第Ⅰ章 

EC241年

 「むかし、むかし。消滅戦争によって高度文明は崩壊しました。彷徨い果てた宇宙への避難民は地球に帰還し、生き残った土地で新たに生活を始めました。」エリックは子供達が真剣な眼差しで読み聞かせに耳を傾けていることを確認してページをめくった。そして、本を縦にして子供たちに見せた。

「それから、避難民たちは争いを経て、四つの国に分かれて暮らし始めました。」伝記には海図が挿入されていた。右下に羅針盤の絵が描かれた海図の中央には形の崩れた長方形の大陸だけが存在し、周りは海であった。大陸は四本の点線で区切られ、北からD、A、B、Cと国名が記されていた。

「このA国が僕たちが住んでいる国で」エリックは上から二番目の国を指さした。

ギー。扉が開く音で子供たちは一斉に後ろを振り返った。子供達は目を輝かせているようだった。早すぎる来訪者が来たからだろう。

革のブーツ、金の紋章の刺繍が施された黒の軍服に白の手袋。高貴な衣装にふさわしい端正な顔立ちに黒のウルフカット。来訪者はエリックと目が合うと少し微笑んだ。

「エドガー、早くない。」エリックは柱に掛けられた時計に視線を送った。

「いいだろ、別に。」エドガーは無愛想に答えた。エリックは微笑んだ。

「で、何読んでんだ。」エドガーは子供たちと混ざって座った。エリックは題名が記された背表紙をエドガーに見せて、読み聞かせを再開した。

「エリック、そろそろ。」エドガーが腕時計をエリックに向けた。エリックはつい自分も本に引き込まれていた。本を閉じると、抗議の声が上がった。

「続きは、続きは。」エリックが履いている麻のズボンをつかみ駄々をこね始めた子供たちに困惑しながらも本を鞄に入れた。

「校外学習が終わってからな。」子供達は頬を膨らませていた。

 エリックとエドガーは軋む床を淡々と踏み、施設から出た。エリックは振り向いて木を組み合わせただけの味気ない建物を注視した。所々汚かったが、見たところは修繕すべき破損個所がないことを確認した。これが癖になっていた。

 二人は所々散乱する木材や鉄製の機器の破片を避け、放置された半壊した建物には近づかないように歩いた。何気ない会話を交わしているエドガーが施設の外に出るとより異質に際立っているのにエリックは気付いた。エドガーが子供たちから羨まがられるのも納得できたが、自分にとってはただの親友であった。

靴底の感触が灰交じりの土から煉瓦に変わった。景色もがらくたに近い建物から瓦屋根と煉瓦造りの建物へと変わっていった。エリックの住む地域にも作りかけの建物があり、資材が至る所に置かれていた。エリックは途切れた煉瓦の道の先に立ち、辺りを見回した。徐々に煉瓦の道や建物が施設の方へ広がっていく様子を見るのが楽しみになっていた。

仏や馬の彫刻が施された大理石の門をくぐり大通りに出る。門の上からたくさんの鳩が二人を見て、飛び去った。碁盤目状に整理された街道を進み、左右にのびる四番目の通りの前で立ち止まった。通り名が表示された看板を確かめ、案内状と見比べ、二人は頷いた。

その通りにも商店街が連なっていた。瓦屋根の雨よけの下を歩きながら、閑散とした通りを抜けると案内状に載っていた絵と一致する、バスの停留所を発見できた。まだ誰も到着しておらず、一番乗りであった。

朝刊を配達する人ぐらいしか見当たらなかったが、徐々に人通りが増えてきて、同級生も集まってきた。二人は他の同級生とも話に花を咲かせた。

「あっ、ルナ。」エリックは表情を明るくした。彼の視線の先には銀髪の少女がいた。彼女は澄み切った青空と同じ色のワンピースを身に纏っていた。親しい声が聞こえると麦わら帽子をあげ、あどけなさが残る綺麗な顔が見えた。そして、二人を見つけると手をあげ、駆け足でこちらへと来た。

「私、遅れてないよね。」朝の日差しを反射した銀髪が揺れていた。

「遅れてないよ。エドガーが施設まで迎えに来ちゃったんだ。」

「楽しみだったの。」ルナの茶化す声にエドガーはそっぽを向いた。

「うるさい。」とエドガーが小声でつぶやくとルナは愛しそうににやついた。

生徒が全員集まると予定通りにバスは発車した。

 バスはA国第二の都市ウェルネスアに入ると大人達はのぼり旗を掲げ始めているのが見えた。向かい合った建物にアーチをかけるように洗濯物が紐に掛けられ、街が目覚めの装飾に彩られていた。

