君の記憶は夕焼け色-Ⅲ

 二人でそんな話をしている間に、学校近くのスーパーに到着する。


「……唯、ちょっと聞きたいんだけどさ」

「はぁい?」

「夜なに食べたい?」

「うっ……! 世の噂に聞く軽々に答えちゃいけない質問だ……! なんでもいいよ、はダメなんだよね」

「いや、まぁダメってんじゃないけど、何か希望を言ってくれると献立が決めやすいな」


 こちらも献立に困ってそんな質問をしているわけで。


「そしてアレなんだよね、上手く冷蔵庫の備蓄と賞味期限に合わせて希望の献立を言わなきゃなんだよね……!」

「そこまでのこと要求しないよ……。うちの冷蔵庫の中身、把握してないだろ?」

「してない……。牛乳が残り少なかったなぁ、ぐらいしかしてない」

「な? だからまあ、そんな難しく考えなくていいよ。ムリなものならこっちから言うし」

「うーん……」


 完全に深刻に捉えちゃってるな……。

 唯は難しい顔をしてうなりだしてしまう。こんな風にうろたえてる唯も珍しくて、なんだか和む。


『毎月、十五と二十五日は、ポイント三倍!』


 ちょうど夕食前の買い出しの時間なのか、スーパーの中は買い物客でごった返している。主には子供連れの主婦が多く、店内アナウンスに子供たちのはしゃぎ声が混ざって、結構騒がしい。


「……そういえば今日何日だったっけ」

「ん? 二十四日だよ。惜しかったねぇ、明日だったらポイント三倍だったのに」

「……そうだったんだ」


 ……完全に忘れてた。もうそんな時期なんだ。


「やひろくん?」

「え、ああ、ごめん。ちょっとぼんやりしてた」

「お夕飯、もし良かったら肉じゃがが食べたいかな」

「ん、オッケー」


 二人は並んでスーパーの中を歩きだす。いつも通りやひろが買い物カゴを持って、二人で手分けして豚肉やじゃがいもをカゴに入れながら、当たり障りのない会話を続ける。いつもみたく学校の話や最近見たドラマの話、そして何より、繊細で臆病な子猫みたいな女の子の話を。けれど、


「――それでなんだけど……、やひろくん?」

「えっ、あ、ごめん。ちょっとぼっとしてた。なに?」

「…………」


 唯は、じぃと目を細めて何かを思案しながら、やひろを見つめる。その視線に批難するようなニュアンスはない。けれどその探るような視線に、少し怖い。


「……やっぱり今日は少しぼんやりしてるね、やひろくん」

「……そうか?」

「なにか考えごと? 六月二十四日に何かあったの?」

「あー……」


 怖いと感じるのはきっと、その気になったら唯には自分の内面などほとんど丸裸にできると、知っているからなんだろう。

 一生敵う気がしないな、と思いながら、観念してやひろは話しだす。気恥ずかしいから、買い物を続けながら。


「いや、大した話じゃないんだけどさ……」

「うん」

「前に、幼馴染の女の子の話、したでしょ?」

「幼馴染って、例の?」

「うん。それでさ……」


 手に持った白滝の袋が、強く握りすぎていつの間にかパンパンに膨れていた。軽く息を吐いて手を緩める。


「そのいなくなった日が今日なんだよ」

「…………」

「毎年いなくなった神社まで見に行ってたんだけど、今年は今の今まで思い出さなかった。なんかそれがちょっとショックでさ。いや、それだけ今やるべきことがあって、充実してるってことなんだろうけどさ」

「……うん」

「うん、それだけ。悪い、重い話しちゃったな」


 そう言ってやひろは、白滝を買い物カゴに放り込む。


「今年は神社まで行かなくていいの?」


 唯は、あくまで自然な口調でそう訊いてくる。きっと努めてニュートラルに声を出して。


「いいって別に。行って何かある訳じゃないし。異世界から本当に帰ってくるかなんて分かんないしさ」

「でも、去年までは毎年行ってたんでしょう?」

「……もういいんだよ。行っても意味ないだろうし。それにほら、夕飯作らないとだし」

「じゃあ、それは私がやるよ」


 そう言って唯は、やひろから買い物カゴをするりと奪い取る。


「意味ないっていうけど、やひろくんにとっては意味があるから毎年行っていたんだと思うよ」

「……」

「……何も変わらなくても、必要なことってあると思うよ?」

「……ごめん。その、じゃあちょっとお願いしてもいいか……?」


 そう言うと、唯は柔らかく微笑んで、


「うん、任せて」

「……ありがとう、唯」


 二人で少しだけ顔を見合わせる。なんだか妙に気恥ずかしくて、でも目を離しづらい、そんな空気が流れる。けれどきっと、外から見たら二秒もない時間だったろう。すぐに何事もなかったように二人して普段通りの会話に戻る。


「帰り何時くらいになるかな?」

「ん……、今からだと七時半くらいかな。それまでに夕飯出来てたら先に食べちゃっててもらえる?」

「はーい。……出来てるかな?」

「……唯、ホントに夕飯任せても大丈夫……?」

「だ、大丈夫! 今時はクックパッド? とか言って、ネットにレシピいっぱいあるんでしょ? 『肉じゃが、レシピ、猿でもできる』とかって検索すればいける、よね……?」

「いや、いけると思うけど……」

「…………」


 めっちゃ不安そうな顔してらっしゃる……。


「あー、唯? 上の戸棚の一番右にカレールーがあってね、白滝だけ返してもらえれば、具材そのままカレーが作れるんですが……」

「今日の夕飯はカレーにします!」

「お願いします」


 カレーは細かい味付けとかいらず、多少のミスがあろうと大体カレーの味に収束するから、お料理初心者には大変おすすめ。何より一度唯と作ったことあるし。


 ……本当に唯は、信頼できるしっかり者なんだけど。料理への苦手意識だけはどうしようもないらしい。

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