僕と君(たち)との暮らし-Ⅳ
買い物と行っても近所のコンビニだ。往復で二十分もかからない。部屋の準備が終わりきる前に、二人は帰ってきた。
「というわけで、こっちで部屋作っておくから、甘奈は先にお風呂入ってきて」
「え、わたしも全然手伝うよ! わたしの分の部屋なんでしょ?」
「いやいや、いいよ。一応客人なんだし」
「でも悪いし……」
「私も、甘奈が先にお風呂行った方がいいと思う。掃除道具の場所とか説明しながらになるから、今日これからだと夜遅くなっちゃう」
と唯が割って入った。
いつの間にか呼び方が『甘奈』になっている。買い物している間に、一体どういうやり取りをしたのだろう。
「……うーん、分かった。じゃあ先にお風呂もらっちゃうね」
「うん、案内するよ。私の寝間着も貸してあげる」
「お願いしまーす!」
二人は隣の唯の部屋に、連れたって入っていく。……正直助かった。
「よし、後少しだけ頑張ろっか」
「はい」
結局部屋の準備を手伝いに来た美遊が、やひろの呼びかけに答える。
旧く永く続く八重の家には親戚なり仕事関係なりの来客が多い。中には数ヶ月と滞在してこちらでしばらく仕事をするような人もいる。そんな客人達のための客室がいくつか、この本邸の一角には並んでいる。
もっとも当主たる祖父や母が不在のため、今はほとんど客人はいない。なのでその客室は、美遊や唯、そして甘奈の部屋として活用されることとなった。
机やベッドフレームなどの簡単な家具はそれぞれの部屋に揃っている。後少し水拭きかけてやって、マットレスなどを持ってくれば部屋の準備も完了だ。
「お疲れ様」
ちょうど部屋の扉を拭いているタイミングで、扉の裏側から唯に声をかけられる。
「甘奈はお風呂入ったよ。そっちは順調?」
「うん、後はマットレスとか布団持ってくるぐらいだな」
「ふぅん、じゃあ先にお話する? あるんでしょ、内緒話」
「……さすがに怖いんだけど」
「いや分かるよ?」
苦笑いしながら平然と答える唯。思えば、さっき甘奈との会話に割って入ったのも分かっていてやったのだろう。
……二度と唯に隠し事するのはやめよう……。
「じゃあ唯、美遊、ちょっと聞いて欲しいんだけど……」
やひろは掃除の手を止め、二人に自分の考えを話し始める。甘奈がお風呂に入っている間にといっても、焦りすぎず丁寧に、二人の表情を注意深く眺めながら。
唯の表情はあまり変わらない。真面目な顔で注意深くこちらを
話終わると、唯が口を開く。
「そうだね……、ちょっとあれだけど、少し生活が落ち着くまで時間置いてもいいかもね。甘奈がどういう反応するか分からないし」
そうして、唯はちらと美遊の方を見て、
「でも、美遊がどう思うか次第かな」
「そうだな、隠すにしても打ち明けるにしても、大変だろうし。美遊はどう?」
「わたしですか? あぁでもそっか、そうですね……。わたしとはしては、秘密の方がやりやすいですけど……」
美遊の口ぶりは、妙に歯切れが悪い。
「ホントに? なんか不安そうに見えたけど」
「……しばらく秘密にしておきたいのは分かりますし、正直ありがたいです。腫れ物に障るようなことされたくないですし。向こうにバレたときがより面倒そうとは思いますけど、そうなる前に甘奈さんに話してしまえば、別に。ただ……」
「ただ?」
美遊は伏せていた顔を静かに上げ、こちらを小さな目で見上げてくる。
「……やひろさんが大丈夫かな、って」
「俺が?」
こくりと美遊は
「……隠し事するのは、しんどいですし。……わたしに気を遣って言ってるなら、心苦しいなと」
「そういうわけじゃないよ。ただあんまり甘奈をいっぱいいっぱいにさせたくないって俺が思うだけで」
「……それならいいんですけど……」
美遊の声はまだ少し歯切れが悪い。しばし沈黙が流れる。
そのとき、家の奥から小さく扉が開く音がした。唯が部屋の外に目をやる。
「甘奈、上がったかな。思ったより早いね」
「……とりあえず、わたしとしてはどちらでも構わないですから。やひろさんがいいなら秘密で大丈夫です」
美遊は不安そうな顔つきをすっと引っ込めて、いつもの何でもない表情に戻ってしまう。
「いや、美遊――」
「そうだね。隠し事して、それで空気とか悪くなるなら本末転倒だから。なんか違うって思ったらその時にはバラしちゃおう。誰からでも。ね、それでいいかな?」
そう言って唯がこちらに目配せしてくる。『今日のところはここまでにしよう。私も気をつけておくから』。そういう意図だろう。
廊下を歩くぺたぺたという足音が、少しずつ近づいてくる。
……仕方ないか。
「――分かった、ありがとう二人とも。何か支障あったらすぐに言ってくれ」
「うん、了解」
「……分かりました」
二人がよどみなく返事する。表情にももう陰りは見えない。
……少し失敗だったかな。もう少し余裕を見て話すべきだったかもしれない。
美遊は『どちらでも大丈夫。秘密にしている方がありがたい』と言った。はっきりと反対というわけではなく、自分でも不安材料が何か良く分かっていないのだろう。なら、今根掘り葉掘り聞いても仕方ないだろうとは思うが、話を無理矢理たたむ形になってしまったのは少し悔やまれる。
そんなことを考えていると、部屋の扉が開いた。
「お風呂上がったよー」
「ああ、おかえり。部屋の準備、後ちょっとだから――」
振り向いて応えるやひろの声は、甘奈の姿が目に入ると霞のように消えてしまった。
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