君は僕を殺した。

楓雪 空翠

 

―――あの日、君は僕を殺した。


四月の淡い日差しを吸い込んだような長髪を撫でることも、

膨れた頬を微笑わらって、おどけてみせることも、

代り映えしない帰り道に浮き立つ君の隣を、少しゆっくり歩くことも、

今ではもう、叶わない。


もうきっと、永遠に会えないんだって

頭では理解わかっているのに

窓際の、いつも眩しい君の席の前でなら

「おはよう」って、眩しい声が返ってくるような気がして。


机に生けられた鮮彩あざやかな花束は

白昼夢を切り取って、セロハンテープで貼り付けたみたい

昨日までの喜怒哀楽を白で塗り潰して、

きっと知らないうちにはがれてしまう。


昨日の夕食や流行のドラマなんかの、

明日になれば思い出せないような、他愛のない与太話

失くしてから気付いた、口許の緩み

息の吸い方も忘れてしまったみたいだ。


教室を抜け出して、東へ歩く

透き通った朝の日差しが、ゆらめくアスファルトに影を落とした

あの日の風鈴が、喧騒を凪ぐ

君は、憶えているだろうか。


氷菓あいすを片手に、赤信号すら愉しんで

歩道の白線は、僕らの間隙を埋めた

「疲れた」って土手に座り込んだ君は

額も瞳もきらめいていたっけ。


素足で感じた海の冷たさは、

真夏の猛暑と日々の鬱蒼を飽和して

飛沫しぶきを立ててはしゃいだ君の笑顔に、

僕の心は未だ綻んだまま。


今日も、あの日と変わらずひかる水平線

君が僕に応えたのなら、この空虚も満たされるのか

寄せるさざなみが想い出を運ぶ

いっそ僕のことも、水底へ連れて行ってくれないか。


波打際に沿って、左へと歩く

砂を踏む音に、段々と柔らかな若草が織り交じる

まだ低い太陽に手をかざせば、油絵のようにせり上がった岬

ゆっくりと、菜の花の海を踏み分けていく。


先月、君はこの岬から堕ちた

きっと何かの事故だと言われているけれど

僕には見えなかった君は

ここで何を感じていたのだろう。


僕にとって、君は特別な存在だった

君の心一つにすら気付けなかったけれど

君は必要不可欠な存在だったんだ

そんな独りよがりな僕を、君は今日、殺した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君は僕を殺した。 楓雪 空翠 @JadeSeele

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

同じコレクションの次の小説