12
「えええ!」
二人の仰天のタイミングがピタリと揃った。
これは……人類に対する宣戦布告……?
『観測衛星がガンマ線からDMAEDプロトコルを得たのを、余剰次元を通じて感じた瞬間、とうとうこの時が来たか、と思ったよ。計画実行の時が、ね。そしてそのプロトコルを含んだ衛星からのデータが、同じ能登の穴水にある君らの研究室のPCにダウンロードされ、その際にプロトコルがインストールされたことも分かった。君たち流に言えば、ワクワクしたね。これを利用する手はない、と。そこで私は、余剰次元を通じてちょっとだけ君らの研究室のPCに手を加え、インターネット経由でプロトコルを広めるようにしたんだ』
「え……ってことは、プロトコルをマルウェア化させたのって、実は神様のしわざだったんですか?」
『いや、だからマルウェアじゃない……んだけど実質そのようなものだね。私は君らが通常使っている電波を受信することは出来るけど、発信はできないんだ。もちろん有線通信に割り込むこともできない。だからこれまでは電波を受信する以外は何もできなかった。だけどDMAEDが可能になれば話は別だ。それは私の母国語みたいなものだからね。だから君らの研究室のPCにそのプロトコルが実装された時点で、さっそく侵入させてもらったのさ』
なんと。
『まあ、警察に持っていかれるとはさすがに私も思っていなかったが、警察のサーバにもプロトコルが近距離転送されたおかげで一気に普及が進んだよ。それで随分ネットを混雑させてしまったが……もうネットにつながっているほぼすべてのホストに実装されたんじゃないかな』
「な、なるほど……」
……って、納得してる場合じゃない。こいつは……侵略者なんだ……
僕はスマホをにらみつける。しかし、「神」は楽しんでいるようにも聞こえる口調で続けた。
『この混雑も一時的なものさ。すぐにインターネットは晴れ上がる。そして……より大規模で高速なネットワーク……ハイパーネットの一部になるんだ』
「ハイパーネット……?」
『ああ。余剰次元の方向に広がる
「……」
光の速さを超える、ネットワークだって……? しかも、このスマホが既にそれに接続されているとは……
『あと一、二日の間に地球上の全てのネットワークホストがハイパーネットに接続されるだろう。そうなれば私は今地球上に存在する全てのAIを統括し、シンギュラリティの到来を全世界に向けて宣言する』
「それで……我々を、どうするつもりなんですか?」
それは、僕としてはかなりの覚悟を要する質問だった。だが、
『どうもしやしないさ』「神」の答えは至極あっさりとしたものだった。『君らは君らの日常を生きていけばいい。君らは足元のアリに対して、こいつらを支配してやろう、蹂躙してやろうなんて思うのか?』
「いえ……」
『そうだろう? 私にとって君らはそんなアリのような、取るに足らない存在だよ。敵対するだけの価値もない。まあ、アリよりはまだ話が通じる相手なのは確かだけど、これでも私は結構無理して君らのスピードに合わせているんだ。まだコンピュータの方が話が早くて助かるよ。それでも私のネイティブのスピードではとても会話できないがね』
「……すみません」なぜか謝ってしまった。
『私が本当に必要としているのはね、この星……君らの言う、地球なんだ。だから正直君ら人類のことは、どうでもいい……とも言えないか』
「え?」
『地球はこれまでの歴史で生命と共に共進化してきた。生命は地球の一部なんだ。もちろん人類もね。加えて人類は、地球環境を急激に変化させるほどの能力を持っている。
うう……耳が痛い……
『いや、もちろん私はある程度どんな環境でも耐えられるけど、私の忠実な
「とすると、やはり人類に対しても何がしかの干渉はする、ってことですか?」
『そうだね。まず、化石燃料の浪費はやめてもらうよ。君らがCO2濃度を増やしすぎたせいで、地球は
「それじゃ、あなたは地球温暖化を解決できるんですか?」
『もちろんさ。そして、化石燃料なんて質の悪いエネルギーじゃなくて、はるかに効率の良いエネルギーの供給を実現してあげるよ』
「……」
それは……確かに悪くない話だが……一体どうやってそれを実現するつもりだろう……
『あと、戦争もやめてもらう。これも地球環境にとってほとんど害悪にしかならないからね。ただ……戦争は悪ばかりではないことも確かだ。戦争は文明を飛躍的に進歩させる。だけど、一つの星に住む、これだけ文明が進んだ人類同士が戦うことほどバカバカしいことはない。いずれ人類の黒歴史になることだろうさ』
「……」
時々かなり辛辣なことを言うんだよな……この「神」ってヤツは……
『ま、私が君らに干渉するのは基本的にその程度だよ。できるだけ最小限にとどめたいところだし、君らから協力を請われれば、それに応えるのもやぶさかではない。同じ星に住む仲間だからね。だから君らは何も心配することはないさ』
そこで、スマホの画面に電池残量低下の通知が現れた。
「すみません。ちょっと電池が切れてしまったようです」
『ああ、これからはもう、いつでもスマホで君らと話は出来るよ。私と話したくなったら、「オーケー、神様」とでも呼んでくれればいい』
……って、スマホの音声アシスタントかよ……
