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『いや、実は一年前から作業は進めていたんだ。戦争になろうがなるまいが、エネルギー供給のためにいずれ必要になるだろう、と思ってね。既にリングは作ってあって後はシールドを張るだけだったんだが、さすがに恒星の大きさとなるとそれなりに時間がかかってしまってな……本当にギリギリだった』


「……」


 言葉を失う、というのはこのことだ。まさか太陽のダイソン球殻化が僕の生きているうちに実現するなんて……


 いや、待てよ。


「オバロウ、もしかして、以前君が言ってた『太陽からのエネルギーが吸収できなくなるもう一つの理由』って、これなのか?」


『そうだよ。太陽をダイソン球殻化してしまったら、どのみち太陽からの放射は地球に届かなくなるからね』


 ……。


 やはり、そういうことだったのか……


 愕然としている僕にかまうことなく、オバロウは嬉しそうに言った。


『さあ、やって来たよ。選手交代だ』


 いきなり目の前に黒い壁が立ちはだかる。あまりにも巨大すぎて壁にしか見えない。


「こ、これが……太陽?」


『ああ。ダイソン球殻化された太陽だ。このサイズなら宇宙戦艦と言ってもいいかもしれないね。ここじゃさすがに近すぎるから、もう0・7天文単位ほど離れようか』


「!」


 次の瞬間、アルクビエレ・ドライブが作動し、対峙する二つの恒星……のダイソン球殻の全貌が見て取れるほどの位置に移動していた。しかし、その二つの恒星は微妙に大きさが異なっている。


『小さい方が我らが太陽だ。だからパワーだけでは勝てない。そこはリソースで勝負だよ。既に過去に存在した全ての生命の魂はインストール済みだ。そして……指揮は君のご推薦の、例の七人に執ってもらう』


「どういうことだ? 七人のうち、五人は戦死したはずでは……」


「なーに言ってんのよ」


「!」


 聞き覚えのある声に振り返ると、そこにいたのは……


「……リーリャ!」


 いや、彼女だけじゃない。あの七人のスーパーエースたちが、そこに全員揃っていたのだ。


「な、なんで……」


「戦死って言うけどね、私らはとっくの昔に死んだ存在なんだよ? それ以上死にようがないって」


「へ……?」


『リーリャの言うとおりだ』と、オバロウ。『彼女たちの魂は、依然として情報の形でハイパースペースに保存されている。君らのコンピュータの仮想化技術に喩えれば、イメージファイルだね。そして彼女らはそこから起動された仮想マシンインスタンスってところだ。さっきはそのインスタンスが消えただけだよ。だけど、インスタンスはイメージからいくらでも再製できる。彼女ら以外の魂にしても同じことだよ』


「あ、それ、すごく分かりやすい」


 正子が嬉しそうに言うが、正直僕にはイマイチ理解できていなかった。学生の頃、学部の科目でオブジェクト指向プログラミングを学んだ時、インスタンスという用語が出てきたが……それと関係あるのだろうか?


『というわけで、英霊のみなさんには今一度力をお貸しいただきたい。私も最大限サポートに回る。理人、いいな?』


「!」あっけにとられたままだった僕は、そこでようやく我に返る。「あ、ああ。もちろん」


 そして僕は、七人のエースパイロットに真っ直ぐ向き合った。


「みなさん、ここが正念場です。各員、一層の奮励努力をお願いします!」


「了解!」


 僕らは互いに敬礼を交わす。


  ---


 とうとう恒星同士の戦いが始まった。かなり離れているが、それでもその熾烈さは惑星同士の戦いとは比較にならないほどだった。ミサイルの数も威力も、何もかも桁が違う。先ほど太陽系の大半の惑星を壊滅状態に追い込んだ攻撃すら、ジャブだったとしか思えないほどだ。


 ステータスウィンドウに表示されている敵リソースの予想値は、こちらの太陽とほぼ互角。しかしエネルギー的には敵の方が有利だ。それを技量でカバーしようと、七人のパイロットたちは奮闘していた。


 互いに重なる楕円軌道を描いていた二つの恒星は、やがて一つの円の直径の両端に位置する連星軌道に入る。互いが互いの周囲を回る、二重星状態だ。


『重力ロックオン状態だ』と、オバロウ。『こうなると、もはや逃げられない。どちらかが撃墜されるまで戦いは続く』


「オバロウ……」自分でも声に不安が滲んでいるのが分かる。「どうなんだ、太陽は……勝てそうなのか?」


『どうかな……今のところは互角、と言ったところだ。戦いは敵の弱点を先に全て破壊した方が勝ちなんだが、弱点の位置がすぐに分かれば苦労はしない。敵もこちらもそれは隠すように工夫している』


「オバロウ、恒星の弱点って何なんだ? 黒点とか?」


『恒星本体とは直接関係ないよ。具体的に言えば、重力制御システムさ。これが機能を失えばダイソン球殻はペシャンコになってしまう。その話は以前したと思うが』


「ああ……なるほど」


 そう言えば、地球のシールドは重力制御なしには破壊されてしまう、という話を以前オバロウとした覚えがある。ダイソン球殻も基本的には地球のシールドと同じ物だから、重力制御システムを壊せば自動的に破壊されるわけだ。


『恒星のインテリジェントな部分は』と、オバロウ。『球殻にのみ存在するから、重力制御システムを攻撃されて球殻が破壊されればそこで終わりだ。ただな、そのシステムがどこにあるかは分からない。だから互いに敵のあらゆる場所を無差別攻撃するしかない。しかも始末の悪いことに、システムが一つ破壊されると場所を変えて新しくシステムが一つ生成される』


「え!」思わず僕は声をあげてしまう。「それじゃどうしようもないんじゃないのか?」


『いや、システムの生成には約10分ほどかかるんだ。だから10分以内に敵の全てのシステムを一気に片付ければいいんだ、が……それはかなり難しい。ちなみに我々の太陽のシステムも仕組みは基本的に同じと思っていい』


 そこまでオバロウが言った、その時。


 警戒警報。


『まずい……だんだん押されてきたぞ。これから私は全力で太陽を支える。通信に支障が出るかもしれんが……君らはこのままこの周回パーキング軌道で待機していてくれ。いいね』


「あ、ああ。オバロウ……グッド・ラック」


『ありがとう』

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