6

「……ええと」


 いや、笑いはしない。約束だから。


 しかし……確かに、突飛すぎる。それこそ笑っちゃうくらいに。


「小林さん、酔ってます?」


「酔ってますけど、酔ってません!」


 どっちやねん。


「思考はまともです! なんなら、また明日シラフでこの話してもいいくらいですよ!」


 目が座っているが、彼女の表情は真剣そのものだ。これ以上茶化していい感じではない。


「分かりました。それじゃ、小林さんが宇宙人の仕業と考えた根拠を話してもらえますか?」


「いいですよ。先生、ECCメモリってご存じですか?」


「ECCメモリ? いや、聞いたことないですね」


「ECCはエラー・チェッキング・アンド・コレクティングの略で、コンピュータのメモリのエラーをチェックし、自動的に訂正する機能です」


「はあ、そうなんですか。それがどうしたんですか?」


「サーバマシンのメモリモジュールは、基本的にECC対応メモリなんです。だけどECCはそれなりにコストがかかりますから、普通のPCにはECC機能はまず搭載されていません。それで、ですね……久古が調べた結果、なぜかサーバマシンでECCによるエラー修正のログが大量に残っていたんです。最初の不正アクセスが開始される、三分ほど前に」


 そう言われても、コンピュータのハードウェアには門外漢な僕には、良く分からない。


「……それが、何を意味しているんですか?」


「先生、一般的にメモリエラーの原因って、なんだと思います?」


「さあ。その辺は僕は素人なので、見当もつきませんね」


「いろいろあるんですが、エラーの原因として多いのは、静電気と……」


 そこで彼女は、僕を真っ直ぐに見つめて、言った。


「……放射線……それも極端に高エネルギーの……即ち、宇宙線です」


「!」


 そうか……なんだかつながってきたぞ。きっとこれが、彼女が宇宙線に興味を抱いた理由の一つなんだ。


「メモリはDRAM――ダイナミックRAMで出来ているんですが、これは原理的にものすごく小さなコンデンサが格子状にたくさん並んでいるもの、と思ってください。そして、それぞれのコンデンサに電荷が貯まっていればイチ、電荷がなければゼロ、というように1ビットの情報が記録されます。そのコンデンサに高エネルギーの宇宙線が当たると、ビットが反転フリップ……ゼロがイチになったりイチがゼロになったりするわけです。これがメモリエラーの原因です」


「なるほど。分かりやすいですね」


「ありがとうございます。で、ですね……私は、何者かが、宇宙線を利用して直接メモリを書き換え、プログラミングしようとしたのではないか、と思っているんですよ」


「いや、でも、ECCがあればエラーは訂正されてしまうんですよね?」


「それがですね……ECCのエラー訂正アルゴリズムはいくつかあるんですが、どれも同時に一つか二つのエラーが起きるくらいなら対応可能なんですけど、大量のエラーが同時に起こるとエラーの検出すら難しくなってしまうんです。実際、複数のエラーが同時に起こることなんて滅多にありませんからね。でも……今回は、どうもその滅多にないことが起きたようなんです。それでマルウェアが書き込まれたんじゃないか、と……」


「だけど、それをやろうとしたらものすごい解像度と精度で宇宙線をコントロールしないといけない。そんなこと……人間の技術じゃとても……あ……」


 そこで僕は気づく。それを見て取ったのか、彼女はニヤリとしてみせた。


「そうなんです。だから私は、そんなことが出来るのは宇宙人くらいじゃないか、って思ったんですよ」


「宇宙人……ですか。小林さんは、宇宙人の存在を信じているんですか?」


「ね、先生……これも、笑わないで下さいね」


「え?」


「私……子供のころ、UFO見たことあるんです。羽咋のおばあちゃんの家で……」


「ええっ!」


 思わず変な声を上げてしまう。彼女は続けた。


「西の空に明るく輝く球体が浮かんでて……真っ昼間なのに、ですよ。もちろん太陽じゃないです。ふわふわ上下してましたし、そもそも真っ昼間の太陽は西には見えませんよね」


