第38話 平常心、平常心
「いよいよ、明日か」
二週間のうちにあった出来事を振り返っていたら、鍋がぐつぐつとしてきた。そろそろ食べごろかな。
いつの間にかハクが俺の隣にちょこんと座っていた。もう一方のクーンは寝そべってふああと欠伸をしている。
崖の中の避難所は村人に協力してもらって二日で完成しちゃって、その後はこうしてのんびりした時間を過ごしていた。
アガルタに住み始めた頃を思い出すなあ。嵐の前の静けさなのは分かっている。だけど、永遠とこうした時が続いて欲しい、と心から思う。
「わおん」
クーンにはとっておきの瓜を惜しみなく与えた。明日はどうなっているか分からない。だからここぞとばかりに贅沢をしようってね。
その割に俺とハクには特段贅をこらしていない鍋であるのだが……。
「ハク」
「うん」
できたて熱々の具材をすくって器に盛る。まずはハクに、続いて俺に。
やっぱ調味料が入っているとおいしいねえ。ヒジュラに味噌に似た調味料があって、最近のお気に入りなんだよね。
「おいしい」
「ハクはティルの想いで元気になる」
「ハクの味の好みってどんなの?」
「ん? これ?」
器に目を落とすハクにそうそう、と応じる。
すると珍しいことにポツポツではあるが、ハクが語り始めた。
「ハクはティルたちニンゲンや鬼族みたいに食べなくても平気」
「食事をしないってこと?」
「食事はする。ティルたちと違うだけ」
「想い? あとはアガルタから?」
コクリと頷き、地面に手を当てるハク。ジンライの話の時に大地の力を糧にすることをそれとなしに聞いていた。
人の想いを糧にするって素敵な種族だよな、ハクって。
和んでいたら突如ハクが立ちあがり、俺の名を呼ぶ。
「ティル」
「ジンライか!」
「起きた。来る」
「急いで退避しよう」
ハクの手を引き崖の中の避難所へ駆け込む。その時、背後から激しい光が差し込んだ。
前を向いていたら目が、目があ、ってなってたところだった。
ジンライはあの山からここまで三分くらいで到着したってことかよ。とんでもねえ速度だな。
避難所は入口から急に下るように作っている。外はビカビカ光っているようだが、入口付近から中へ光が入ってこないように工夫したんだよね。
うまくいったようでホッとしたよ。この分だと崖ごと崩れない限りは凌げそうだ。
崖にも避難所にもエンチャント・タフネスとエンチャント・シャープネスを付与済みである。
「今のところ大丈夫そうだな」
「わおん」
クーンは外のピカピカにも怯むことなくいつもの調子で尻尾を振っていた。ハクはハクで無表情のまま、外を見ている。彼女もまた平常心を保っている様子。
俺だけ気がはやっていることを自覚し、落ち着くことができた。なにごとも平常心って大事だよね、うん。
「平常心、平常心……」
ブツブツ呟きながら、積み上げている木箱の一つを開ける。完全に危ない人だな……と後から気が付き頬が熱くなった。
カニシャの職人に作ってもらった一品を装備しなければ。
じゃじゃーん。取り出したるはスモーク入りのゴーグルである。こいつはジンライの発する光対策だ。サングラスよりしっかり固定できるから激しい動きをしてもズレてくることがないから助かる。
「よっし、最初からフルスロットルだ」
目を閉じ集中。行くぜ、最強の身体能力強化系付与術だ。
「発動、アルティメット」
急激な身体能力強化に頭がクラクラとする。足元がおぼつかなくなった俺にクーンがよりそい、もふもふと支えてくれた。
「クーンにも付与術をかけるよ。慣れるまでしばらくかかるから気を付けてね」
「わおわお」
クーンにはハイ・ストレングス、ハイ・タフネスの二つの付与術をかける。
そろそろと避難所の入口まで進み、外の様子を確かめた。
ゴーグル効果で眩しさを覚えることもない。
アルティメットの感覚強化があり、目視せずともだいたいの形は捉えている。
奴のいる場所は上空二十メートルあたり。
「あれか……」
黄金のたてがみを持つ馬、それがジンライの第一印象だった。
たてがみは雷を凝縮したようにバチバチと稲光を放っている。たてがみと同じ雷が尻尾、足元、目の周りにもあった。
頭部は馬ではなく、中華風の竜といったところ。体の周囲は真っ赤な炎が渦を巻くようにグルグルとしていた。
全長はおよそ二十メートルと圧巻で、その姿は神々しくもある。
ズバン、ズバンと大地に巨大な稲妻が打ち付け、場所によっては火災となっていた。これが、クーンが三日走る距離まで轟く可能性があるってことか。
地下や洞窟の中なら岩ごと破壊されない限り安全が確保できそうであるものの、外が火災となると作物も家も全て燃えてしまう。
「早く何とかしないと……」
「まだ、これから」
ハクがよいしょと俺の隣に並ぶ。
「復活したばかりだから、大地から力を吸い上げ、どんどん力が増して行く、ってことなのかな?」
「うん」
不幸中の幸いか、今は見える範囲だけの稲妻が落ちているだけ。ヒジュラやハクロディアは被害を受けていない。
『今は』だけどね。村や街だけじゃなく、森が全て燃えてしまうと生活が成り立たなくなってしまう。
危険は高いが外に出て、大岩をぶつけてみるか。
クイクイ。
その時、クーンが鼻先で俺の肩をおしてくる。
「どうしたの? クーン」
「わお、わおわお」
クーンが前脚を上げて何かを主張している。何だろう、自分を指さすと嬉しそうに尻尾を振った。
後ろに下がった彼は軽く跳ね、前脚を俺の方に向ける。
「アルティメットをかけて欲しい?」
「わおん!」
ハイシリーズに比べアルティメットは制御が遥かに難しい。制御がきかず暴走し自分だけじゃなく他も傷をつけてしまいかねなかったから、これまで自分以外にはアルティメットをかけるのを控えていた。
いや、アルティメット・ストレングスなど単品の強化ならまだ……。
クーンの頭を撫で、彼の決意した瞳を見て弱気になっている自分の考えを改める。
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