巡りの果て-Ⅰ
「……ハァ、ハァ……、すみません、だ、大丈夫……?」
「うん、大丈夫! びっくりしたけど、なんか漫画みたいでドキドキしたね!」
神社のある高台から抜け出して、二、三路地を曲がった先、大通りから離れた住宅街の小道で足を止め、やひろは息を切らしていた。連れまわしたはずの女は、まるで呼吸が乱れておらず、平然と楽しそうに笑っている。
……マジか……。
「全速力で、走っちゃったのに……、ついて来れるどころか、そんな元気そうに……」
「あ、でもちょっと身体強化入れたから」
「身体強化……、魔法?」
「うん! あ、君にもかければ良かったね。今更気づいたや……」
普通の口調で魔法の話なんかして、ちょっとしたドジをしたみたいにしょんぼりしている彼女を見ていると、本当に魔法使いなんだと改めて思う。
「…………」
じっと彼女を見ていると、彼女も視線に気づき顔を上げてこちらを見つめ返す。
くっきりした顔立ちだ。鼻がそう高いわけでもないし、頬はふっくらと柔らかそうに見えるのに。多分、実際の顔のパーツそのもの以上に、物怖じせずまっすぐにこちらを見る大きな目がそう印象づける。見ず知らずのはずの人間と見つめ合っているという、やひろの中にはある動揺が彼女にはない。ただ不思議そうにこちらを見ている。きっと彼女は、誰のことも怖く思ったりしないんだと、そう思わされる。
やっぱり、どこか見覚えがある。
落ち着きだした心臓が、ゆっくりとまた早くなっていく。
事故の前、霧が出たあの時に何を考えていたのかを思い出す。ずっとずっと心の奥底に刻み込まれていたあの子の姿とともに。そして、目の前の彼女の顔と照らし合わす。
正直記憶はあやふやで、写真もそんなに残っていない。だからその姿は思い出の中の作り物で、信頼できるようなものじゃなくて。
都合のいい夢を見ようとしているだけなんじゃないか、そう思ってしまう。
ただ見覚えを、見出そうとしているだけなんだと。記憶の中の小さな女の子と、肉体的には十分に大人な彼女の、イメージがなぜか重なるのは。だって九年も経っている。はっきり言えばもう死んでいる可能性の方がずっと高い。
「…………」
訊いてしまおう、そう思った。名前でもなんでも、ただ一言訊いてしまえば、それで終わる。妙な幻想を見てしまうこともなくなる。なのに、声が出ない。喉を締めつけられているみたいに。不思議そうにこちらを見る彼女の口から、知らない名前が出てきたら。その時を想像すると、息ができなくて、彼女の姿が暗く溶けていくように目の前が、
「やひろ?」
――――――。
彼女の声だった。彼女が自分を呼ぶ時の声、響き。ずっとずっと忘れていた。今全部思い出した。
「…………かんな」
やひろもそう彼女を呼んだ。ゆっくりと息をして、優しく昔を思い返すように。
彼女の、葛持甘奈の表情にきらきらと輝きがともる。
二人の距離が、突然ゼロになった。
「やひろーっ!!!」
「ちょっとっ!?」
甘奈が全速力でやひろに飛びつく。
咄嗟に両手を広げて抱き止めるが、あまりの勢いに数歩後ろにたたらを踏むやひろ。
「会いたかった! 会いたかったよぉ!! ずっとずっと戻ったら会いに行こうって思ってたの! それがこんなにすぐに会えるなんて!」
「は、はしゃぎすぎだって!」
よほど嬉しいのか、甘奈はやひろを抱きしめたまま、上下にぴょんぴょんと跳ねる。そうすると、二人の体の接点もあちこち揺れて、さっきから甘奈の胸が当たっていることや、その大きさや柔らかさまで、やひろはつい気づいてしまった。
んんんー……。
顔が熱くなって、困ってしまう。早く引き離した方がいいんだろうが、
「やひろぉ~」
甘奈の方は気づかずにはしゃいでいるので、止めるに止められない。
……なんか、全然変わらないな……。
姿形はすっかり大人になってしまっても、根っこの部分は昔のままの甘奈だ。
やひろも諦めて、自身の腕を甘奈の背中に回す。
「おかえり、甘奈」
その声を聞いて、甘奈も顔を上げる。
「ただいま、やひろ!」
そう言って、強く抱き締めるものだから、ますます胸がやひろの体に押し付けられてしまう。
……やっぱり注意した方が良かったかなぁ……!
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