僕と君(たち)との暮らし-Ⅰ
「わあああ、こっちのお家はでっかいねぇ……!」
「ホントね、無駄に目立つんだから……」
ここ
学生たち若い世代からすれば、この街を本拠に置く大グループ会社の名前が思い浮かび、その親世代からはそれに元知事の名前も加わる。そして、その中でもよりこの街に長く深く関わる者だけが、それが何百年もこの地に根ざし続ける旧い華族の血を指すと知っている。
『八重の本邸』というのは、そういう旧いつながりを知る人間にとっては八重への畏敬の象徴とも言える。
駅前の中心街から徒歩十分弱の物静かな高級住宅地。周辺の家も大きいが、そこはそれら数軒分の敷地を誇る。大正時代に建てられたらしい三階建ての和洋折衷の住家。小さな家屋程度の大きさの納屋と離れ。十近い台数を停められる庭兼駐車場は、それだけ来客の多い家柄であることを示している。そんな所々に表れる厳めしさから、周辺住民からも好奇の目を向けられているのが八重の本邸である。
けれどそこに暮らす人間からすれば、毎日帰ってくるわが家であるというのが、一番大事なことだ。
やひろは、門扉を抜け玄関まで、当然躊躇うことなくすらすらと歩いてく。後ろを歩く甘奈は終始辺りを見渡しっぱなしだ。余程面白いのか、きらきらさせながら目を忙しなく動かす甘奈を見ていると、自然に頬が緩む。
「入るよ、甘奈」
「あっ、はいっ」
ピシッと、声をかけられた途端に体を緊張させる甘奈。
(ん?)
一瞬甘奈が緊張する理由が分からず、玄関の引き戸にかけた手を止めるが、これから見知らぬ人と対面するんだから当たり前かと思い直し、やひろは扉を開ける。
「ただいまー」
「あ、おかえりなさーい」
応えるように家の奥から声が返ってくる。
「……んん?」
「どうしたの、甘奈」
玄関の外で立ち往生したまま入ってこない甘奈に、座って靴紐をゆるめながら、やひろは声をかける。
「え、あ、いやだって――、ええっ?」
「……おかえりなさい、やひろさん。……その方が例の?」
「そうだよ、美遊。ただいま」
足音を立てずに家の奥から小さな女の子が現れたのを見て、甘奈はまた声を上げる。
背丈は子供のようだが、制服を着てるあたり少なくとも中学生なのは分かる。ただその制服も袖が余っていたりと、まだ着慣れていない感じが強い。
「えっと、」
「……はじめまして。
熱のない声でそう言って、高く結ったツインテールを揺らしながら、美遊と名乗った少女が深くお辞儀する。
「あ、
反射で自己紹介しているようだが、甘奈の頭にクエスチョンマークがくるくると飛び交っているのが分かる。
ダメだ、何も分かってなさそう……。
「えっとね、甘奈」
たまらずやひろが声をかけようとしたところに、唯がぱたぱたと走り込んでくる。
「おかえり、やひろくん。あっ、あなたがやひろくんの幼馴染さん?」
「ま、また女の子が出てきたぁ!??」
「え、え、なに!?」
ついにキャパオーバーしたのかほとんど悲鳴をあげる甘奈と、急に大声を出されて目を白黒させる唯。大きな音が苦手な美遊がいつの間にかやひろのすぐ隣まで来ていて、顔をしかめている。
カオスになってきた……。
「ごめんね、甘奈。この二人がさっき言った同居人」
「聞いてないよっ!?」
「言ったって。……や、でも確かに話聞いてなさそうだったな、あの時」
「やひろくん?」
唯の咎めるような声が割って入る。
(他の人が家にいることもろくに説明もせずに、女の子連れて来たの……?)と言うような、唯の視線を強く感じる。
やひろはやんわりと唯の視線をかわし、
「ええっと、じゃあ紹介するよ。こっちが――、」
――くぅぅ。
甘奈のお腹が小さく鳴って、みんなの視線が甘奈に集中する。
「だ、だって、美味しそうな匂いするんだもん」
「じゃあ詳しい話はご飯食べながらにしよっか。あ、私、
「あ、よろしくね……?」
「わたし、唯さん手伝ってきます」
奥に戻っていく唯の後を美遊も追う。
「とりあえず、甘奈も上がって。手洗って飯にしよう」
「……やひろぉ~~?」
大きな目を鋭くして、甘奈はやひろににじり寄る。
「……顔が近いよ、甘奈」
「二人っきりじゃなかったのぉ……?」
「え、違うよ。今はうちの家族がいないだけで、同居人がいるの。ごめん、やっぱ聞こえてなかったんだな」
「う……! というかえ、さっきも言ってたけど同居!? 一緒に暮らしているの!? おじさん達がいない間に女の子二人も連れ込んで同棲しているの!?」
「声がでかいし、人聞きが悪い!」
美遊はともかく、唯に聞かれたら大変まずい。
「とにかく! 二人がそろったら説明するよ。とりあえず案内するから靴脱いで」
「むぅ……」
不承不承という顔をぷいとそむけ、立ったまま靴を脱ぐ甘奈。
「えっとここのすぐ横の扉開けると洗面所で……」
「……じぃぃ」
洗面所まで案内する間も、やひろが手を洗っている間も、すぐ後ろから甘奈の恨みがましい視線を感じる。
怖い以上に、めんどくさい……。
……まあ女子からしたら、これから暮らす家に見ず知らずの人間がいることを聞かされていないことになるんだから、怒るのも無理ない。流石に自分の考えが甘かった。
――二人っきりじゃなかったのぉ……?
口をゆすぎながらやひろは、先ほどの甘奈の台詞を思い出す。
……俺と二人きりだと、男と二人きりだと思ってて、それで何故ついてきたんだろう……。
何故もなにもない。今の甘奈は実のところ、今日寝るところにさえ困る立場だ。選択肢なんて本当のところはなくて、俺を信じてついて来るしかない。
……そこまで甘奈が考えているだろうか……。自分に帰る家がないことも良く分かっていない気がする。
じゃあ何故だろう。単純に俺のことを信頼しているだけ? それとも……。
ぼんやり考えていると鏡の向こうの甘奈と目が合った。依然わざとらしいむくれ顔をしている。
やひろは口内の水を吐き出して、顔に新鮮な水を打ち付ける。
「はい、甘奈も手洗って」
「むぅ……」
やひろはタオルを手に取って、鏡の前を譲る。不満げではあるが、大人しく従う甘奈。
……あんまり今邪推するもんじゃないな。再会したばかりでこんなこと。
やひろは一瞬浮かんだ想像を頭の奥にしまい込んだ。
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