第35話 再びヒジュラへ

 実行に移せない理由はハクである。長雨の時もジンライが復活すると分かった時も彼女は俺に「逃げろ」としか言わなかった。

 裏を返せば彼女は『この場から動かない』ということが分かる。彼女にはアガルタから離れられない何らかの理由があるに違いない。

 彼女にとって護るべき地がアガルタなのか、アガルタにいないと生命活動を維持できないのか、どんな理由かは分からないけど彼女は長期間アガルタから離れることはできない。

 散歩程度なら離れることができることは確認できているけど、どれだけ長く離れていられるのか分からない。

 彼女の目的がこの地を護ることだとしたら、たとえ自分が滅びようともこの地に留まり共に滅びることを選ぶ。生命活動が維持できないのなら、アガルタが崩れれば彼女の命もない。

「ハクに聞けばいいんじゃねえのか?」

 自分の考えを伝え終わったところで、マルチェロがもっともなことを口にする。

 彼の問いかけに対し、即大きく首を横に振り応じた。

「ハクにはハクの事情があるんだ。無理に聞くのは、さ。聞くにしても他の手を考えてからにしたい」

「ははは、んだな。考えてからでも遅くはねえ。いや、先にあとどれくらいでジンライが復活するのか聞いてみようぜ」

「それはハクが分かるなら聞いときたい」

「十五日。クーンに乗って逃げれば三日」

 こそこそと離れたところでマルチェロと会話していたのだが、いつのまにかハクが後ろに立っていた。

 いつもながら全く彼女の気配に気が付かなかったぞ。

「十五日後にジンライが現れるの?」

「ハクの力がなかった。もっと早く気が付かなかった」

「ハクの力? 最近体調はよさそうじゃないか」

「少しだけ戻った。ティルのおかげ」

 情報が多いぞ、少しばかり整理しよう。

 ジンライが復活するのは十五日後、そんで安全圏まではクーンに乗って三日の距離になる。

 次にハクのこと。ハクは体調が悪かったのではなく、以前より力を失って寝ている時間がとても長くなった?

 俺が何かしたっけか。トラゴローが薬を彼女にプレゼントして、薬を飲んでもそれほど彼女の体調は変わらなかった気がする。

「俺がハクのためにやったことって、特にないような。薬は買ってきたけど、そのままにしているし」

「ティルが雨から護った。鬼族が戻ってきて、ハクは想いを受け取った」

「ハクの力の源って、みんながハクを想うこと? 祈ることや慮ること、と言い換えてもいいのかな」

「ティルたちだけじゃない。ハクも」

 お互いの思い、思い合うことが彼女の力となるのか。凄いな、世の中にはこんな素敵な種族がいたなんて。

 思いやりの心が力になる、なんて、ハクのような種族がたった一人になっているなんて寂しいことだ。

 待てよ、想いを力に変える、とか、この地を離れることができないとか。

 ハクって……。

 俺の考えを遮るようにマルチェロが口を挟む。

「ハク、鬼族の里? だったか、まで少しの間顔を出すくらいはできそうか?」

「ハクが?」

 出し抜けに尋ねられたハクはポカンと口が開きっぱなしになっている。

 機械のようにギギギとぎこちなく口を閉じた彼女の表情がゆがむ。初めて見る彼女の表情の変化に思わず彼女の手を握り、持ち上げ自分の胸の辺りに持ってくる。

 じっと俺を見つめたまま、しばしの時間が過ぎた。無表情に戻った彼女だったが、震える声で言葉を紡ぐ。

「行ってもいいの?」

「散歩みたいなもんだよ。ほら、俺と一緒に出掛けたのとおなじだよ」

「ハクは動いちゃ、ダメ」

「ここにいないと体調が優れなくなっちゃう?」

 彼女がブンブンと首を横に振る。

「鬼族の人たちはみんな、ハクのことを慕ってたから、ハクがヒジュラを訪ねたら大歓迎だと思うよ」

「日が暮れる、ダメ」

 朝日と共に移動して夕焼け空が沈むまでに戻ってくればよいのか。

「行こう、ハク。ヒジュラへ」

 ギュッと彼女の手を握ったままの手に力を込める。その力に応えるように彼女がコクリと頷く。

 

 ◇◇◇

 

「もうすぐだよ」

「よおし」

 シュシ、俺、ハクの順にクーンに乗り、アガルタを出た。俺とマルチェロが街に行っている間に鬼族の人たちがアガルタに到着していただろ。

 そのことから、アガルタから鬼族の里ヒジュラまで最大で徒歩で三日程度の距離ではないかと推測したんだよね。

 クーンの足なら半日で辿り着ける計算だ。

 シュシの父カニシャにヒジュラまでの距離をたずねたら、ズバリ三日だった。片道で半日かかると日が暮れるまでに戻ってくることができない。

 そこで、付与術である。クーンにハイ・ストレングス、タフネス、アジリティの三点セットをかけた。

 慣れるまでに少し時間がかかったけど、元のクーンの速度より三倍以上の速度で走ることができるようになった。

 彼に掴まる俺にも振り落とされないように付与術をかけている。シュシは俺が支え、ハクはそもそもの身体能力が高いので問題なし。

 そうそう、ハクが飛ばずにクーンに乗っているのは彼女の体調を考慮して、彼女もクーンに乗るとなったら体の小さいシュシを道案内にする、と自然と同行するメンバーが決まった。

 そんなこんなでアガルタを出てから二時間から三時間くらいで鬼族の里ヒジュラが目前のところまで到達できたというわけさ。

 道中は厳しい自然そのままの道なき道を進んできたのだけど、悪路に強いクーンの速度が落ちることはなかった。ほんとクーン様様だよ。

 

 ヒジュラは街と村の中間くらいの規模だった。瓦屋根と漆喰で作られた城壁と門を見た時から俺のテンションはあがりっぱなしだ。

 屋根の色はオレンジ色でハクロディア出身の俺からすると異国情緒あふれる興味深い景色だった。

 里の中も瓦屋根と漆喰の壁が特徴的な家屋が立ち並んでいる。日本風ではなく、古代の中国風でもないな。一番近いのは沖縄の首里城? だっけのイメージかも。

 近いといっても明らかに首里城とは異なるんだけどね。日本風、中国風をコネコネして洋風の要素も足したような、表現が難しい。

「里長のところまで案内を頼む」

「うん、あっちだよ」

 里長は里一番の年配の人で、その昔アガルタに住んでいたことがあるんだそうだ。今もアガルタに転がっている元は家屋だっただろう廃材のうちどこかに彼が住んでいたとなると感慨深い。

 里長はハクが会いにきてくれたことをこれでもかと喜んでくれて、里の人を集められる限り里長の屋敷に呼んでくれたんだ。

 ハクはそこで沢山の想いを受け取り、長居していられない俺たちは後ろ髪引かれる思いながらも、急ぎ帰路につく。

 急ぎ過ぎたのか、アガルタに戻ってきた時、まだ日が高かった。遅くなるよりはよいよな、うん。

 今度ヒジュラに行く時はゆっくりと街並みを眺めたいなあ。

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