エリックは車窓から見える景色から本に視線を移した。そのページの項目は人型兵器αだった。前の座席に座っていたエドガーとルナが振り向いて椅子の上からエリックを覗いた。

「エリック、楽しそうだね。」

「まさか人型兵器αに会える日が来るとは思わなかったからね。」エリックはワクワクが止まらなかった。

「そんなにすごいのか。」エドガーの問いにエリックは本を向けて、いつもより大きな声で話し始めた。

「だって、伝記では消えたとされていたのに突然、復活したんだよ。発見当時はボロボロだったのに今は勝手にその隙間が埋まっているんだよ。時間が経つにつれ損傷が直るなんてあり得る?」エリックの熱弁にルナとエドガーは顔を見合わせ笑った。

「でも、怖くない?先の大戦では各国の象徴として使われたりして。」ルナは手を口に添えた。

「もう平和だから大丈夫だよ。他の国が一機ずつ所有する人型兵器も見てみたいし。」

ルナとエドガーは呆れ顔を浮かべた。

 バスは右折し、駐車場に入った。車内に歓声が上がった。A国立美術館が姿を現したのだ。

はやる気持ちを抑えてエリックはバスを降りた。地面には巨大な白いタイルが敷き詰められていた。エリックはA国立美術館の姿に立ちつくした。

白の神殿を模したA国立博物館はエリックの背の高さの何十倍もあろう四つの大理石の円柱に支えられているように見えた。顔を傾けると奥行きがあり、柱が続いていることがわかる。柱の奥の中心部には怪しげに銅の大仏が印相して座していた。円柱の上には一枚の大きな石板が美術館全体を覆いつくし、その上にはA国の始祖を中心にA国繁栄に従事した偉大な先人たちの全身像が太陽に照らされていた。エリックとルナはA国の集大成ともいえる建物に思わず感嘆の声を上げた。

二人は美術館へと三方向から誘うように設置されていた白の階段を駆け上っていった。エドガーはゆっくり後を追った。

 常設展は消滅した文明の灰から始まり、始祖王の剣、復元された初期の戦闘機、D国撃退図とA国成立の時系列順に沿って展示されていた。生徒たちは国宝の数々を鑑賞した。今年の特別展示は大陸平和条約十周年記念展であった。条約の批准書が飾られていた。これが今回の校外学習の目的地に選ばれた理由だった。

最後にエリックは一本の渡り廊下を経由してA国立博物館の本館とは離れた場所にある時計台に足を踏み入れた。時計台の中は壁に沿って螺旋階段が設置されていた。顔を上に向けるとドーム状の天井から人型兵器αが吊るされているのが目に飛び込んできた。

「かっこいい。」エリックはすぐさま螺旋階段を駆けのぼった。エドガーとルナは下でエリックが昇っていく姿を目で追った。

人型兵器αの姿は青年を思わせる体躯をしていた。その身は黒の装甲に覆われ、その隙間からは青が怪しく光っていた。腕のみは装甲がなく、鉄の筋肉が青の光の筋を帯びて顕わになっていた。左手は尖った指があり、右手は全長と同じ高さがある銃が腕と一体になっていた。アクセントのように肩甲骨のあたりからは四本の黒い筒が刺さったように飛び出ている。上部の四角錐の兜が顔部を覆い、隙間から逆三角形型の青い光が零れていた。エリックは一瞬、自分の目に青い光が向けられたと思ったが、勿論、そんなわけがなく、熱を上げすぎた自分の妄想だろうと一蹴した。エリックは水色の目を見開いてαを堪能した。

烏が慌ただしく鳴き始めた。

「エリック帰るぞ。」

「わかった。今、行く。」エリックはまだ名残惜しかったが、校外学習で訪れる場所はA国立博物館だけではなかったので諦めた。エドガーの声に応答し、もう一度、人型兵器αを見て、螺旋階段を降り始めた。


その時、人知れず、人型兵器αを構成する最後の黒粒子が引き寄せられていた。


「楽しかったね。」

「エリックも人型兵器αを見れて、嬉しそうだし、校外学習に来てよかったな。」とルナの満面の笑みにエドガーも深く同意した。

「後は施設の子にお土産を買っていかないと。」エリックが何のお土産を買っていこうかと呑気に考えていた時だった。

ウィーン、ウィーン。エリックは自分の耳を疑った。来場者の全員が天井を見上げた。天井に設置された警報器が鉄をこすり合わせたような甲高い音を狂ったように響かせた。館内の時が止まった。

