Ⅳ 雪男の鉄槌

「あ、あの女だ……どういう仕掛けかは知らないが、あの白い和服の女がこの凍結を引き起こした犯人らしい……もしや、俺達の作戦に気がついた西側のエージェントか!?」


 しかし、そこはプロのテロリスト。信じ難きこの状況にも冷静に状況を判断すると、理屈は抜きにして謝る雪女を原因と特定する。


「やむをえん。証拠は残るがセカンドプランだ。口封じともども、あの女に細菌弾を撃ち込んでやる!」


 そして、別のアタッシュケースから拳銃と冷凍された弾丸を取り出すと、それを拳銃の弾倉に素早く込める。


「こいつを食らえば体内でウィルスが解凍され、たとえ死亡してもしばらくはウィルスの温床となってくれる……作戦を邪魔した罰として、パンデミックの原因にでもなってもらおうか……」


 氷結騒ぎに会場が騒めく隙を突き、テロリストは雪女へとその銃の狙いを定める。


「すみません! すみません! 強引に動かすと体がバラバラになっちゃいますから、しっかり溶かしてからにしてくださいね! ああ、溶かすのもゆっくり優しくですよ!」


 無論、自分のしでかした失態になおも謝り続けている雪女は、自らに銃口が向けられていることなど知る由もない。


「思い知れ。西側のエージェントよ……」


 ……だが、またもや運命の悪戯にも、テロリスト達の立つその場所がなんともいけなかった。


「あ! 射的だ! おじさん、雪ん子も射的やる! 射的やらせてけれ?」


 彼が引鉄を引こうとしたまさにその時、なぜか脚にまとわりついてくる子供がいた……雪ん子である。


 じつはそこ、小型雪だるまを的にした射的ゲームのブース前であり、銃を持つそのテロリストを雪ん子はスタッフと勘違いしたのだ。


「な、なんだ? このガキは?」


「ねえねえ! 雪ん子も射的やるから銃貸してけれ?」


 呆気にとられるテロリストに、勘違いした雪ん子はなおもまとわりつく。


「チッ……邪魔だ! このクソガキ!」


「あうっ…!」


 二度も作戦を邪魔され、苛立ちが頂点に達したテロリストは雪ん子を乱暴に突き飛ばす。


「おおーい、雪ん子ぉ! 冷麺はなかったけど、美味しそうな特製ソフトクリームならあったぞぉ……」


 ジャージー牛のミルクを使った特製ソフトクリーム三つを手に、意気揚々と雪男の戻ってきたのはそんなところだった。


「……おい。おまえら、うちの子に、今、何をした?」


 突き飛ばされ、地面に横たわる雪ん子を目にした雪男の表情が、一瞬にして恐ろしい野獣のそれに変わる。


「おまえら……うちのかわいい娘になにさらしてくれとんじゃこの下等生物があぁぁぁーっ!」


「ああん…? どごはあぁぁーっ…!」


 その声に振り返ったテロリストの頬に、ソフトクリームを投げ捨て、眼を赤く爛々と輝かせた雪男のパンチが炸裂する。


 そのまま彼は空中高く殴り飛ばされ、どこか彼方の空の果てへと遠ざかっていってしまった。


「な、なんだ貴様!?」


「貴様も西側のエージェントか!?」


 突然の出来事に、残された二人のテロリストは呆然としながらも懐の銃に手を伸ばす。


「おまえらも雪ん子をいじめた仲間かあぁぁぁーっ!」


 だが、敵意を向けたことがこの状況下においてはまたマズかった。


「ぶはあぁぁぁーっ…!」


「ぶへぇぇぇーっ…!」


 野生の感により向けられた殺意を察した雪男は、間髪入れずに残りの二人も容赦なく殴り飛ばす……哀れ彼らも先程のテロリスト同様、遙か彼方の空の果てへとお星さまになって消えてしまった。

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