12

 聞き覚えのないしゃがれ声に振り返ると、マルセイユ大尉と同じような軍服を着た……おじいさん?……がいた。


「あなたは……」


「ハンス=ウルリッヒ・ルーデルじゃよ」


 老人はそう名乗った。思わず鳥肌が立つ。


「ってことは……シュツーカ大佐……!」


 そう。急降下爆撃機ユンカースJu87シュツーカを駆って旧ソ連戦車を500両以上撃破し、スターリンをして「ソ連人民最大の敵」と言わしめた、WWIIドイツ空軍の伝説の対地攻撃パイロット。通称「シュツーカ大佐」。飛行機も9機撃墜しているので、エースパイロットでもある。


「マルセイユとリヒトホーフェンに言われて来たんじゃ。例の最後の目標はちょうどこちらを向いておるからな、わしらがこの機体で急降下爆撃する」


「この機体って……地球ですか?」


「もちろんじゃ。操縦はわしに任せてくれ。老いぼれじゃが、腕は全く衰えておらんよ」


 ……。


 確かルーデル大佐は戦後に66歳で亡くなったはず。本当に大丈夫なんだろうか。不安は否めない。だから僕はあえて戦後まで生き延びた方は選ばなかったのだ。

 だが……あのマルセイユ大尉とリヒトホーフェン大尉がここに来ることを彼に勧めたのだ。ここはやはり、あの二人を信じるしか……ないのかもしれない。


 ああ、そう言えば以前マルセイユ大尉が「戦後まで生き延びた人間でも良いのなら、ぜひ推薦したい人がいる」と言っていたっけ。もしかして……それは、この人のことだったのかも……


 となれば、この人に全て任せてもいいだろう。だが。


「ちょっと待ってください。爆撃するって言っても、今の地球には武装は何もありませんが……」


 僕がそう言うと、ルーデル大佐はニヤリとしてから応えた。


「何を言っとるんじゃ。今まで後生大事に抱えてきたデカブツが、一つ残っておるじゃろうが……おっと、時間がない。さっそく出発じゃ!」


「え? あ、ちょっと待ってくだ……」


 とたんにJu87の機体が現れ、僕が止める間もなく大佐はコクピットに乗り込んでしまった。彼が操縦桿を握るやいなや、地球が加速を開始する。みるみる敵恒星に近づいて……いや、急降下していると言うべきか。雨あられと降り注ぐ敵の迎撃ミサイルの群れを軽やかにかいくぐり、地球は目標に向かって一直線に突き進む。全く危なげない。やはりマルセイユ大尉の見立ては正しかったようだ。


 そして。


 目の前に表示されていた投下タイミングのカウントダウンが、とうとうゼロになった。


投下ボムズ アウェイ!」


 大佐の叫びと共に切り離されたのは……月だった。それまでもずっと地球の周りを回っていた、地球の衛星。それが今、爆弾となって目標へ向かっていた。

 今まで月は人工太陽の燃料とするべく確保していたのだが、今はとにかく生き延びることが最重要だ。それに、代わりの燃料は小惑星などで十分賄えるだろう。


 古来より人々と共にあった、月。みるみる小さくなっていくそれを、涙ながらに僕は見つめる。


 ありがとう……さよなら、月の女神アルテミス……


「引き起こしをかけるぞ!」


 ルーデル大佐が操縦桿を引き、地球は反転急上昇する。振り返ると、着弾を示す閃光が上がっていた。TDボックスが全て消滅。


「勝った……のか……?」


 僕のその言葉を裏付けるように、敵の攻撃がピタリと止む。と同時に、敵ダイソン球殻の北極と南極に当たる部分が凹み始めた、かと思うとそれがそのまま飲み込まれていき、ダイソン球殻の南北に大穴が開く。崩壊していく球殻の中から真っ赤なガスが吹き出してきた。


『エネルギーをかなり消費したようだな。敵の恒星は赤色巨星化してしまったらしい』


 いきなりの、オバロウだった。


「オバロウ! 僕らは、勝ったのか?」


『ああ。敵はもう完全に破壊された。いずれダイソン球殻は中の恒星に飲み込まれ、ここには単なる赤色巨星が残るだけになるだろう』


「そうか……」


 大声を上げて喜ぶ気にはなれなかった。とてつもない疲労感が、今の僕の体の全てを支配していた。オバロウは続ける。


『理人ならきっと気づいてくれると思っていたよ。重力波によるSIGINT(信号情報収集Signal Intelligence)に……ね』


「ああ……でも、それに最初に気づいたのは正子だ。データ解析をして弱点の位置を特定したのも彼女だし、間違いなく勲章ものの功績だよ」


「え、私?」正子が目をパチクリさせる。「わ、私は、別に、そんな……」


「何言ってんだ」僕は笑顔で応える。「君が太陽を……そして地球を救ったんだ。まさに勝利の女神だよ」


「理人さん……」


 僕らが見つめ合った、その時。


「さて、わしはこれでお暇させてもらうとするか」ルーデル大佐だった。「後は生きてる人間に任せるよ。それじゃあ、な」


「ありがとうございました、シュツーカ大佐」


 そう言って僕が敬礼すると、大佐は少し微笑んだようだった。そして答礼したかと思うと、シュツーカに乗ったまま流れ星のように尾を引いて飛び去っていった。


 太陽のダイソン球殻からも無数の魂たちが飛び出し、やはり流れ星のように空間に消えていく。美しい光景だった。そしてその中から、七つの流れ星がこちらに近づいてくる。例の七人のパイロットたちだ。それぞれの愛機に乗っている。それらを僕は、敬礼で見送った。


「みなさん、ありがとうございました……」


 耳を澄ますと、サイバー・ハイパー・スペースはどこもかしこも人々の発する歓喜の叫びに包まれているようだった。

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