巡りの果て-Ⅲ

 最寄りのバス停まで歩いて、待つこと十数分。二人並んでバスに乗り込む。


「あ、整理券取って甘奈」

「え、あ、これ?」

「そうそう」


 入口近くにある機械から整理券を抜き出す甘奈。やひろ自身はカード入りの財布を隣の機械にかざす。


「良かった、座れそう。ほらこっち」


 当人は気にしていなさそうだが、甘奈の現実離れした服装が他の乗客の目を引いている。バス後方まで甘奈を連れて、窓際の席に甘奈を座らせる。


「……やひろは整理券いらないの?」

「え、ああ、カード持ってるから」

「??」

「あー、えっとね」


 やひろは財布の中からICカードを取り出す。


「このカードをかざすと、搭乗した場所が記録されるの。どこからどこまで乗ったかで料金変わるから。整理券はコレの代わり」

「ふーん?」

「整理券に番号書いてあるでしょ? 先頭のディスプレイにその番号が何円か出るから、降りる時にお金と一緒に精算機に入れればいいよ」

「あっ、どーしよやひろ! わたし、お金持ってない!」

「ああ、分かってる分かってる。いいよ俺出すから」

「え? いいの?」

「いいよ、このくらい」

「……ふーん?」

「な、なに?」


 じぃっと、甘奈はその大きな目でやひろを見つめる。


「え、なんか面白いなって」

「……、なにが?」

「だって、昔のやひろだったら、自分からお金出したり絶対しないもん」

「……そうかな?」

「えー、そうだよ~」


 ……そうだろうか。自分では分からない。


「あ、この道」


 ふと甘奈が窓の外を見ながら、そんなことをつぶやく。やひろも外を見る。この辺りは二人が小学生だった頃の登下校路だ。


「懐かしい?」

「うん、でも違うんだね。景色とか、いろいろ」

「まぁ、結構つぶれたり建ったりしてるからな」


 甘奈と歩いていた頃のこの道がどんなだったか、やひろにはもう思い出せないほどに。


「……あそこの駄菓子屋つぶれたんだ。おばあちゃん、元気かなぁ」

「……五年前かな。店主のばあちゃん階段から落ちて死んじゃって。それきり閉まったままなんだ」

「………………、そうなんだ」


 甘奈は窓の外を見つめたまま、それきり黙ってしまった。


 バスの乗客は少ない。低いエンジン音とタイヤの走行音だけが静かに響く。時刻は夜の一歩手前。甘奈の横顔が赤い夕日でよく見えない。


 甘奈は、自分の知らぬ間に変わってしまった町、いなくなってしまった人に何を思うのだろう。分からない。やひろには、この沈黙がそのまま二人の間に横たわる時間の隔絶に思えた。


(……本当はたくさん訊きたいこと、話したいことがあるんだけど)


 今の甘奈の思考をあまり邪魔したくはなかった。

 懐かしさにも寂しさにも、きっと穏やかで静かな方がふさわしい。


(この先、時間はいくらでもあるんだし)


 やひろは甘奈から目を離して、背もたれに体を預ける。

 甘奈は窓に拳を押し当てて、ただただ外の景色を眺めていた。

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