第3話

「……もう、これ以上はいいです。十分な実証データが取れました」


「なんで息が荒いのかですって? そ、それは科学的大発見に興奮しているのです。それだけですよ」


「何で私があなたの頭を撫でているのかですか? 対照実験です。あなたの掌と私の頭で起きた現象が、逆でも発生するのかを確認しなくてはいけません。どうですか、私に頭を触られて」


「安心する感じがするですか? えーと、めくるめくような感じはないですか? 頭の中で超新星爆発が起きるような?」


「そうですか、そんな現象は起きていないですか。そもそも超新星爆発が起きたら無事じゃすまない? あのですね、ものの例えです。それじゃ、また腕を拘束しますよ……」


「なんでお腹に頭をグイグイ押し付けてきたのかですって? だから、身体接触部位による感じ方の差異の検証ですよ。手ではない部分でも同じ感じがするのか確かめたのです」


「どうやら神経細胞の密度と感度の関係で接触部位によって反応が変わるようです。掌が特に効果が高いわけですね。あなたの腕を拘束して正解でした。さすがは私の慧眼というところでしょうか」


「感動に耽っていないで拘束を解いて欲しいですか? もちろんダメです。こんな危険な器官を自由にふるえるようにするなんて危険すぎます。まさかギュギュターブス人がこれほどまでに凶悪な生命体だったとは。これはチョクルンティーバ連合に対する重大な脅威ですね。ちょっと記録をまとめてきます。大人しくしていてくださいね」


「もう、終わったのかですか? フフフ。私のように優秀だとそんなに時間はかからないのですよ。そんな尊敬のまなざしを向けられると面映ゆいですね」


「なんで急に表情を曇らせるのです。ははあ、なるほど。自分の不用意な行動でギュギュターブス人への裁定が悪くなるのを懸念しているのですか」


「反省するぐらいならどうして私の頭を執拗に触ったのかな?」


「しかも、かなりだらしない顔をしていましたよ。なに? 私も他人のことは言えない表情だったと? だーかーらー、あれは純粋に新たな知見を得られた喜びによるものですよ。ギュギュターブス人には私たちの微妙な表情の違いは分からないでしょうけどね」


「それで、なぜあんなことをしたんですか?」


「自分も学術的な興味からの行動だったと? あからさまな嘘をつかないでください。恍惚とした表情だったじゃないですか」


「正直に言うと、どうしてもモフモフする衝動を抑えられなかったですって?」


「癒やしが得られるし純粋に心地よさそうだったから? どんな文化的背景を持っているか分からない初対面の異星人にそんなことをするとは恐れを知らないですね」


「何? 一応、触ってはいけない場所は聞いた? でも、私は答えてませんよ。答えてないのは、つまり触ってはいけない場所はないと判断したのですか? あのですね、私はいいですよ。科学者ですし寛大ですから。でも、この宇宙には頭に手を乗せることは撃たれても仕方ないほど問題がある場合があるんですからね。覚えておいてください」


「どうして、嬉しそうな顔をしているんですか」


「え? 今後のことを注意してくれたということは、地球に閉じ込められなくて済みそうだから?」


「甘いですね。あなたたちが宇宙に出られなくても、チョクルンティーバ連合の調査員が地球に来ることはあり得るんですから」


「また、そんなにしょんぼりとして。同情を引こうというのですか。慈悲深い私に付け込もうとするとはなんと狡猾なのでしょう」


「しょうがないですね。まあ、現時点でまだ結論は出ていないということだけは教えてあげます。大事な決定ですからね。そんなに簡単に結論は出しませんとも」


「さて、少しおしゃべりが過ぎました。あなたたちの言語を発音するのは喉が渇きます。ちょっと、口を湿らさせてもらいますね」


「これは何か、ですか? あなたの分の飲み物です。あなたも私の尋問に答えていて喉が渇いているでしょう? 私1人だけ水分補給をするというのも悪いですから」


「飲んでも大丈夫なものなのかですか? ええ、私はいつも飲んでますよ」


「ギュギュターブス人に害はないのかですか? どうでしょうね。今まで飲んだ方はいないですからちょっと分からないです。まあ、我々の医療技術はあなたたちのものより進歩していますから安心して飲んじゃってください」


「嘘ですよ。そんな顔をしないでください。あなたに途中で死なれちゃったら研究が中途半端になっちゃうじゃないですか。貴重な被検者を失うわけにはいかないですから、事前に調べてありますよ。というかですね、あなたがたの飲み物を別の容器に移し替えただけです」


「飲んだらスポーツドリンクの味がする? ああ、そんな言葉がラベルに貼ってありましたね。ほら、大丈夫だったでしょ?」


「それはいいけど、笑えない嘘はやめてほしいですか? でもですね、これも調査の一環なのですよ。本当は微量の毒を飲ませて反応をみるというのもあるんですけど、やめてあげたんです。感謝してくださいね」


「感謝の押売りが凄いですか?」


「そんなことはないでしょう。実際のところ、あなたは私の被検体になったことを喜んでいるんじゃないですか?」


「そんなことはないとか言ってますけど、そこまでムキになって言う辺りでバレバレですよ。ほら、顔の表面がまた赤くなっています。これは恥ずかしがっている反応ですね。今の発言のどこに恥ずかしがる要素があるか分かりませんけどね」

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