第9話 学校行事中の単独行動は危険

 なんとかカレーが出来上がり、班員でテーブルを囲む。カレーの他にも課外授業として農業体験で収穫した野菜たちを使ったサラダもある。サラダに関しては同じ班を組んだ黒川ひなたと桜井みうが担当だった。この二人はいつも一緒にいるんじゃないかと思うくらい二人一組で行動することが多い。落ち着いた黒川と見た目は派手だが気遣いのできる桜井。クラスでのヒエラルキーは水連寺と同レベルと考えている。だが、水連寺と特に仲が良いわけでもなく、炎魔とも交流があるわけではない。ヒエラルキーが高い同士ではあるがすみ分けられている印象であった。

 多田くんは学校生活で関りを持つことはないと思っていた二つのグループ。その中にいま多田くんはいる。周りからの視線が痛い。「なんで多田があそこにいるのよ」とか「炎魔もなんで多田だけ誘うかなぁ。あの美女たちだらけの班でカレー作りてぇ」などなど聞こえていた。なんとも楽しくない課外授業である。


「はぁ・・・・・・」

「多田くんサラダおいしくないですか? 収穫した野菜はちゃんと確認して、ドレッシングも味見して問題ないかと思ったんですが」

 黒縁メガネをかけ三つ編みの黒川が心配そうにしている。

「え、いや・・・・・・おいしくないとか・・・・・・そういうんじゃない、です」

「声ちっさ! 多田もっとはっきり話しなよ。私たちが担当して作ったんだからおいしそうに食べなさいよ」

「は、い。サラダもおい・・・・・・」


「うまいな! サラダもドレッシングが主張しすぎず野菜といい感じの距離感の味がする」

 炎魔はなにも考えず自分が思ったままの感想を言っている。目線はサラダと今から食べようとしているカレーに集中している」

「それはよかった! 多田もこれくらい感想言ってくれればいいのに」

「うまいぞ桜井! ありがとうな」

「炎魔くんたちもカレーの準備ありがとうね。なんか時々具材が大きいものがあるけどおいしいよ」


 桜井と炎魔が楽しそうに談笑している。多田くんは隣からぼそっと聞こえた「味の距離感ってなんだよ」という言葉が聞こえてきた。味を主張できなかった悲しさと間にはさまれている気まずさを感じながらカレーを頬張る。

「サラダもおいしかったみたいで良かったです」

 若干気まずい空気を変えようとしたのか黒川が多田くんにやさしくほほえむ。

「あっはい、サラダおいしかったです。もちろんカレーも美味しかったです」

 水連寺が多田くんに顔を向ける。少し眉間にしわが寄っていたような表情からいつもの凛とした表情に変わる。


「多田くんも一緒に作ったじゃない。まぁでもありがと」


 多田くんは水連寺の一言を聞いてほっとしたかのように少し口角が上がったような表情になる。気まずい空気は一瞬にしてなくなり、炎魔と桜井を除いた三人で会話は続いた。


「そういえば二人はなんで私たちの班に入ってきたの? いつも別の子たちといるじゃない」

 本当にただ疑問に思ったことを水連寺は聞いているようで黒川も嫌な受け取り方はせずに少し間をおいて答える。


「うーん・・・・・・。本当に仲がいいのはみうだけだし、水連寺さんとも話してみたかったの。炎魔くんと仲良いし、二人ともどんな関係なのか気になって。それに多田くんもよく一緒にいるとこ見てたから気になって」

「いや、僕は別に正義くんとよく一緒にいるわけじゃなく・・・・・・」

「正義との関係を聞いてくるってことは黒川さん正義のこと好きなの?」

 ストレートに聞いてきた水連寺に対し、黒川はなにを言われているのか咀嚼できなかったのか少し口を開けてぽかんとした表情になっている。そしてだんだん理解してきたのか口があわあわしだす。

「わ、私じゃないよ?! えぇーとね・・・・・・とりあえず私は好きな人なんていないし、気になる人も・・・・・・いない」

「ってことは桜井さん? なんか意外。男勝りなところもあるから正義とは意見がぶつかりそうな気もするけど」

「こんなに普通に話してたら二人に聞こえちゃうんじゃないの? 大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない? 正義と桜井さん、二人で話すのに夢中だし」

 多田くんは目の前の二人に視線を向けるとたしかに膝を突き合わし、会話に夢中なようだった。こんなに近い距離感にいるのに話が聞こえていないなんて、二人の世界すぎると思った。


「ウーーーウーーー」


 突然警報音が鳴り響く。


 湖に生徒そっちのけで黄昏ていた四条先生がいつの間にか戻ってきて避難誘導を始める。


「食事は置いて、班で固まって行動してください。身をかがめながらバスまで移動してください! 焦らないで、落ち着いて行動してください。こういう時は単独行動はしないでみんなで協力して一緒に動いてください」


 当たり前とはいえ、自分たちの命に危険が迫るとなると焦らずに落ち着いてと言われても実行できない。キャンプ場には普中高校の生徒以外にも一般の客も利用しているパニック状態になる。多田くんもすぐに行動に移すべくテーブルに座っている班員たちを見渡すと、ポツンと一人取りに越されていた。


「えっどういうこと? 正義くーん! 水連寺さーん!」


 叫んでみるもののキャンプ場はいまいたるところで叫び声が聞こえ、人間のジタバタする音でかき消される。逃げ惑う人だかりを見ても、班員の姿は見当たらない。どこにいったのか。

 突然、背後で轟音が響き渡った。空気が一瞬で重くなり、振り返る間もなく巨大な爆発がキャンプ場を揺るがした。炊事上よりも離れたところから燃え上がる炎が見える。木々が根元から引き裂かれたかのように空に飛び散ったのが見える。その中の一本の太い木の幹が、宙を舞いながら信じられない速度でこちらに向かってきた。叫び声が混ざり合う群衆は、誰もが我を忘れ、逃げ場のない恐怖に呑まれていた。爆発の方向から走ってきた群衆から聞こえてくる。


「爆発の方向に走っていく若い奴らがいたぞ! あいつら死ぬぞぉ!」


 多田くんは必死で考えているかのごとく、逃げ惑う人々とは別に誰一人いなくなったテーブルを見つめる。


「単独行動はせずにみんなで協力・・・・・・」


 多田くんも爆発した方向に走り出していた。

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