Ⅱ 雪まつり
北海道某所・Sポロ雪まつり会場……。
「──わーすごい〜! 雪だるまも人もいっぱいいる〜!」
大勢の見物客で賑わう会場のど真ん中で、雪ん子は眼を輝かせながら感嘆の言葉を叫ぶ。
「雪ん子、あれは雪だるまではなく雪像というんだ」
「それにしても、ほんとにどれもよくできてますねえ……」
そんな娘に、トレンチコートとソフト帽で変装した雪男は正しい名称を父親らしく教え、母の雪女も口を半開きにしながら、雪でできた芸術作品の数々に目を見張っている。
そうした三人を含む群衆達を見下ろすかのようにして、広い会場内に林立する巨大な雪で作られた彫像群……彼らが旅行先に選んだのは、毎年S市で開かれる国内最大級の雪まつりだった。
「これはナーガ族の……やつらもレッドデータブックに載るレベルの頭数だったな……無事にやってるだろうか?」
今年は辰年ということもあり、メイン展示として作られた巨大な龍の雪像を見上げながら、雪男は同じ境遇の種族として深く感慨に浸る。
「まあ、なんて素晴らしい……一度でいいからこんなお城に住んでみたいですわねえ……」
他方、雪女はアンデルセン童話や某アニメ映画で有名な、雪の女王の氷の城をイメージした雪像彫刻にうっとりと頬を赤らめ、あれやこれやと妄想を膨らませている。
「あ、これ! 今すっごく人気なスパイの父と殺し屋の母とエスパーの娘のファミリーのアニメだ!」
また、雪ん子もとある人気アニメをモチーフにしたほぼ等身大の作品を前に大はしゃぎだ。
三人が旅行先としてここを選んだ選択は、どうやら大当たりだったみたいである。
「それに、雪像を溶かさないための温度設定もなんだかとても落ち着くな」
「はい。ほんとに冷たくて清々しい空気です」
「うん! 雪ん子もとっても元気!」
さらには雪像の維持のため、会場では暖房を使っていないことも三人にとって好都合な環境である。
「父、雪ん子もなんか食べたい。なんか買ってけれ」
そんな中、会場に並ぶ屋台の食べ物屋を見たら雪ん子が、雪男の袖を引っ張っておねだりをする。
「そうだな。せっかくだし何か食べるか……S市といったらやっぱりラーメンだな。
すると、雪男も乗り気にそのおねだりを受け入れ、踵を返すと屋台の方へと歩いて行く。
「あ、それじゃあ、わたしも|冷たいお飲み物買ってきますね。雪ん子さんは迷子にならないよう、ここから動かずに待っていてくださいね?」
「うい!」
また、雪女もそれに続いて、さっき自販機を見かけた方角へと雪ん子を残して行ってしまう。
「雪ん子、ひとりぼっちでお留守番……でも、ここ楽しいから淋しくない!」
その残された雪ん子だが、今いる場所の周囲には、氷の巨大滑り台やら、氷柱の輪投げやら、小さな雪だるまの射的やらのゲームブースが並んでおり、彼女と同年代の子供達で大いに賑わっている。
「ここから動かなければいいんだもんね……雪ん子もなんかやろう!」
無論、子供ホイホイなその魅力に逆らうことはできず、雪ん子はさっそく興奮気味に遊具の物色を始めた──。
だが、そうして三人が雪まつりを楽しむ裏側で、ある恐ろしい計画が実行されようとしていた……。
「──おい。例のものの準備はいいか?」
「ああ。直前に解凍して今は活性状態だ。外気に触れなければしばらくは持つ」
雪ん子がはしゃぐ遊戯スペース近くの公衆トイレの背後では、黒づくめの怪しげなアジア系男性が三人、なにやらひそひそと密談をしている。
一人が開いたアタッシュケースのその中には、厳重に梱包材で保護された、透明な液体の入る試験管のようなものが一本収まっている。
「だが、いったん解凍してしまうと、外気に触れれば30秒で死滅してしまうという繊細な代物だ。その間に宿主へ感染させなければならないが、まあ、空気感染するこいつの感染力なら余裕でお釣りがくるってもんだろう」
「そして、ここは海外からの観光客も多い絶好の試験場……高い感染力と致死率を併せ持つこいつらによって再びパンデミックが引き起こされ、既にワクチンデータを持つ我が祖国だけが一人勝ちできるという寸法だ」
彼らの会話から察するに、その試験管内に入っているのは新型の細菌兵器……そう、彼らは細菌テロを目論む某国の工作員達なのである。
「とはいえ、作戦に必要な試験管はこの一本のみ……失敗は許されん。気を引き締めてゆくぞ! オペレーション、スタート!」
わずかな時間で事前のミーティングを終えた彼らは、取り出した試験管を一人が袖口に隠し、
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