誰かが駆けだした。それを合図に他の人々も出口へと駆け出した。目の前の景色が静止画が早送りの動画に変わったようだった。

「エドガー、エリック、これって。」ルナの震えた声でエリックは状況を再認識した。頭の中に「空襲避難警報」と教科書でしか見たことのない言葉が思い浮かんだ。エドガーとエリックは顔を見合わせた。

「逃げよう。」エドガーはルナの手を取った。そして、三人は駆け出した。

ー助けて。

「えっ。」エリックは少女の声を聞いた。自然と足を止め、辺りを見回した。

「エリック、一応、逃げたほうがいい。」エドガーは振り向いて、声を少し荒げて言った。

「女の子が助けてって。」

少しに前にいた二人は訝しげにエリックを見た。エリックは自分の勘違いかと不安になった。再び辺りを確認したが声の主らしき人物は見つからなかった。ただ急いで避難している多くの来場者に反して他の生徒や若者は走らず、歩いている人が大半であることが見受けられた。エリックの心に余裕が生まれ、焦りよりも義務感が勝った。ルナの額の汗が目元まで伝っていった。

「先、行ってて。助けてから後で合流しよう。」エリックはそれだけ言うと玄関口とは反対方向に駆けていった。

「おい、エリック。」エドガーは必死に親友の名前を呼んだ。

「エリックは。」ルナの小さな手がエドガーの手をぎゅっと握った。

「大丈夫だ。今の時代、この警報も誤報だろう。俺たちは念の為、近くのシェルターに避難して、エリックとは後で合流しよう。」ルナの頷きを合図に二人は他の人に声をかけながら玄関口に向かった。

「おーい、誰かいますか。大丈夫ですか。」美術館の中で叫ぶのはマナーを破るようでいい気はしなかったが、エリックは人生の中で一番大きな声で呼びかけた。けれど、ただ自分の声が館内を反響するだけだった。

「やっぱり聞き間違いか。今の時代に空襲なんて起きるわけないよな。」

すると上のほうからヒューと聞いたこともないような音が聞こえた気がしたが、少女の声が被さって掻き消された、

ー早く来て。

「誰かいるのか。大丈夫か。」エリックは自分の聞き間違いではないことに安心すると再び大声を出した。返答はなかった。

エリックはいらつき、再び駆け始めた。その時だった。背後から爆発音が轟いた。反射的に耳をふさいだ。恐る恐る振り返るとさっきまでいた場所が灰燼に帰していた。渡り廊下は跡形もなく焼け、土が顔を出していた。染料が燃え、異臭が鼻についた。エリックは確信せざるを得なかった。平和条約を破り、戦争を仕掛けた国がいると。エドガーとルナの顔が思い浮んだ。

ー君! 人型兵器αのもとに来て

「どうして。君は一体誰なんだ!」エリックは混乱した。次にどのように行動したら良いかがわからなくなっていた。

ー早く!

「わかった。」エリックは投げやりに言った。残された道が人型兵器αが展示されていた時計台しかなかったのだ。緊張で鉛のように重くなった足を懸命に動かした。

人型兵器αが展示された建物は無事だった。はからずもαの凛々しい姿がエリックを再び高揚させた。

「一体僕に助けを求めるのは誰なんだ。」エリックは叫んだ。

ー人型兵器αの人格よ

「えっ。」眩暈がした。徐々に言葉通りの意味が脳内に染み渡った。エリックは人差し指の肉に親指の爪を立て、痛覚を認識するとこの理解不能な状況が現実であるという結論をだした。

 ミサイルが斜め上から串を刺したように時計台を貫いた。左の螺旋階段の鉄の柵は溶け、溶けた鉄が床に落下するとジュと聞いたこともない音をだした。

ー胸のあたりに操縦席があるから早くこっちにきて

もはやエリックには考える余裕もなくただ指示に従った。人型兵器αを俯瞰できる位置にエリックが来るとドームの屋根が勢いよく落ちた。

ーαの胸元に飛び込んで

「と、飛び込むの?」

ー大丈夫。さぁ、早く。時間がないわ。

エリックは唇をかみしめ、左足で思いっきり階段を踏み込み、体が浮いたらすぐに右足を鉄の柵にかけ、身を投げ出した。

 エリックは足に床を感じた。ゆっくりと目を開けた。

そこには青い円柱の空間が広がっていた。側面積の三分の一はガラスになっていて、さっきまでいた螺旋階段が見えた。

硝子の前に操縦席が一脚あり、その両側にはそれぞれ青い球と楕円形の薄い板が一組ずつが空中に浮かんでいた。

「一体、どんな仕組みなんだ。」エリックの頭部に青と赤と彩られたニューロンが現れ、すぐに消えた。

ー君の脳内に人型兵器αの操縦方法を送ったから被弾する前に稼働させて

エリックは操縦席に座った。初めての搭乗にも関わらず手に取るように人型兵器αの稼働方法がわかっていた。エリックは右側の楕円パネルを操作し、二つの青い球の上に両手を手を置いた。

