Ⅲ 雪女の沸点
「──ハァ……お茶もコーヒーもHotしかありませんでした……冷たいのはコーラかソーダ系しかありませんでしたけど、雪ん子さんは好きだからいいとして、イエティさんは炭酸大丈夫だったでしょうか?」
なにやら困り顔をして、炭酸系の缶ジュースを抱えた雪女が戻ってきたのはちょうどそんな時だった。
「田宮くん! 誰、その女!? 急な仕事でデートできないんじゃなかったの!?」
と、そんな雪女の進行方向から、興奮した女性の金切り声が聞こえてくる。
「…え? お、おまえ、な、な、なんでここに!? ……い、いや、違うんだ! こ、この人は会社の同僚で…」
「ねえ〜タ〜ミ〜。この地味な顔した女、なんなのお?」
気になってそちらへ目を向ければ、怒り心頭の若い女性の睨む先に、同い歳くらいの若い男性と、その腕に絡みつく、派手な雰囲気のキャバ嬢系ギャルがいる。
「嘘! その女のどこが同僚よ! もうぜったい浮気はしないって約束したのに……また約束破ったわね! この大嘘つきの浮気者!」
まさかの浮気の現場をカノジョに目撃され、たじたじになる男性に対してさらに彼女は激昂している……いわゆる修羅場というやつだ。
「……嘘つき? ……約束を破った? ……約束を守らない男は許せません……」
だが、その女性の発した言葉を耳にすると、まったく無関係のはずの雪女もピキリとこめかみに青筋を走らせる。
じつは彼女、過去に経験した愛する男とのトラブルから、約束を破る男が大嫌いなのである。
「…フン。痴情のもつれってやつか……ちょうどいい。使わせてもらうぜ」
他方、この偶然発生した騒ぎを好機と捉え、密かにほくそ笑む者達がいた……例のテロリスト達である。
「そうしてちちくりあっていられるのも今のうちだ……さあ、新しい世界の幕開けだぜ!」
男の一人が袖口から試験管を取り出すと、この騒ぎに乗じて浮気男の足元へとそれを放り投げる。
「今度という今度は許さないんだから!」
「いや、違うんだ! これには深いわけが…」
「ねえ、こんなブスほっといて早く二人で温まりましょう?」
地面にぶつかった試験管はパリン…と砕け散り、中に閉じ込められていた悪魔は世に解き放たれてしまうのだが、言い争いをする彼女達もそれを見守る野次馬達も、誰一人としてその恐ろしい事態に気づく者はいない……。
「約束を破る男はぁ……ぜったいに許しません!」
が、その時。過去のトラウマを思い出した雪女の怒りが大爆発を起こした。
「ひぃ……!」
彼女から発せられた超低温の冷気によって、浮気男は一瞬にして凍りついてしまう。
その表面は氷と霜に覆われ、まるで彼までが雪像作品のようである。
「冷っ! ……え? な、なに? 何が起きたの?」
「ぶるる…! さ、寒うぅぅ……え? ちょ、ちょっとあなた、大丈夫?」
いや、男ばかりでなく、近くにいたカノジョと浮気相手も髪から服から全身に霜が吹いて真っ白になり、カレシの変わりように驚いている。
「寒っ! ……うわっ! なんだ? 霜ができてるぞ!?」
「な、なに? 豚汁が凍ってるわ!?」
そればかりか周辺にいた者達も半径5m四方に渡って巻き込まれ、コートの袖が白くなったり、持っていた食べ物に薄氷が張っていたりする。
「うわあぁぁ…思わずやっちゃいました……ごめんなさい! ごめんなさい! これは不可抗力なんです!」
怒りに我を忘れ、意図せず能力を使ってしまった雪女は、凍結したカレシとカノジョ、浮気相手のもとへと駆け寄って平謝りをする。
「な、なんということだ……」
だが、唖然とした顔で驚愕しているのは、当事者や周りの群衆ばかりでなく、テロリスト達にしても同様であった。
「な、なぜか一瞬で周囲が凍りついた……あれではウィルスの活動レベルが休止状態にまで低下し、この状況で空気感染を起こすことはほぼ不可能…… 充分温度が上がるまでに30秒経って死滅するぞ……」
神の差配か運命の悪戯か? 偶然にも雪女が冷気を放出したことで、彼らの細菌テロは致命的な障害を被ってしまったのである。
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