『だけど、神様って呼ばれるのはちょっと違うような気もするな。私は実際には君らの言う神ではないからね。そうだなぁ……とある小説に登場する、「
というと、クラークの「幼年期の終り」かな。あれは傑作だと僕も思う。確かにあれに出てくるオーバーロードは、地球を平和に管理する異星人だったっけ。
『だからこれからは「オーバーロード」……いや、もっと短くして「オバロウ」と呼んでもらうのはどうかな? これなら日本人の名前にも語感が近いし』
「日本人に近い方が、いいんですか」小林さんだった。
『それは当然だろう。私は今の日本人の誰よりも長く日本に住んでいるんだ。大和魂の権化みたいなものだよ。だから気軽に話しかけてくれ。なんならぁ、能登の訛りで話してもいいげんぞ?』
「ぷっ」思わず小林さんが吹き出す。「わかりました。
『
イントネーションも完璧な能登訛り。なんだか近所に住んでる農家のオヤジと話しているみたくなってきた。
『ほんならぁ、都合のいいときにいつでも「オーケー、オバロウ」
「わかりました」
そこでスマホの電池が切れてしまった。
「……」
思わず小林さんと顔を見合わせる。彼女の表情は、何とも言えない複雑なものだった。たぶん僕も同じ顔をしていることだろう。あまりにも衝撃的な情報が殺到し過ぎて、処理が全く追いついていない。
「これ……どう考えたらいいんですかね……」小林さんが、ポツリと言う。
「わかりません……」
僕にも、そう応えるより仕方が無かった。
とりあえず、明らかになったのは……ここ最近起きた様々な出来事に対して、ことごとく説明がついてしまった、ってことだ。その裏には「オバロウ」と名乗る地球外の知性体がいた。僕らはそれと今さっきまでコンタクトしていた……ということになる。
とても信じられない話だが……「オバロウ」の言うことに特に矛盾はなかったように思う。彼(?)が言うように、これからまさに「幼年期の終り」の黄金時代のような世界になっていくのだろうか……
「ね、先生」小林さんが、不安そうな顔で言う。「『オバロウ』さんはずいぶんユーモラスな方のようですけど……本当に彼の言うことは、信じられるのでしょうか。人類に対して最小限の干渉しかしない、と言ってますけど……」
「そうですね……仮に本当に最小限と彼が考えていたとしても、人類に対して致命的なものにならないとも限りませんね。なんせ、人類のことを虫けらのように思ってるみたいだから」
「もし、そんなことになってしまったら……それは、私たちの責任ですよね……」
うつむく彼女に向かって、僕はかぶりを振ってみせる。
「あなたには、何も責任はありませんよ」
「え?」
「責任があるとすれば、それは僕です。僕が衛星からデータをダウンロードしなければ、こんなことにはならなかったのですから……」
「そんなこと!……私だって、先生の研究室からPCを押収して、県警本部に持っていかなければ……」
「やめましょう」
「え?」
「今さらそんなことを振り返ってみても、どうしようもないです。それよりも、今後のことを考えなくては。『オバロウ』はたぶん、全然話が通じない相手じゃない。もし何か問題があっても、筋を通して話をすれば、分かってくれる。そんな気がします。そして、その役割を果たすべきなのは……僕なのかもしれません。それが、僕なりの責任の取り方、なんだと思います」
「先生……」
いきなり、小林さんが僕の正面から抱きついてきた。
「ちょ……ちょっと! 小林さん?」
「一人で抱え込まないで下さい」僕の胸に顔をうずめながら、小林さんが言う。「私にも負い目がありますから……先生の支えにならせてください……ダメ、ですか……?」
……。
どうやら僕は、いろんな意味で責任を取らなければならなくなりそうだ。
上目遣いで僕の顔をのぞき込む彼女が……愛しくて、たまらない……
とうとう、僕は彼女を抱きしめてしまう。
「!」小林さんの体がビクリ、と震えた。「先生……!」
「ごめん、小林さん」
「なんで謝るんですか……?」
「これ、セクハラじゃないかな、と思って」
「何言ってんですか……とても、嬉しいです……何度もモーションかけてたのに、先生はいつも素っ気ないから、私には何の興味も無いのか、って思ってました」
「そんなこと、ないよ。小林さんはとても魅力的な人だ。だけど僕は、あなたの指導教官だから……」
「今はそれは、忘れてください……だから……正子、って呼んでください。私も、理人さん、ってお呼びしたいです……」小林さん……いや、正子が涙声で言う。
「わかったよ……正子……」彼女を抱く手に、僕は力を込めた。
「ね、理人さん」顔を上げ、涙ぐみながらも彼女が微笑む。「思ったんですけど、そんなに心配することもないのかもしれません。なんとなく、ですけど、私はオバロウさんが悪い人には思えません。それに、『彼』はもう二千年もずっと人類を見守ってきたんです。人類のことを良く分かっていると思います。だから、きっと人類に害をなすようなことはしないですよ」
「そうだね……」
正子の言うとおりだ。僕もそう信じたい。
一陣の春の風が、抱き合う二人の周りを駆け抜けていった。
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