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 いつのまにか七人のそれぞれの愛機が並んでいた。それらに乗り込むと、七人は自分たちに割り当てられた惑星を目指して飛び去っていく。程なくして、ステータスウィンドウに全機出撃準備完了のメッセージが現れる。


 いよいよ決戦が始まった。彼我の数は同じ。完全に実力勝負だ。長距離ミサイルによる序盤のロングレンジの戦いから、敵味方の入り乱れる、毛糸玉ファーボールと呼ばれる接近戦へと移行。しかし、みな急ごしらえのペアとは思えない息の合い方で、攻撃も回避も見事な連携だった。


 オバロウは状況を分析し、オーケストラの指揮者のごとく各機に的確に指示を与える。全体の動きが調和するように、なおかつ各パートにそれぞれ最大限の力を発揮させる。そして奏でられる戦闘は、まさしく交響楽シンフォニーだった。


 西澤・杉田ペアの必殺の捻りこみが成功し、敵惑星の一つに爆発の光が次々と煌めく。一機撃墜スプラッシュ・ワン! 


 しかし、そんなペアの背後に敵惑星が迫る。やはり人間がセンサ役を果たしていない惑星……いや戦闘機は敵の感知能力が弱いのだ。と、オバロウからペアに回避指令。だが、それよりも早く加藤・リヒトホーフェンペアが敵惑星に踊りかかっていた。彼らから放たれた大量のミサイルが敵惑星に吸い込まれていき、炸裂。二機撃墜スプラッシュ・ツー! やはり元々軽戦乗りの彼らは、このような遊撃任務が得意のようだ。


 そして、マクガイア中尉の援護を受けながら、マルセイユ大尉の得意技、見越し射撃がその威力をいかんなく発揮する。噂には聞いていたが凄まじいものだった。大尉は全く何もない空間に向かって平気でミサイルを撃ち込むのだ。だがそれは敵の未来位置を正確に射貫いていた。敵がまるで引き寄せられるかのようにミサイルに近づいていき、やがて着弾を示す閃光が瞬く。三機撃墜スプラッシュ・スリー


 どうやらマルセイユ大尉の敵の動きを予測する能力は宇宙でも変わらないらしい。さすが天才と言われるだけのことはある。


 このようにして敵惑星は次々に撃墜されていった。もちろん中には地球を狙ってくる敵ミサイルもあったが、リーリャの金星が着実に撃破していった。そして……


 いつしか、敵は全て撃墜されていた。こちらの損害は、ゼロ。完璧な圧勝だった。


「勝った……案外、あっけなかったな」僕は安堵のため息をつく、が……


『そう思うか?』オバロウの声からはまだ緊迫感は抜けていなかった。


「ああ。だって全機撃墜したじゃないか」


『それは、まだ分からんぞ』


「え、どういうことだ?」


『もしかしたら……いや、もしかしなくても予測通りになったようだ。援軍が来た時点でやるかもしれんとは思っていたが……まさか、本当にやるとはな……』


 オバロウの声には、呆れ……というよりも、絶望に近いニュアンスが宿っていた。


「オバロウ、一体何を言ってるんだ?」


 だがその一瞬後、「彼」の言わんとしたことがつまびらかになる。警報音とともに、目の前になにか黒く巨大な球体が現れたのだ。


 惑星とは桁違いの大きさ。重力制御が機能していなければ引き寄せられてしまうほどに強い引力。良く見ると赤黒い光がその表面を覆っている。


「こ、これは……」


『君らの言う、ダイソン球殻スフィアだ。恒星をシールドで覆ったものだよ』と、オバロウ。


「えええっ!」


 これが、あの……ダイソン球殻なのか……


 ダイソン球殻は、物理学者のフリーマン・ダイソンがかつて提唱した、恒星をそっくり覆ってしまう球殻だ。これにより、恒星から放射されるエネルギーを余すことなく利用できるようになる。


『言ってみれば、これはラスボスだ』オバロウが力なく言う。『たかだか十機に満たない数の戦闘機じゃどうにもならない』


 その時だった。


 警報音のトーンが激しくなり、視界の中心から白い円がみるみる広がっていく。


「なんだ、これ……」


『敵のミサイルだ。一兆個は下らない。あと5秒で着弾する。これで……全て、終りだ』


 オバロウがこんなに哀しげな口調になったのは、初めてじゃないだろうか。


「そんな……!?」


 何かが僕の右腕を掴む。それは……正子の両手だった。


「理人さん」彼女は僕を見据え、優しく微笑む。「最後は一緒にいましょう。そう言ったよね」


「正子……」


 思わず僕は彼女を抱きしめる。今や視界は接近する膨大な数の敵ミサイルに覆われていた。


 衝撃。だが、衝撃波だけで被弾はない。


「あ……!」


 いつのまにか、リーリャの金星が飛来するミサイルと地球の間に入り、盾となっていたのだ。


「……なたたちは、死な……い。私が……守……から……」


 途切れ途切れの声で、リーリャ。


「リーリャ!」


 ステータスウィンドウに表示されたダメージレポートを見た瞬間、僕は絶句する。


 既に水星と火星の被撃墜ロストは確認されていた。天王星と海王星はMIA(戦闘中行方不明Missing in Action)で、木星と土星は通信不能。そして……


「……どうやらここまでのようね。理人、正子、あなたたちは生きて、幸せになりなさい!」


 リーリャの声が届いた、1秒後……ダメージレポートに項目が追加される。金星、ロスト。


「リーリャー!」


 思わず絶叫する。両眼から溢れだした涙が粒となって、虚空に消えた。


  ---


 ミサイル攻撃の第一波は終わったらしい。地球はどうやらリーリャの捨て身の防御のおかげで、辛うじて乗り切ることが出来たようだ。しかし……


 被害は甚大だった。天王星と海王星の被撃墜も確認され、木星と土星は戦闘不能。戦局はこの一瞬で完璧に裏返ってしまったのだ。


「リヒトホーフェン大尉……加藤中佐……西澤飛曹長……杉田一飛曹……そして、リーリャ……みなさん、ありがとうございました……」


 拳で涙を拭う。みな、地球を守るために……犠牲となったのだ……


 だが……


 このままでは、いずれ僕らも同じ運命を辿ることになるだろう。そして……それに抗うすべが……あるとも思えない……


「オバロウ……」


『なんだ、理人』


「今さらだけど……逃げる、ってことは無理なのか?」


『無理だ』オバロウはにべもなかった。『恒星と惑星では、アルクビエレ・ドライブに使えるエネルギーが違いすぎる。どう考えても逃げ切れない』


「そうか……だったら、もはや万策尽きた、ってことか」


『いや、そうでもないかもしれないぞ』


 このオバロウのセリフは、僕を心底驚かせた。


「なんだって!」


『ギリギリ間に合ったよ……リーリャの献身のおかげだ。そうでなければ第一波で地球も完全にやられていた。だが……彼女のおかげで時間を稼ぐことが出来た。もう少し早く取りかかっていれば、ここまで犠牲を増やすこともなかったかもしれんのだが……プトレマイオスに切り替わってからでないと、どうしても作業が出来なかったものでな』


「ちょ、ちょっと待て、何のことだ? 何が間に合った、って言うんだ?」


『太陽のダイソン球殻化だよ』


「えええええ!」

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