エリックはしっかりと球を掴み、人型兵器αが空を飛ぶことを想像した。αは一気に上昇し、ドームを突き抜け、目の前には空が広がった。

「飛んだ。」

ーメインパネルをみて

少女の言葉がどこからか聞こえた。硝子に映っている景色が拡大されて街を悠々と空襲している戦闘機が映された。エリックは戦闘機の胴体にB国の紋章があることに気づいた。実在したロマンは終わり、残酷な現実を叩きつけられた。。

ウェルネシアの綺麗な街並みは弄ばれていた。至る所から煙が立ち昇り、編隊を組んだ戦闘機からミサイルが投下されると街は死の叫びをあげた。

エリックの心から憤怒が沸き上がった。

「倒さなきゃ。」

ー待って

「どうして。」エリックは他にも新しい情報が手に入ることは自身の怒りを一時抑えるに値すると考えた。

―相手の戦闘機にも人が乗っているのよ。

「その戦闘機に自分が生まれた国の人間が殺されているんだ。」期待外れの返答に呆れている時間はなかった。エリックは言い終わる前にαを動かした。

瞬時に人型兵器αはB国戦闘機に迫った。一機がαの振り下ろした左手によって切断され、爆破した。突然、目の前に現れた人型兵器αにB国戦闘機は散開した。

「逃がすか。」エリックは下唇を噛んだ。

―やめて!。争いは争いを生むだけだわ。私はそれを防ぐなきゃいけないのよ。

 少女の悲鳴ににエリックはたじろいだ。αが停止している間にB国戦闘機は離れていった。逃げながらもB国戦闘機は地上に爆弾を落とした。

「何か武器は。」

脳内の操縦データから武器の情報を手繰り寄せた。αは右手を遠方にいるB国戦闘機に向けた。そして、メインパネルに現れた標準のマークがB国戦闘機を捉えた。

ーやめて。

エリックは右目を閉じた。左目で標的を捉えた。水色の交差した前髪は左目にかからず、獲物が鮮明に見えた。

エリックは二回、青い球を人差し指で叩いた。しかし、何も起こらなかった。標準がメインパネルから消えていた。エリックはすぐに原因を理解した。

「僕の大切な友達を守らないといけないんだ。」

ーでも

少女は言葉に詰まっていた。エリックは湧きがる罪悪感を振り払って物申した。

「それなら、なんで僕に人型兵器αの操縦方法を教えてくれたんだ。」

少女の反論は聞こえてこない。標準が現れた。エリックは一回深呼吸をした。そして、画面をにらみつけた。

 B国戦闘機二機が迫りくるαに向かって、同時にミサイルを発射した。すぐさまαは斜め後方へと移動し、追尾してくるミサイルを撃墜した。そして、標準をB国戦闘機へと向け、引き金を引いた。αの通常弾の銃撃は凄まじく、機体は跡形もなく燃え、灰が地に降り注いだ。逃げた一機は旋回し、αの背後から銃撃を行ったが、αはB国戦闘機の真下に潜って柔らかい腹を撃ち砕いた。残りの四機体は散らばり、ミサイルを搭載量全て発射したが、前進してくるαに肩透かしで交わされ、αの後方に回ることになったミサイルをαは振り向きもせず、右肘を上げて銃口を後ろにし、撃墜した。一機は素手で破壊され、退却する二機は狙撃された。最後の一機は無謀にもαに急接近し、銃撃をしてきた。銃弾はαの鉄甲にはじかれた。αは手の届く距離まで来た機体の装甲を左手で貫いた。そして、左手にひっついた戦闘機を雑に取り外し、海へと捨てた。

 B国戦闘機はこれで全部だった。

エリックは血だらけになった唇を拭った。速い呼吸と心臓の音が重なりあっている。B国戦闘機を破壊した瞬間の記憶が蘇り続けた。少女の正論と自分の正論のどちらが正しかったのか、答えが知りたかった。

