第3話 そうは問屋が卸さない
土曜日にいろいろあって、一日空いての月曜日。俺はいつものように登校を済ます。
早めに学校に来てもすることはないけれど、ギリギリに到着するよう出発して慌てたりするのはゴメンなので、予鈴の十分くらい前に教室につく。
この時間になるとクラスメイトの三分の二は登校していて、幾つかのグループが好き勝手に雑談をしているので教室の中はいつも騒がしい。
けれど、今日の教室の空気感はいつもとは少し違うように思えた。
会話は飛び交っているから騒がしいは騒がしいんだけど、なんというかざわついているとでも言うのだろうか。
言葉にするのは難しいんだけど、雰囲気が少しだけ違っていた。
俺の席は窓際一番後ろという理想中の理想の位置にある。そこへ向かう道中で、適当に誰かに『なんかあったの?』と気軽に訊ければいいんだけど、残念ながらそんな距離感ではない。
違和感の正体を掴めないまま自分の席に辿り着き、そのままぼうっと教室の中を見渡しながら周りの会話に耳を傾けてみる。
ふと視界に入ったのは、クラスメイトの中でも一際目立つ二人組だった。
琴吹陽花里と琴吹結月。
世にも珍しい双子の姉妹だ。いや、別にそこまで言うほど珍しくはないのかもしれないけど。
ブラウンのセミロング、毛先はうねうねとウェーブがかかっている。スレンダー体型で体育が得意そうなのが陽花里。
大和撫子という言葉が似合う黒髪ロング。女の子としての膨らみがしっかりと自己主張したモデル体型で勉強得意そうなのが結月。
あまり関わりはないのでどちらが姉でどちらが妹かなんてことは分からない。
日頃の友達との絡み方から陽花里の方は明るく、結月の方は大人しく落ち着いている、ということくらいは予想できるが。
「みんな何の話してるの?」
今しがた登校してきた黒髪の女子生徒が自分のグループに合流し、俺ができなかったことを平気でやってのけた。
すぐ近くでたむろしていたグループだったので、俺はそこの会話に耳を傾ける。
「これ。知らない?」
言いながら、金髪女子生徒が自分のスマホを黒髪女子生徒に見せた。おい何を見せたんだよ黙ってたら分かんないだろ。
「あー、見た見た。うちのとこにも流れてきたよ」
流れてきた?
川の話かな?
「これ、うちの制服だよねって話してて」
「あ、それあーしも思った。けど、こんな人知らないよね」
「そりゃ何年生かも分からないし。校内探し回ったらいるかもね」
盛り上がっているけど、結局なんの話だったのかまでは読み取れなかったな。
他のグループの会話も盗み聞きしてみたけどやっぱり重要な部分は既に話し終えていたので答えには辿り着けないでいた。
ううん、とどうしていいのか分からずに唸っていると声をかけられた。
「朝っぱらから間抜けな顔だね」
朝っぱらからこんな失礼なことをわざわざ言いにくるやつなんて一人しかいない。
振り向かずとも声の主は分かっているけれど、朝一暴言のお返しに睨んでやることにした。
「メガネを外せばもう少しマシになるかもしれないけれど」
白髪でショートヘア、気だるげな声色でそんなことを言ってきた彼女は日比野すもも。
校内における俺の唯一の友人である。
「余計なお世話だ」
「ついでにちょちょいと髪をセットなんかしてしまえば、そこそこ見れる顔になるんじゃない?」
こんなふうにね、と言いながらそいつは俺にスマホの画面を見せてきた。そこに映っていたものを見て、俺は思わず目を見開く。
見覚えのある景色があった。見せられたのは動画で、その内容は土曜日に俺が首を突っ込んだあの一件の一部だった。
「これは桐島だね?」
日比野が空いていた前の席に腰をおろしながら、少しだけ声のトーンを上げて言う。
どうやら少し楽しんでいる様子。
「いや、どう見ても違うでしょ。メガネじゃないし、俺は髪のセットなんかしない」
「ということはメガネを外して髪をセットすれば桐島はこの姿になるわけだ?」
「……」
どうやら日比野の中では核心のある結論らしく、なにをどう誤魔化そうとしても誤魔化されてくれなさそう。
「とはいえ、常日頃から桐島の顔をちゃんと見てないと気づきはしないだろうけどね。桐島にしては目立つ行動を取ったと驚いたけど」
「……目の前で人が倒れてたんだ。そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
あの人集りの中の誰かが現場を撮影していたらしい。そんなことしてる暇があったなら手伝ってくれよと思うけれど、今さらどうこう言っても仕方ない。
そんなことより問題はこの動画が出回っていること。教室の中でその話題が出ていることだ。
「名乗り出たらいいのに。一躍時の人だよ?」
「俺が目立つの嫌いだって知ってる上での発言か?」
「勿論」
なんの躊躇いもなくにこりと笑って言う日比野に俺は半眼を向けてやったが、彼女は気にする様子もない。
「それに、そのお相手があの琴吹姉妹ときたもんだ。全男子なら喜んで彼女らのお礼を受け入れるでしょ。どんなエロいことしてくれるんだろ」
「エロいことは確定なのか……」
彼女の戯言にツッコミを入れながら、俺はその琴吹姉妹の方をちらと見る。
全男子の憧れ、ね。
あの容姿レベルとなればそりゃそうなんだろうけど。誰もが一度は彼女らとのラブコメを妄想したことだろう。
現実主義者の俺だってあるくらいだし。
「平野さん、この方知りませんか?」
琴吹陽花里がクラスメイトに問いかけている。この方、というのは恐らく動画に映っている俺のことを指しているのだろ。
しかし、平野さんはふるふると首を横に振るだけだった。そのリアクションを見て、琴吹陽花里は「ですよねえ」と肩をがくりと落とす。
その場所から席を二つほど空けたくらいの場所では琴吹結月が、また別のクラスメイトに問うていた。
「乃々香。知らないよね?」
「んー、このレベルのイケメンなら一度見たら忘れないだろうから知らないね」
乃々香と呼ばれた彼女の答えを聞いて、やはり琴吹結月も溜息をついていた。
今ここで、それは俺だよと名乗り上げれば、確かに日比野の言うとおり何かしらのお礼はしてもらえるのかもしれない。
あるいは、誰もが一度は妄想したラブコメなんてものが始まる可能性だってゼロではない。
だがしかし。
そんなことをすれば、目立ってしまう。これだけ話題になっている中、名乗り出てしまえば確実にいろいろと話をさせられる。
入学から半年。
このいてもいなくてもどちらでもいい地味で空気なポジションに居心地の良さを抱いている。
これを手放したくないない。
そもそも俺は別にお礼とかが欲しくてしているわけではない。だったらどこかの誰かが助けてくれた、くらいの方がなんかいいだろ。きっと。知らんけど。
そんな感じで、この話題は数日後には風化して俺の存在は誰に知れ渡ることもなく終息することになってくれれば良かったのだけれど。
残念なことに、俺の祈りは届いてくれなかった。
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