「……」


 僕が何も言えずにいると、彼女はクスッと笑った。


「ふふっ。やっぱり信じてもらえないですよね。でもね、確かに見たんです」


 鳥肌が立つ。まさか……そんな……


「……それ、二〇年前の、八月じゃなかったですか?」


「ふえっ!?」今度は小林さんが変な声を上げる番だった。


「それ……僕も見ました。だから、小林さんの言うこと、信じますよ……」


「うそ……」


 口をポカンと開けたまま、彼女は絶句する。


 そう。あれは僕が中二の八月、北の方角だったと思う。曇ってはいたが空は明るかった。そしてそれ以上に明るく輝く球体がふわふわと動いていたのだ。だけどそれはすぐに消えてしまった。


 実はこれはそれほど珍しいことではない。僕の住んでいる羽咋市のキャッチフレーズは、「UFOのまち」。ここに伝わる古文書の中に、平安時代から「そうはちぼん」と呼ばれる謎の飛行物体がたびたび目撃されている、との記述があるらしい。実際、今でもUFOの目撃例が多いという。僕もその目撃者の一人、ということになる。


 羽咋はUFOを町おこしのネタにしているので、市内には「UFOカレー」や「UFOラーメン」が食べられる店があったりする。ここまではありがちな地域おこしだろう。しかし、羽咋のUFOに対するスタンスはこんなレベルには到底収まらない。かなりガチなのだ。


 僕が生まれる前の一九九〇年、UFO目撃に関する国際シンポジウムが羽咋で開かれている。もちろん僕は知らないが、世界中からかなりの人数が集まったらしい。そしてその六年後、宇宙博物館「コスモアイル羽咋」が開館した。外見は、いわゆる「アダムスキー型UFO」に似た形の建物だ。片田舎の博物館なのに、本物の宇宙船や人工衛星、宇宙探査機が展示されている。もちろんUFOについてのコーナーもある。昔から僕はここが大好きで、よく通ったものだった。すっかり宇宙に興味を持った僕は、石川大学に入学してから宇宙物理学アストロフィジックスを専攻し、やがて宇宙線の研究をするようになった。そしてそのまま大学院博士後期課程まで修了し、東大宇宙線研とスタンフォード大のポスドク(期限付き有給研究員)を経て、三年前に専任講師として母校に戻ってきた。そして今に至るわけだ。


「そっか……そう言えば先生のご実家は羽咋でしたね。先生もごらんになってましたか……」


 小林さんが嬉しそうに言った。それをきっかけに僕の意識は過去から現実に引き戻される。


「ええ。でも、僕はUFOがいわゆるエイリアン・クラフト……宇宙人の乗り物だとは思っていません」


「え?」


「もちろんその可能性も全く否定するものではありません。が……わざわざそんなものを持ち出さなくても説明できるのではないかな、って思ってるんです。だからそれは最後まで取っておいて、まずはそれ以外の方向性からいろいろ検討してみて、どうしても説明できないのならやはりそこに立ち戻る……ってことになるのかな、とね」


「なるほど……」小林さんが深くうなずいた。「やっぱり大学の先生だけのことはありますね。考え方が科学的です」


「そういう世界にもう十五年くらい生きてますからね。すっかり考え方が骨身に染みついてしまいましたよ」


「だったら、先生はUFOは何だと思ってるんですか?」


「わかりません」


「ずるっ」小林さんが大げさにズッコケてみせる。「わかんないんですか!」


「ええ。でもね、何だか分かってしまったらそれはもうUFOじゃないですよ。UFOはUnidentfied Flying Object……未確認飛行物体なんですからね」


「なんだか、屁理屈っぽいんですけど」


「そうかな? UFOの定義を語ってるだけですけどね」


「ま、先生がなんと言おうと、私はUFOは宇宙人の乗り物だって信じてますよ。だって私、宇宙人に実際に会ってますから」

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