第七章-猫神
おばぁさんの家まで戻ってきたミケさんたちは、おばぁさんを捜して家の周りを見て回りました。
裏庭にはミケさんたちのために用意された餌が置かれていました。
しかし、何処にもおばぁさんの姿は見当たりません。
ドラさんは、戻ってきてからは、まだ一度もおばぁさんを見ていないと言います。
『チロに聞いてみてはどうだ?』
ドラさんの提案に、ミケさんたちは垣根の下を通って、チロさんの小屋まで行きました。
チロさんは、相も変わらず、下をちろっと出して、のんきに眠っていました。
ミケさんは、いつかのように、チロさんの頭に猫パンチをお見舞いしました。
『ぎゃうっ!?』
チロさんはまたもや、変な声を出して飛び起きました。
目の前には、ミケさんを初めとして、沢山の猫たちがずらっと並んで立っていました。
『な…な、何すんのさ…!?』
チロさんは、小屋の中にすごすごと後退りながら、小さな声で聞いてきました。
不機嫌なミケさんのかわりに、ポチさんがおばぁさんを見なかったか尋ねました。
チロさんは、一度ここに来て、すぐに出て行ったと言いました。
チロさんも幾度となくおばぁさんのお世話になっています。
いつもは怖いミケさんの顔が心配そうに歪んでいます。
この時ばかりは気弱な柴犬も勇気を見せて、首輪を振りほどきました。
『チロさん?』
『さ、捜すの、手伝うよ。』
チロさんの言葉に、ミケさんたちは驚きました。
『僕の鼻なら、おばぁさんの匂いを追って捜せると思うんだ…。』
鼻をくんくん鳴らしながら、珍しくチロさんが胸を張って言いました。
『ホントにあてに何の?』
ポケさんが少し疑わしそうに、睨んできます。
『良いから、行こうよ。』
チロさんは、ポケさんを無視して、道へ飛び出して行きました。
『仕方にゃいにゃ。手伝ってもらうにゃ。』
実際、犬の嗅覚は、今のミケさんたちには、ありがたい助けになります。
ほぼ、リーダーと化しているミケさんがチロさんの後を追い始めたことで、ポチさんたち他の猫も腰を上げました。
チロさんは、おばぁさんの匂いを追ってミケさんたちを誘導します。
最初はいつもの散歩道を辿っていましたが、途中から引き返し始めました。
来た道を戻るのではなく、一本通りを逸れた方向に向かい、更に右に左に、まるで迷っているかのように、しかし確かな足取りで進んで行きます。
やがて見慣れた場所まで戻ってきたミケさんたちは、チロさんが幾度目かの交差点を左に曲がるのを見ました。
チロさんの後を追うミケさんたちは、その道が集会の開かれる広場に繋がっていることに気が付きました。
『チロさん!』
必死になっておばぁさんの匂いを追跡するチロさんを、ミケさんは大きな声で呼び止めます。
『ふぇ?』
必死になっていたチロさんは間の抜けた声で振り返ります。
『もう良いにゃ。この先は集会所だから、チロさんは帰って良いにゃ。』
集会所と言う言葉に、チロさんは身震いし始めます。
『…弱い。』
そんなチロさんを見て、後ろからまた付いて来ていたドラさんが呟きました。
『まぁまぁ。』
『ミケさんのせいだし。』
ポチさんとポケさんがフォローになっていないフォローをします。
『行き先はわかったにゃ。だから、チロさんは帰って良いにゃ。』
苦手な猫たちがいっぱい集まる場所。
ただでさえ、今、20匹程度の猫の大群が目の前にいるのに、これ以上増えるとなると、やはりチロさんには耐え難いもののようです。
『じ、じゃぁ、僕は帰ってるから、あとでどうなったか教えてね。』
チロさんは、ミケさんではなく、ミケさんのブレーキ役をしているポチさんにお願いをして、足早に帰って行きました。
『にゅぅ~…。』
そんなに嫌われているのかと、ミケさんは少し落ち込みました。
広場に入ったミケさんたちの目に飛び込んできたのは、大木の下に倒れているおばぁさんの姿。
その周囲にはのんびりと日向ぼっこをしている猫たち。
倒れているおばぁさんの傍には、ミケさんそっくりの猫がこちらを見て座っていました。
その目は何処か、申し訳ないようなそんな色を湛えていました。
『あんた、誰にゃっ!?』
ミケさんは、敵意むき出しでその猫に話しかけます。
『やっぱ来たんだ。』
その声に反応したのは、ドラさんでした。
『お前、シロさんだな。』
ドラさんは、年老いたとはいえ裏庭の一応の主として、出入りした猫たちの特徴は一通り覚えています。
その声は、正しくシロさんそのものでした。
『まさか?』
シロさんを知る裏庭の猫たちは、信じられないと目を白黒させます。
その目の前で、ミケさんそっくりの猫の体毛が次第に白くなり始めました。
顔も体格も変化し、やがて出てきたのは、真っ白な毛並みを持つ、正しくシロさんでした。
硬直する猫たちを尻目に、シロさんはおばぁさんの傍から、そっと離れます。
『っ!?…ばぁちゃんっ!!』
我に返って、急いでおばぁさんの許へ駆け寄ろうとしたミケさんたちの前に、おばぁさんよりも大きな体をした黒い猫が立ち塞がりました。
その猫の尻尾は二本あり、人間よりも大きなその体躯はがっしりとしていて、後ろ足二本で立つ、それはまさに猫又でした。
この地を守り、大木に住まう猫神さま。
本来なら、この辺り一帯の猫たちを見守り導く存在。
おばぁさんはその猫神さまに見初められていたのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます