第40話 アルティメットハク

「兄さん、もう少しだけ岩の盾を維持できる?」

「任せて」

 ハクと兄二人をクーンに乗せても彼のスピードは維持できると思う。万が一を恐れているのではなく、このままここでハクに付与術をかけた方が安全かつ早い。

 ハクの手を握り、彼女と目を合わせる。

「行くよ、ハク」

「うん」

「発動、アルティメット」

 ハクもまたクーンと同じようにオーラのようなものに包まれていく。クーンとはオーラの色が違って白色だった。

 ハラハラしていると、今度は兄が目を輝かせてお願いしてくる。

「僕にも」

「兄さん、ハイ系の付与術の方がいいと思うんだけど。アルティメットでいきなり実戦はリスクが高い」

「大丈夫、僕だよ?」

「発動、アルティメット」

 にこりと天使のような微笑みを浮かべられて謎の自信に満ち溢れられても……まあ、リュックは規格外だし初めてでも問題なく乗りこなしてくれそうだ。

 彼はクーンやハクと異なり、俺と同じようにオーラに包まれるなんてことはなかった。

「ふーん、これは楽しい」

「魔法も強化される?」

「間接的にね。魔力は強化されないけど、感覚が強化されることはとても大きいさ」

「そこは俺も理解できるよ」

 先ほどハクの動く音に気が付き、位置を特定できたように感覚が強化されるということは、それだけ動き出しが早くなるってことさ。

 クーンと同じ感じだとすれば、そろそろハクのオーラも晴れるはず。

「ティル、もう大丈夫」

 彼女の声と時を同じくしてオーラが消え、彼女の姿が露わになる。

 彼女が少しだけお姉さんになっていた。今の彼女はリュックと同じくらい年頃の少女に見える。

 背からは飛竜のような純白の翼が生えていた。初めて彼女に会った時に見たな、体力を消耗するとかなんとか。

「封印する」

 表情を変えぬままハクが言う。

「封印って、ハクはジンライを封印することができるの?」

「できるようになった。ティルのおかげ」

「過去にジンライを封印したのもハクの一族だったの?」

「ハク」

 ハクの一族ではなく、ハクがジンライを封印した。俄かには信じられないが、彼女が嘘を言う理由がない。

 だけど、気になることがある。

「ジンライを封印したとして、ハクは無事なの?」

 彼女は首を横に振る。この時に至っても彼女の表情は変わることがなかった。

 ダメだろ、それじゃあ。何のためにここにハクと共に残ったんだよ。

「封印はダメだ」

「どうして?」

「倒せばいいじゃないか。今のハクじゃ、アルティメットで封印できるほどまで力を取り戻せたといっても封印ので力尽きてしまったら、次はどうするんだよ」

「次……」

 ここで初めて彼女の表情が変わる。

 とっさに浮かんだことであるが、ハクにしか封印できないとしてここで彼女が倒れたら、ただの時間引き延ばしに過ぎないのだ。

 彼女が次回も封印できるのでなければ、封印に意味がない。

 彼女を失いたくない気持ちからの思いつきであったが、理にかなっているじゃあないか。

「そうと決まればティル、作戦会議だね」

「うん、一旦引こう」

 せっかくこの場でアルティメットをかけたところであったが、避難所へ撤収することにした。

 全員アルティメット状態なら楽々進むことができるので、ここでアルティメットをかけたことは無駄ではないさ。

 

 避難所で議論すること十分くらいだろうか。だいたいの作戦は決った。

「ワクワクしてきたよ」

「うまくいかなかった時こそ注意だよ」

 軽い調子で微笑みを浮かべる兄に釘を刺す弟。逆だろ、とか思いつつも肩の力が抜けた。

 伏せたクーンの鼻先に手を置き、兄が手を重ね、もう一方の手でハクの手を取り更に手を重ねる。

「よし、行こう!」

 ハクは戦いの後も無事であることを絶対条件にした。

 これだけは絶対に譲れないからね。言うまでもないが、俺たちも全員無事に生還することも必須である。

 だからこそ、ジンライを倒せなかった時の退避方法については入念に話をした。

 二度目の出撃だ。これで終わらせるぞ! とは言わない。怪我無く戻ることが最優先だから。

 

 外に出るや、リュックとハクは空へと飛び立つ。俺はクーンに乗り、崖へ。

 それぞれに雷が襲い来るが、誰しもが楽々と回避する。

 雷を躱しつつ、大岩を置いてある崖の上へあっという間に到達した。

 よおし、状況開始だ!

 右手を高々と掲げ、合図を見たリュックがのろしをあげる。

「いくよ、水と土のエレメントよ、僕の願いを。アイスコフィン」

 彼が術式を組み上げている間にこちらも動く。

 ピキピキピキ。

 空気がピンと張りつめ、巨大な水球がジンライに直撃する。

 雷のオーラで迎撃しようにも水は液体なのでバラバラになることもなく、弾かれることもなかった。

 水球がジンライを包み込んだその瞬間、ピシピシピシとそれが凍りつく。

 そこに高く跳躍したクーンが迫る。

「ここだ! エンチャント・タフネス!」

 氷に触れ、付与術で氷の塊を強化!

 ただの氷ならジンライ相手には数秒ももたないだろう。しかし、エンチャント状態であれば話は別だ。

「ハク! 頼む!」

 俺が叫んでいる間にクーンが華麗に着地する。

 ハクは着ていた服を脱ぎ捨て、両手を胸の前で組む。ぼふんと白い煙があがり、彼女の姿が巨大な純白の鱗を備えたドラゴンへ変化した。

 神々しいまでの白竜、それが彼女のもう一つの姿だったのだ。

 大きく息を吸い込んだ彼女の口元から青白い炎が漏れ出てくる。

 しかし、早くも氷の塊にヒビが入り始めてきた。間に合え!

 祈るようにジンライと氷の塊を凝視する。

 ゴアアアアアアア!

 ハクの口から青白い炎のブレスが吐き出され、氷の塊ごとジンライを飲み込んだ。

 ブレスが消えた後、そこには何も残っていなかった。

「よおおし! ハク!」

 ブレスを吐き出した直後、力を使い果たしたハクはドラゴンの姿を維持することができず元の少女の姿に戻っていた。アルティメット状態の十五歳の姿ではなく、俺と同じくらいの年齢に見える元の姿にまで。

 クーンから降りふらりと倒れそうになる彼女を支え、服を上から被せた。

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