巡りの果て-Ⅱ

 甘奈と再会して十数分後、やひろは唯にことのあらましと今後のことを説明し終えた。


『――うん、了解。それじゃあ、気をつけて帰って来てね。帰ったら幼馴染さんのこと、紹介してね』

「ん、オッケー。それじゃあ、よろしくね」


 ぷつりと唯との通話が切れる。

 やひろはスマホについた汗を制服のズボンで軽く拭いながら、少し離れてもらっていた甘奈に声をかける。


「甘奈ー」

「はーい。電話終わった?」


 甘奈はぴょこぴょこと軽快に駆け寄って来て、こっちの手元を覗き込んでくる。


「それ、アレだよね、……なんだっけ?」

「ははっ、自分でアレって言っといて? スマホだよ、スマホ」

「あ、そうそう。すごいなぁ、やひろ、大人みたい。そういえば、子供の頃すごい欲しかったんだよね。今思い出した!」


 昔を思い出しているのか、甘奈はきらきらした顔を浮かべている。


「なんかその言い方だと、魔法のステッキか何かみたいなんだけど。あ、でもそっか、異世界にスマホはないか」

「うん、向こうだとスマホとかテレビとか、なんにもなかったもん。だから懐かしいなぁって、……あれ?」

「ん?」

「わたし、やひろに異世界に行ってたとか言ったっけ?」

「ああ、でもそうかなって。だって最初に魔法使いとか言ってただろ?」

「あ、そっか」

「……それにさ、昔、連れ去られたり時、たくさんの腕に引っ張られたり妙な霧が出たり、変なことばっかりだったし。……だから、異世界にでも連れてかれたのかって、ずっと思ってたんだよ」

「あ、ああぁ~。あ、あったねぇ、そんなこと……」

「だから、甘奈が戻ってきてくれて本当に……?」


 なぜだか甘奈が腰をくねくねさせるような不審な動きをしだす。顔は赤いし、目もあらぬ方向を見てるし……。


「甘奈?」

「は、はい! なんでしょう!」

「あ、いや、戻ってきてくれて本当に嬉しい、って言おうとしただけなんだけど、……どうした?」

「いえ! えっと。えー、うー……」


 顔を伏せたりちらちらとこちらを見たりしながら、唸る甘奈。しばらくそうしたのち、


「な、なんでもないですぅ……」


 しゅぅんと小さくなりながら、そう呟いてしまう。


「……そう?」


 ……絶対なんでもなくはないとは思うけど……。ムリに聞きだすのもあれだし、今は他にも話すことが色々ありすぎる。


「……それでさ甘奈。とりあえず、うちに来ない?」

「うん…………、ふぁいっ!?」


 うつむいていた甘奈が、がばっと顔を上げる。


「甘奈もお母さんやお父さんに会いたいと思うんだけど、おばさん達この町から引っ越しちゃって」

「あ、そうなんだ……」

「……その、何も言わずに引っ越ししてったから、今どこに住んでいるのかも分からないんだ。母さんに言って探してもらうけど、すぐには見つからないと思う」

「……」

「だから、しばらくの間うちに泊まったらどうかなって」

「う、うちってやひろのお家?」

「うん、そう。異世界から帰ってきたなんて、警察とか役所に言うわけにいかないし、俺としてもほっとけないから」

「うぇ、えっとぉ、……それじゃあ甘えちゃおっかな……?」


 こちらの様子を伺うような上目遣いで、そう呟く声を聞いて、ほっと胸をなでおろす。


「じゃあ、行こうか。今、本邸の方に住んでるからちょっと距離あるけど、ついてきて」


 そう言って、歩き出したやひろの後ろを、甘奈がぴょこぴょことついてくる。


「は、はーい。せっかく戻ってきたんだから、お兄さんとかおじさんにもご挨拶しなきゃね」

「あ、言い忘れていたけど、兄貴も母さん達も家にいないよ」

「……ふ?」

「兄貴は、大学行くために遠くの街に部屋借りてて、母さん達はオーストラリア」

「オーストラリア!? なんで!?」

「え、なんだっけ。詳しく聞いてないけど、事業拡大とかじゃない?」

「ああぁー、そっか会社のお偉いさんだっけ、おばさん。すごいねぇ……、じゃなくって! え、お兄さんもおじさんもおばさんもいないの!?」

「う、うん」

「う、うぇええ……?」


 やひろの背中から甘奈の裏返った声が聴こえてくる。


「まぁ、でも今は他に同居人がいてね、後で紹介させてほしいんだけど」

「……てことは、今夜は二人きりなのではわわわ……?」

「え?」


 後ろでぼそぼそと呟いてるから、やひろには上手く聞き取れない。

 振り返ると甘奈がくるくると目を回しながら、頭を抱えている。


「あの、今なんて?」

「……あうあうあ、こ、こここれはここで覚悟を決めるしか……???」

「あの、甘奈?」

「はっ、はい! 聞いてます!」

「…………」


 元気のいい返事ではある。


「……それでその子達を待たせるのも悪いし、そろそろ向かいたいんだけど大丈夫かな?」

「だだ大丈夫! どこへでもついていきます!」


 ……大丈夫かなぁ……?

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