神様の誤算

桜人 心都悩

神様の誤算

「ねぇ! 文通しようよ! 僕から君に送るから、そしたら返事をちょうだい!」


そう言ったのは誰だったか。遠い記憶。暑い夏の日。


それから俺に手紙が来たことはなかった。幼い頃の約束だ。うっかり忘れてしまったか、それとも出せなかったのか。


手紙といえば、俺宛に意味不明な手紙が届いたことがある。訳の分からない、ミミズの這ったような文字。しかし一番最後にはきちんと俺の名前と住所まで書いてあった。


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○○という星の○○に住む君へ


ある人は、近隣住民の嫌がらせだろうと言った。またある人は異世界からの交信なんだと言った。けれど俺は、俺自身がどこか遠い星の誰かに選ばれたんだと信じていた。信じていたから、宇宙関係の仕事に就きたいと思ったのだ。


「この星はもうダメかもしれない。戦争で核兵器を使いすぎた。土壌も汚染された。空気も汚れた。だから、君にはこの星の生物が移り住む土地を探して欲しい」


この星に住む生物にむけて、統治者は言った。立派な研究者になった俺の、最大の仕事。


しかし、条件に合う土地はそうそう見つからない。数多の星のほとんどは、燃えていたりガスのように実態がなかったりする。土地があっても、すごく寒かったり逆に暑かったりするのだ。


「星を作り出すのはどうでしょう?」


誰かが言った。その言葉を元に、銀河系にある太陽系の「地球」と名付けた星に一匹の原核生物を送り込んだ。原核生物はやがて、緑色の生物を生み出した。緑色の生物は生物の生存に必要な気体を作り出した。   そうして一面が緑に覆われて、美しい星が誕生した。


地球の時間とこの星の時間は異なっている。この星の一日は向こうでの百年に等しかった。俺が嫁を貰い、子供が生まれた頃に、地球には俺達と似た生き物が闊歩していた。


「お父さん、あれ何?」


「あれはあの星の生き物だ。そのうちにもっと多く、そして賢くなっていくはずだよ」


直接俺達が手を加えることもあった。絶滅しそうな種の遺伝子情報をこちらで保存、生育し、ある程度成長したら地球へと戻した。増えすぎた種には自然災害を以てその数を減らすこともあった。


「お父さん、なんだかいっぱい動いてるよ」


「戦争だよ。あぁやって、土地や食料や資源を奪うんだ」


「止めなくていいの?」


「必要なことなんだよ」


その土地の生き物はこの星では見たことの無い、と言ってもどこかこの星のものと似ているような武器を片手に戦っていた。多くの命が失われていく。しかし、それも増えすぎた命の選別なので仕方がない……はずだった。


「どういうことだ! 地球には核兵器はなかったはずだぞ!」


「おそらく、あの星の誰かが作り出してしまったのでしょう……」


「核兵器で汚れた土地など、移住できるか! もうあんな星は必要ない!」


「そ、そんな。では、どうするのです?」


「どうもこうも、君にはこの仕事をおりてもらうよ。君に任せたばっかりにこの数年間を無駄にしてしまった!」


目の前の男はこの数年間でまとめたレポートをビリビリに破いて捨てた。


「お父さん、あの星、どうするの?」


「そうだなぁ、お前はどうしたい?」


「僕は、あの星に友達が欲しいんだ!」


毎日覗いていたからだろう。あの星の成長に息子は興味を示した。


「あの星におりてもいい? 大丈夫、僕、バレないようにするよ!」


「仕方ないなぁ」


どうせ、もう必要のない星だ。何をさせても問題ないだろう。息子には、監視をつけること、何があっても絶対に他の星から来たと言わないことを約束して地球に向かわせた。


川辺りに一人佇む少年を選んでそこへ送る。良かった、彼は息子の友達になってくれそうだ。息子も地球時間での一日を楽しんでいた。


夕暮れ時、少年が口を開く。


「もう帰らなくちゃ」


「えーもっと遊びたいなぁ」


「明日も遊べるよ。僕はここにまたくるから」


「それじゃあダメなんだ。僕が来られるのは今日だけなんだよ」


「じゃあ、スマホは? そしたら毎日メールを送れるよ」


「スマホ? 何それ? お菓子?」


「違うよ! 遠くの人とお話できるんだよ!」


少年は、片手に黒い板を持っていた。こうやるんだよ、と言いながら見せてくれる。どうやらこの星では随分昔に生まれた発明を地球では最新として売り出され、誰もが持っているらしい。


「ふーん。でも僕持ってないよ」


「うーん、じゃあどうやって君とお話しよう?」


「えーっと……あっ! ねぇ! 文通しようよ! 僕から君に送るから、そしたら返事をちょうだい!」


そう言うと、少年はにっこり笑った。約束だよ。と差し出して来た小指の意味はわからなかったが、約束の印なんだよ、と少年が言った。


どこかで聞いたことのある台詞。ふと、あの夏の日を思い出す。あの時も確か、息子と同じような会話を誰かとしていた。その子もまた、今日だけなんだと言っていた気がする。


その時、俺は気がついた。これは誤算だ。どうしたことか。俺は、選ばれたんだと思っていた。ある意味では選ばれたのだろう。しかし、そこに自分の意思は存在していない。俺は誰かのあやつり人形だったのか? この始まりはどこから始まって、一体どこまで続いてきたというのだろう?俺はその何番目なのか?


なんとも、この連鎖を断ち切ってしまわなければ行けない気がした。


帰ってきた時、お父さんはすごく怒っていた。どうして地球に行ってしまったんだって、ものすごく怖い顔。いつもは優しいお父さんだから、余計に怖くなった。


お父さんは僕を何時間もお説教した後、もう二度と地球に行かせないって、装置を切ってしまった。それからもう誰もあの星に関わっては行けないって、コントロールシステムを自動運転に切り替えた。


僕は、その前に手紙を送った。


拝啓、お元気ですか。


僕はお父さんに怒られて、どうやら君と友達になることはできないようです。でも、この手紙を君に送りました。お父さんの目を盗んで送りました。


僕はもう君の所へ行けないけれど、いつか君が僕の所まで来てくれたらいいな。その思いをこめて、この手紙は僕の星の文字で書きました。いつかまた遊ぼうね。


地球の○○に住む君へ

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