセーフだよね」
ギリギリアウトだろう、と誰かがツッコまなければ彼女は止まらない。誰か一人にでもこの作戦を話していればストップをかけてくれたかもしれないが、残念ながらこれは結月の単独行動。
彼女を止める者はいない。
六時間目を終える前に何とか辿り着いた結月は、ふうと呼吸を整える。
歳下とはいえ、知らない人に声を掛けるというのは緊張する。
それに、この学校にいるという保証だってない。無駄足に終わる可能性だってある。むしろその可能性の方が高い。
通りがかった人に『この動画に映っている女の子知りませんか』と尋ねて、『知らないっす』と冷たく返されれば心が折れるかもしれない。
そんなシーンを想像して身震いしていると、校舎の方から人がぞろぞろと出てきた。どうやら放課後になったようだ。
これだけ多くの人が一気に現れると、こっちとしても誰に声をかけたらいいか分からなくなる。
えっとあっと、と悩んでいる間にもどんどん人が前を通り過ぎていく。
結月は意を決して、その瞬間に前を通った女の子に声をかけた。
「あの、ちょっといいですか」
「え、あ、はい。わたし?」
突然声をかけられたものだから、その女の子は動揺している様子だった。
ブラウンのボブカット。少しだけ陽花里に似ている部分があって、結月は勝手に親近感を抱いてしまう。
「この動画に映っている女の子に見覚えないですか?」
いろいろと説明を省いてしまった、と反省しながらも言い出した言葉を戻すこともできず、結月はすべてを口にした。
「あ、この動画」
「知ってるの?」
女の子のリアクションに、結月は一部の希望を見た。どくんどくん、と心臓の鼓動が速まるのが分かった。
「はい。うちのクラスでも話題になってたので」
「じゃあ、この女の子も知ってる?」
「知ってますよ。同じクラスなので」
「もし良かったら、会わせてもらえないかな。どうしても、一言お礼が言いたくて」
「お礼?」
女の子はどういうことだろう、と首を傾げる。本来ならばこれを先に言うべきだったのかもしれない。
「この倒れている人の娘で、この人たちのおかげで母が助かったから。だから、この二人にお礼がしたいの」
結月の説明を聞いた女の子は「そういうこと!」と納得したような顔をした。
そして、とてもいい子だったようで、女の子は「ちょっと呼んできますね!」と言って校舎へと戻っていってしまった。
どくん。
どくん。
どくん。
高鳴る心臓を抑えようと深呼吸を続ける結月。中学校の前で深呼吸している姿は、やっぱり端から見たら危険人物認定される怪しさがあった。
女の子が校舎に向かってから、五分ほど経って。
「お待たせしました」
彼女は戻ってきた。
隣に、動画に映っていた女の子を連れて。
「この子が朱夏ちゃんです」
女の子がじゃーん、とテンション高めに隣の女の子を紹介する。
紹介を受けた黒髪ボブの女の子は「どうも」と言いながら、ぺこりと控えめに頭を下げる。
「桐島朱夏です」
「……桐島?」
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