第37話 兄の愛が痛い
「何も言わず抜けてきちゃったからさ。キミを連れていけないのが辛すぎるよ」
「俺は大丈夫だよ」
「うん、こんなに生き生きとしたティルを見たのはいつ以来かな。準備してからまた来るね」
「兄さん、一つだけいい?」
浮き上がってから喋られると声が届き辛い。一言一言、息を吸って声を張らなければお互いに聞こえん。
距離的なものより強い風が声をかき消す。
すると風がやみ、兄が俺をぎゅうっと抱きしめた。
「魔法で風を起こしたんじゃないの? また降りて来たら魔力の無駄使いじゃ?」
「ティルのお願いなら、喜んで、だよ!」
「一つってのはそこじゃないから……。兄さん、いつの間に空に浮くようになったの?」
「ティルに会うためさ。だけど、誰かを連れて飛んだことが無いんだ。だから、(ティルを連れていけなくて)辛すぎる」
あ、うん。辛いのは分かったから、そろそろ離れていただけないだろうか。
まさか飛んでくるなんて思ってもみなかった。彼のことだ。飛んだら探すのが捗る、速いとか思ったんだろ。それで本当に飛んでしまうのだから驚きを過ぎて乾いた笑いしかでない。
魔法に愛された男の娘……おっと失礼、男の子とは彼のこと。『エレメンタルマスター』リュックの名は王国だけじゃなく帝国にまで轟いている。
エレメンタルマスターも数ある魔法系統の一つで、火・水・風・土のエレメントと呼ばれる力を使いこなす。父はこのうち火に愛され炎の魔法使いとして勇名をはせていた。
エレメントマスターの発動する魔法は威力が極めて高く、超一流と呼ばれるエレメンタルマスターなら巨大なドラゴンをも一撃で屠るほど。
その分、火なら火、水なら水と使えるエレメントが決まっているので応用力に欠ける。
だがしかし、何事にも例外はあるんだ。この愛らしい兄のように。
彼は火・水・風・土のエレメント全てを使いこなす。そして、それらを使いこなすだけの強大な魔力も備えている。
規格外にもほどがあるってんだよ、我が兄は。
ようやく俺から離れた彼は細い指を口元に当て小首をかしげ、ニコリとする。
「分かった。一つってのはキミをどうして発見できたのか、を聞きたかったんだろ」
「それは気になる」
「キミを攫ったらしいイルグレイグが討伐されたと聞いて、んじゃ、近くにいるんじゃないかってさ」
「な、なるほど」
それじゃあ、と手を振った彼は空を飛び帰って行った。
彼の姿が見えなくなった後、マルチェロと共にスコップを掴みどこを掘るかな、と並んで歩く。
「台風みたいな人だな……」
「家に帰りたくない事情があると思っていたんだが、そうでもなかったのか?」
「ありがとう。俺に気を遣ってくれてたんだよな」
「結果的に遅いか早いかの違いだっただけになっちまったな」
ぼりぼりと頭をかくバツの悪そうなマルチェロにいやいや、と横に首を振る。
兄のイルグレイグが討伐された、発言で彼がこの場所を発見できた経緯をだいたい理解した。
グラゴスの街に行った時、マルチェロは俺が冒険者ギルドに行かないようさりげなく配慮してくれていたんだと思う。
彼は知っていたんだ。元から依頼があったイルグレイグの報酬金額が値上げされていたことと、俺の捜索願いの依頼が出ていたことを。
イルグレイグの報酬金額が値上げされていたことは完全な推測であるが、聞かずとも確信している。
マルチェロは俺が家に帰りたいとは一言たりとも口にせず、早々にアガルタで自給自足を決めた。まあ、そんな態度だったから、家に帰りたくない事情があると思われたんだろうな……実際そうだったし。
そんなこんなで、兄はイルグレイグの討伐場所判明からの高速飛行で空から村らしき場所を見つけ情報収集しようとしたら当たりだった。
喋っていたらすぐに手頃な崖に到着する。トントンとシャベルを指先で叩き、崖を見上げた。
「まあ、掘ってみよう」
「おうよ」
付与術をかけてっと。サクッとな。
うん、プリンみたいに掘り進めることができる。ツルハシとか必要ない、スコップだけで十分そうだな、うん。
◇◇◇
あっという間に二週間が過ぎた。
この間色々あったのだけど、結論から言うと今アガルタにいるのは俺とハクにクーンだけである。
兄のリュックが来襲して、崖に退避場所を作ろうとした日の夜にとあることが気になってハクに聞いてみたんだ。
気になったこととは、ジンライについてハクが語った時に――。
『十五日。クーンに乗って逃げれば三日』
とあっただろ。
十五日後にジンライが復活するのは、言葉通りなんだろうな、と気になる点はない。だけど、クーンに乗って逃げれば三日ってよくよく考えてみるとおかしいんだ。
彼女と会話していた時には十五日の方に注目していたから気に留めていなかった。
クーンに乗って三日ってさ、『どの地点』から三日なんだ? ジンライのいる位置から三日の範囲だとしたら、ジンライは空を飛ぶ生物と聞いているので移動もするだろうし。
常にジンライから三日離れてればいいのか? それとも、ジンライの封印されている山から三日の距離を離れればいいのか?
ということをハクに聞いたところ、衝撃の事実が分かった。
ジンライは復活したらアガルタに向かってくる。そこにとどまり、周囲を壊滅させるのだ、と。
なんでアガルタなんだというと、アガルタはこの地域一帯の龍脈の臍みたいなところ……俺的に分かりやすく表現するとパワースポットみたいなもんなのだと。
復活したジンライは自分を維持するためにアガルタの地に留まる必要がある。ハクがこの地を離れることができない理由もまた同じ。
そうなると、ハクって一体どんな人なんだ……と気になるのであるが、相変わらず語らぬハクなので無理に聞こうとはしていない。
ジンライの件が落ち着いたら折を見て聞いてみてもいいかも。アガルタ、ジンライ、ハクに深く関わっているので、もう少し深く裏話をしりたいじゃないか。
そんなこんなで、村人には爆心地であるアガルタからヒジュラに退避してもらった。正確にはヒジュラ付近にある洞窟の中に。
十五日間という準備期間があったので、ヒジュラ付近の洞窟へ食糧を備蓄する時間はあった。
もう一人忘れているんじゃないかって? 忘れちゃいないさ。マルチェロはグラゴスの街へ危急を知らせに行っている。信じてもらえるかは分からねえけどな、と言い残して。
空が光に包まれれば嫌でも気が付くと思うけどね……。グラゴスの街はジンライ災害の被害範囲内にある。グラゴスまではクーンで半日くらいの距離だもの。
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