第8話 多田くんは課外授業に乗り気ではない
バスに揺られながら外を眺める多田くん。雲がほとんどない澄み渡る青い空、向かっている場所は山の麓のためかだんだんと緑が多く、長閑な景色が広がっていく。普段はコンクリートジャングルで生活しているからかこういった自然あふれる場所にくるとどこか懐かしさを感じていた。授業の一環とはいえ、自然に囲まれて過ごす時間は有意義なものになるだろう。願わくば落ち着いた雰囲気でゆっくり過ごしたいそう思いながらただ外を眺めていた。
「こんな天気のいい日にキャンプなんて最高だな!」
多田くんの願いは一瞬で蹴散らされた。外はおそらくうだるくらいの暑さなのだろう。道路を眺めると陽炎がみえる気がする。バスの中はクーラーがあるので快適で想いを馳せながらキャンプ場に向かう時間は素敵なものであったが隣の炎魔正義のおかげですぐに現実に引き戻される。一人でキャンプ場に向かっているわけじゃない。ほかの生徒たちと手を取り合いながら炎天下の中、炊事をするのだ。暑苦しいテンションで話しかけられクーラーが効いているはずのバスの中まで暑くなった気がしていた。
「おい多田! なんでテンション低いんだよ! 課外授業でキャンプとかワクワクしかないだろ!」
「正義君の価値観を押し付けないでくれるかな。僕はキャンプ自体は楽しみではあるけれど、みんなで協力する炊事とか、キャンプファイヤーだとか、ダンスだとか想像するだけで気が重くなるよ」
「なんで? 楽しいじゃんかどれも」
「そりゃ一緒にダンスする人がいる君は楽しみなのかもしれないけれど、踊る相手がいない僕は相手を探すのも一苦労だし、見つけたとしても、あぁ多田ね・・・・・・みたいな目で見られるのがおちなんだよ。ただ無駄に傷ついて授業が終わるんだ」
「多田は卑屈すぎるんだよ。友達もいないわけじゃないし、女子からだって嫌われているわけじゃないって」
「じゃあ誰か僕のことを好いてくれているクラスメイト知ってるのか?」
「・・・・・・まぁそういうのって、誰かに教えるもんでもないだろ。あっもうそろそろ着きそうだぜ」
炎魔はごまかすように通路を挟んで隣の水連寺に話しかける。多田くんはただただ傷ついた。
*
「では各班カレー作りを始めること。基本的には班のみんなで話し合いながら進めるように。どうしてもわからなかったり困ったことがあったら先生に言ってください。私は少し湖を眺めながら人生について考えているので、できるだけ話しかけないでいください」
担任の四条先生はまったく授業する気がない。それどころか監督する役割すら放棄してどこかへ行ってしまった。
そんな中、多田くんは手際よく準備して行く。鍋、飯盒の準備、薪を集め麻に火をつけ仰ぐ、薪に火が移ったところで今度は食材を洗い、切っていく。同じ班の水連寺が目を見開いて多田くんを見ている。その視線に気がついた多田くんは少し気まずそうである。
「料理得意なの?」
「まぁ前から作る機会があったから」
「ふーん・・・・・・多田くんはホントに手際がいいね。私も家でごはん作ってるけど料理本とにらめっこしながらだから中々順序良くできない」
「いやそんなことないよ。水連寺さんだって包丁使い慣れているなって思うよ」
白い肌にすーっと長い指、包丁さばきをみているはずなのに目線は手にいってしまいそうで顔が緩みそうな多田くんであったが・・・・・・。
バンっ、おりゃ! バンっ、うりゃ! ガンっよっしゃ!
同じ炊事上で食材を切るもう一人の班員からすさまじい音が聞こえてきたので我に返った。
「正義、もう少し静かに切れないわけ。あと切るたびに効果音つけるのやめて」
炎魔はじゃがいもを担当していたが四頭分するだけのために毎回切る前にすぅーっと息を吸い込み一呼吸おいてから、顔の前にまで持ってきた包丁を振り下ろしていた。そしてなぜかきったあとに決め台詞かのごとく言葉を発している。
「包丁なんてこういう授業でしか使ったことないから、わかんないんだよ。でも、こうやって高い位置から切った方がきれそうじゃん。あと暑さに負けないように気合いれていかないと!」
まったく悪びれるそぶりも恥ずかしいそぶりを見せずに炎魔はじゃがいもを切り続ける。じゃがいもはいびつな形をして切られていくが、ゴロゴロしているのでカレーにはちょうど良い気もしていた。
「本当に正義は暑苦しいのよ。なんで同じ班になったかなぁ」
「それは瑠衣がオレと多田が斑作ろうとしていたところに入ってきたからじゃないか」
「まぁちょっと多田くんと話してみたかったし」
突然名前を出されニンジンを切っていた手が滑り、指を切りそうになる。
「痛っ・・・・・・いや痛くないか。切りそうになっただけだし」
「多田くん大丈夫?」
動揺を隠しきれない多田は水連寺に顔を覗き込まれさらに目が泳ぐ。
「いや・・・・・・さっき、話したい・・・・・・とか言ってたから。ど、どうしてかなって」
「この前怪人に襲われたときの話が気になって、話聞きたいなって」
バンっうりゃあ! ガンっ・・・・・・
炎魔の効果音つきの食材を切る音がむなしく多田くんに響いた。
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