11
太陽と敵恒星が戦い始めてから、僕の時計でもう2時間が過ぎていた。ステータスウィンドウを見る限り、戦局は膠着状態だ。そうなると……スタミナのある敵の方が有利になってしまう。
「……理人さん」
不安そうな顔で、正子が僕を見上げる。僕は笑みを浮かべてみせた。
「大丈夫だよ。オバロウを……エースのみんなを……信じよう」
その時だった。
『理人……』
ノイズにまみれた、オバロウの声。
「オバロウ! どうしたんだ!」
応答、なし。
「オバロウ! 頼む、応答してくれ!」
『……弱点……放射……』
酷い雑音の中で、辛うじて聞き取れたのはその二語だけだった。ひょっとしたら敵に何か妨害を受けているのかもしれない。
「オバロウ! 弱点がなんだ? 放射がなんだってんだ?」
沈黙。
「……」
これは……おそらく、オバロウが何かを僕に伝えたかったんだ。弱点が見つかったのか? それが放射と何か関係がある……ってことか?
「ねえ、理人さん」と、正子。「あらゆる放射には情報が含まれているのよ。放射から情報を取り出して弱点を見つけろ、ってことをオバロウさんは言いたいんじゃないかしら」
「……いや、それなら弱点はとっくに見つかってるはずなんだ。確かにダイソン球殻からは遠赤外線から可視赤光までの波長の光が排熱のために放射されている。だけどそこから有力な情報は得られない。考えてみれば現代のステルス戦闘機だって、エンジンの排熱による赤外線放射をなるべく抑えるように工夫している。軍事的に見たら、それだけ赤外線放射の対策は重要、ってことだ」
「そうなの……」正子はションボリした顔になる。
正確に言えば、赤外線を含む電磁放射以外の放射も、無いわけじゃない。太陽からは太陽風と呼ばれる高速の荷電粒子が放出されている。それは敵の恒星も同じだろう。だが、それらはシールドに容易に阻まれ、外には出てこない。
荷電粒子じゃない中性粒子のニュートリノも、シールドはなかなか通さないのだ。地球の周りにシールドが張られてから、世界中のニュートリノ観測施設で検出される宇宙からのニュートリノが一気に減った、という報告があった。地球ですら光速で易々と突き抜けるほどに透過性が高い粒子なのに、である。
そう考えると、シールドを超える放射なんて……何もないように思える。オバロウは……一体、何の放射のことを言いたかったんだろう……
「ねえ、見て。なんだか、敵と太陽がどんどん近づいてるみたい」
正子の視線を追うと、相変わらず太陽と敵恒星が互いの周囲を回りながら戦っていたが、彼女の言うとおり、戦い始めた時よりも接近しているようだ。
「これはきっと、連星の運動により重力波が放出され、その分のエネルギーが失われて回転が遅くなるインスパイラルと呼ばれる状態になっているからだね。それをこの目で見ることが出来るとは……」
そう。二つの星が互いに互いの周りを回る連星系からは重力波と呼ばれる波が放出されることが、アインシュタインの一般相対性理論から導かれているのだ。そして、それが間接的に捉えられたのが1974年。当時マサチューセッツ大学アマースト校に在籍していたテイラーとハルスは、連星パルサーの回転周期がだんだん遅くなっていることを発見した。これはパルサーの運動エネルギーが重力波となって放出されたためだと考えられている。この状態をインスパイラルと呼ぶのである。ちなみにテイラーとハルスは1993年この功績によりノーベル賞を受賞した。
「理人さん!」ふと、正子が何かに気づいたように僕を振り返る。「あなた、今なんて言った?」
「え、だからインスパイラル状態に……」
「違う! その前よ!」
「え? ええと……連星の運動で重力波が放出……」
「それよ! それって、放射じゃないの?」
「!」
その瞬間。
雷に打たれたような衝撃が僕の中を駆け抜ける。
「……ああっ!!」
確かに重力波も立派な放射だ。なにがしかの情報を含んでいるはず。いや……むしろ重力波こそ、弱点を見つけるための最強の情報になるかもしれない。というのも、オバロウが言っていた通り、目標は重力制御システムなのだ。それが重力波に影響を与えている可能性は非常に高い。
「それだ! それだよ正子! 重力波だ!」
僕は両手で彼女の両肩を掴んで揺さぶる。が、
「きゃっ!」
彼女の悲鳴に、思わず手を引っ込めてしまう。
「ご、ごめん」
「ううん、いいの。ちょっとビックリしただけ。でも……重力波って、簡単にキャッチできるものなの?」
「昔は無理だったよ。でもね、今はアメリカの
僕はさっそくハイパーネットに接続し、世界中の重力波研究施設にアクセス、データの提供を要請する。もちろん全ての研究機関が快くデータを提供してくれた。あっという間に膨大なデータが蓄積されていく。
あ、でも……
「……これ、どうやって解析すればいいんだ?」
「ふっふっふー。何かお忘れじゃ、あーりませんか?」得意げに、正子。「『R
……そうだった! これは正子の本来の専門分野だ。ちなみに僕はあまり使ったことはないが、「R]というのはデータ解析に用いられる定番のコンピュータ言語だ。
「そうか! それじゃ解析、お願いできる?」
「おうともさ! がってん承知の助、とくらあ!」
……コイツはいつ江戸っ子になったんだ……?
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「まずはデータ次元を減らさないと……しかしどうみても分布は非線形だから単なるPCA(
ぶつぶつ呟きながら凄まじい速さで正子はキーボードをタイピングしていく。そして、瞬く間に彼女は敵の重力制御システムの位置を全て特定してしまった。それらがTDボックスとして敵恒星に重ねられる。
「オバロウ! 目標は指示した! そこに攻撃を集中しろ!」
沈黙。だが、やがて、ブツッブツッと雑音が立て続けに二回入る。僕にとってはそれで十分だった。
「今の、なに?」訝しげに正子が言う。
「ジッパー・シグナルだよ。空中戦の最中で声を出す余裕がない戦闘機パイロットが、無線の送信ボタンを二回連続で押すんだ。それだけで『了解』って意味になる」
「ふぅん」正子は全く興味なさそうな顔だった。
太陽からの攻撃は敵のTDボックスに集中するようになり、やがて次々にTDボックスが消えていく。着実に重力制御システムが破壊されているのだ。しかし……
やはり敵の攻撃の方がスケールが大きく、物量にまかせた絨毯爆撃が功を奏してきている。それによって太陽の重力制御システムも敵に次々に撃破されていた。それでも目標を特定してピンポイント攻撃できる我々の方が効率はいい。ようやく敵の重力制御システムがあと一つ、という状況にまで追い込んだ。の、だ、が……
この最後に残った目標が太陽から一番遠いところにあり、なかなか攻撃が届かないのだ。一つでもシステムが残ってしまえばいずれ全て復活してしまう。そして……太陽の残りシステムも、とうとう一つだけになってしまった……
「くっ……」奥歯を噛みしめる。砕けてしまいそうだ。「あともう少しなのに……また、やられてしまうのか……」
その時だった。
「最後の一つは、わしらの獲物じゃ」
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