操縦室内が青の光から紫の光へと切り替わった。

「これはなに?。」エリックは見つからない少女を求め、円形をした天井を見上げた。

ークロード

少女が呼んだ名前に心当たりはなかった。メインパネルに映された映像が変わったことが横目で分かり、体を前に向けた。。  

「まさか、βも。」メインパネルにはB国所有の人型兵器、βがいた。

その姿は本で何度も見た人型兵器βに違いなかった。四本の手が氷柱のような槍をそれぞれ手にしている。腕と足はαより筋肉質だ。胴体から腰に掛けて曲線を帯びた装甲を見に着けていた。隙間からは紫の光が妖しく溢れている。βのつり目からも紫の光が発せられていた。βはじっとαを捉えていた。

エリックはβの神秘的な魅力に思わず、見とれた。脳内に音声が流れ始めた。

◇いるんだな。アノン王女。

若い男の声のようだ。

ーえぇ

少女の名はアノンと言うらしい。

「この声は。」

ー人型兵器βの人格よ。

人間ではなく人型兵器にある人格という概念にエリックは戸惑った。

◇何故、力を使わない。

―私はこの世界に託したの。

◇怖いのか。若い男はからかうように言った。

―違う。

少女の声は弱弱しい。 

ーお願い。クロード、戦争を止めて。

◇αをくれたらな

―、、、それはできない相談だわ

◇なら、交渉決裂だ

ークロード、あなたは関係のない命を奪っているのよ。

エリックにB国戦闘機を攻撃しないよう説いたときと同じ、張り詰めた声に変った。

◇αの力を奪えば、この世界の人々を殺してもかまわないだろ。

エリックにとっての人型兵器βの存在が憧れから最大限の軽蔑へと変わっていった。声だけの男の得体は知れなかったが、A国を攻撃した主犯であることには違いがないだろうと判断した。

◇そこにいる君が選ばれし操り人形か。なぁ、意思があるなら手を組まないか。僕らで世界をかえよう。

 耳元で囁れているようだった。

「お前のくだらない行動でどれだけの人が犠牲になるんだ。」エリックは人型兵器βに標準を合わせた。

◇わからないし、知らない。僕はこの世界を変えるのだから。

 エリックはその一言を聞くと人型兵器αから銃弾を発砲した。したはずだった。

βはエリックが引き金を引いていないかのように静止していた。傷一つなかったのだ。エリックは連射し続けたが、結果は同じだった。

「どういうことだ。」

ーβの能力よ。粒子の動きを止めることができるのよ

「わかりやすく言ってくれ。」

ー銃弾が空中で止まるということよ

「それなら。」人型兵器αはβに向かって猛追し、左手を振り下ろした。その姿勢のまま、人型兵器αは空中に固定された。βは嘗め回すようにαを観察しながら右斜めの方向へ移動した。αは左手で空を切った。

エリックは目を擦った。先ほどB国戦闘機を破壊したときの記憶とβが破壊されない現状が合致しなかった。

ーエリック、これを使ってみて

右の楕円パネルに銃弾を模したアイコンがいくつも表示され、左端のアイコンが選択された。エリックはもう一度、標準をβに向けて引き金を引いた。左の楕円パネルに発射された銃弾が映されていた。エリックはどこか信用しきってない目で銃弾の行く先を見つめた。

 銃弾は真っ黒だった。よく見ると黒い微粒子で構成されていた。βの接近すると高速で移動していた黒い粒子は一斉に止まった。

停止してからすぐに黒い粒子は小刻みに揺れ始めた。そして、最後には動きを制限する力をガラスを割ったように突破した。緊急回避するβの腕を銃弾はかすめた。腕から黒い粒子が血しぶきのように散った。

βの腕から黒い粒子が噴き出ているのを視認し、嫌な悦びが湧いた。もう一度、標準を定め直そうとしたとき、メインパネルの右半分にA国戦闘機の大軍がαの背後にいることが映し出された。   

「A国の空軍だ。」エリックは子供みたいな声を上げた。αの上空に数多の銃弾が流れ始めた。

◇また、すぐに会うだろう。

クロードは勝ち誇ったように言った。人型兵器βは集中砲火を一切意に返さず、去っていった。A国空軍が追撃することはなかった。

 他のA国戦闘機とはデザインが異なった機体がαの傍に近づいていき、後方部のエンジンを向けて、減速して旋回した。エリックは意を汲み取り、付いて行くことにした。


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