第35話 愛と友情の葬送シークエンス①

「あれ? そういえばエマの姿が見当たらないな」


 サカキは辺りを見渡した。サカキとエデルは少し荒れた一本道に立っていて、一方はミール村まで続く街道に繋がり、もう一方はゼナ島の盗賊団の根城まで続いている。一本道の両側には岩壁がそびえ、盗賊団の根城方面は徐々に道幅が狭くなる隘路あいろとなっている。身を隠せるような場所もなく、やはりエマはどこにもいなかった。


 サカキは少し前のことを思い返していた。盗賊団の根城への侵入に失敗したエマは、盗賊たちに襲い掛かられて死の危機に瀕し、その時の恐怖で震え続けていた。作戦を立案したサカキにも相当まずい判断があり、その責任をすぐに認められなかったことで、エマと恋仲であったフランクリンの怒りが頂点に達した。そして、フランクリンはサカキを思い切り殴り飛ばした。フランクリンが離反の意思を示したところで、ゲームシステムが明確な敵対行為とみなし、フランクリンに新たな人格が強制的にインストールされてしまったのだ。現在は、インベントリの中の棺桶で静かに眠っている。そのことを、おそらくエマは知らない。


 創造主の作り出したフランクリンの幻影が言っていた。『残されたエマに対して、この顛末を真摯に説明することを俺は望んでいます』と。サカキは心の底からエマに謝りたいと思っていた。


「そうだ、サカキ殿。エマ殿のことなんだが……」


 困ったような顔で帽子の中の頭を掻いたエデルは、サカキが創造主と会っていた間にあった出来事を話し始めた。盗賊団の討伐に挑戦して死に続けるというサカキの常軌を逸した行動があって、サカキなりの責任の取り方であったが、それは罪悪感から逃れるためで自己本位である以外の何物でもなかった。そんなサカキであったから、冷静にエマと話すことができないであろうと考えたエデルは、サカキに代わってエマと話をしてくれたそうなのだ。


 その時のエマの反応は――エデルとしては、よく分からなかったそうだ。エマは静かに話を聞いて返答もしていたが、どこか他人事のような反応で、怒りや悲しみといった心の機微を感じ取ることができなかったそうだ。エマは鼻を少しすすり、どうしても気持ちの整理がつかないため、一旦ミール村に戻ることをエデルに告げて、この場を去って行ったらしい。消え入りそうな後ろ姿であったが、エデルはどうすることもできなかったという。


「そっか……。俺が言わなくちゃいけないことをありがとうな、エデル。本当にエマには悪いことをしたよ。気が済むまでぶん殴られても、俺は構わない」

「サカキ殿がその心意気を失わなければ、エマ殿もいつか心を開いてくれるかもしれんな……。それでどうするのだ、サカキ殿? やはりミール村には戻らないのか?」

「ああ。エマの行方が分からなければ探しただろうけど、ミール村に戻っているならきっと大丈夫だ。システム音声だって、エマがいなくなったことを告げていない」

「本当にブレんなあ、サカキ殿は」


 エデルは苦笑した。


「――さて、それじゃあ攻略方法を考えるとしますか」

「何か策があるのか? サカキ殿」

「早速、トランスパワーを使う」


 サカキは以前、偶然発動させた力を行使することにした。というより、現在はそれしか使えないことが直感で分かっていた。その力の名は《悪意を退ける力》である。死の危険性のある場所が視界の中、禍々しいオーラで塗り潰されるというものであり、これによって盗賊団の根城へ侵入する手掛かりが掴めないかと思ったのだ。


 サカキは瞳にトランスパワーの力を宿らせた。漆黒の瞳の外周に金環が現れた。そして、盗賊団の根城へ繋がる、ただの1マスを見た。1m四方程度の地面に、確かに禍々しいオーラが生じていた。しかし――突然、サカキが大笑いを始めた。


「どうした! 何が見えたというのだ、サカキ殿!」

「……いやいや。急に笑い出して悪かった。こんな簡単な解決策があるなんて、今まで死にまくってたのがバカみたいって思っちまったんだ」

「一体、何を見たというのだ」


 エデルの疑問には答えず、サカキは盗賊団の根城へ繋がる死の1マスに向かって走り出した。全力で加速し、地面を力強く蹴り上げた。体が宙に浮かび、風を切るように前方へと飛び出した。


 瞳の金環が輝き、禍々しいオーラが漂う1マスを見据えていた。


 サカキは空中で体を伸ばし、走り幅跳びの選手のように完璧なフォームで飛び越えた。足が地面に着地すると同時に、禍々しいオーラの範囲を無事に超えたことを確認した。


 物見やぐらの鐘が――鳴らない!


 サカキは振り返り、エデルに向かってドヤ顔を見せた。こんな鮮やかな動きをサカキは本来できないのであるが、トランスパワー発動時における運動補正の賜物であった。


 状況を簡単にまとめると、盗賊団の根城へ繋がる1マスに足を踏み入れた時、盗賊から一斉に襲われるというイベントが仕込まれていただけだったのだ。元のゲームは二次元であったため、そのようなイベント配置で十分だったのだが、三次元化した世界において、それでは不十分になった。ただ、それだけのことだったのだ。


 ◇


 エデルにも死の1マスを飛び越えさせ、サカキたちは盗賊団の根城の奥へと進んでいった。途中、ランダムエンカウントして盗賊が現れることがあった。盗賊団の討伐イベント全般について、ゲームバランスが著しく悪く、ステータス差による暴力が発生していた。ただ、一体ずつのエンカウントに決まっているようなのでサカキたちにとって敵ではなかった。


地獄の炎ヘルフレイム


 エデルの呪文で、また一人、哀れな盗賊が焼かれていった。本当にこの呪文は壊れている。何度もサカキは見ていたが、おそらくモンスターを含むキャラクターを確定で即死させる効果がある。おそらくというのは、ステータス閲覧を行っても即死の説明など一言も書かれていないからだ。創造主が隠し要素として意図的に設定したのか、単なる設定ミスなのかは悩むところであるが、雑なイベントを今まで散々見せつけられてきたこともあり、設定ミスなのだろうなとサカキは結論付けた。


 サカキとエデルは、すり鉢状の地形の中に築かれた盗賊団の根城のさらに奥へと進んでいき、岩壁に大穴が空いていることを発見した。中を確認してみるとかなりの広さがあり、薄暗いが燭台に火が灯されていて、先まで長く続いているようだった。


 二人は大穴の探索を慎重に行った。冷たい石壁には苔が生え、湿気が漂っている。時折、遠くから聞こえる水滴の音が静寂を破った。そして、行き止まりまでたどり着いた。


 古びた木製の扉があり、それが半開きになっていて、中からかすかな光が漏れていた。サカキは音を立てないように近づき、そっと中を覗き込んだ。――そっと覗き込むのを止めた。


「モンスターハウスだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る