第33話 ティル、小さい
先に俺がクーンに乗り、ハクの手を引っ張り彼女を俺の前に乗せる。彼女が落ちないように後ろから彼女を支えようと思って。
マルチェロの時は彼の方が体が大きいので俺が支えようにも難しかったけど、彼女なら俺でも支えることができる。
しかし、直接確認したわけじゃないけど、彼女は俺の助けが必要ないのだと思う。
気配を完全に消して後ろに立っていたり、と身体能力的にはマルチェロより優れているんじゃないかってほど。
それだけじゃなく、クーンの進化のことを知っていたりと幼い見た目とは裏腹に只者じゃあない。
「クーン、あの辺りを目指して走ってもらっていい?」
「わおん!」
やっと散歩ができる、と嬉しくて仕方ないクーンは俺の発言を聞くや否や駆けだす。
「うおっと、ハイ・センス」
崖を駆け上がるクーンの動きにハクへ覆いかぶさってこらえつつ、付与術を発動した。
索敵、採集対象の発見のためにも感覚強化は必須だ。今回はハクと一緒だからなおのこと。彼女を危険に晒すわけにはいかないもの。
「お、クーン、止まって」
シュシの好物のマイタケを発見した。渓谷の周辺地域はキノコ類が豊富で助かる。
地中に埋まっている食材は発見が難しいのだけど、鬼族の人の情報によると結構あるらしい。
マルチェロと一緒に採集に向かった時も彼が教えてくれたが、当てずっぽうで掘り返しまくると時間効率が悪すぎてさ。
一方、目に入るものであれば感覚を強化していることもあり、クーンで移動していてもその姿を捉えることができる。
キノコの次に狙うのは木の実だ。果物でもいいぜ。
「クーン、右、おっけ」
よおし、クルミを発見した。綿のような実も見つけたのでひょっとしたら綿花かもと思い、麻袋に詰める。
リュックもあることだし、アロエも採集しておくか。マルチェロへのお土産にしよう。
この後30分ほどクーンが自由に駆け回り、いつもと少し様相が異なるのではと違和感を抱く。
「クーン、あの丘の上に行ってもらえるか」
「わおん!」
丘の上は周囲が見渡せる絶好のポイントだった。
強化された視力で遠くまでハッキリと見渡せる。
「うーん」
「探してる?」
「うん」
「ハクも」
唸る俺にハクが尋ねてきた。ハクも探してくれているのか。強化状態の俺よりハクの方が感覚が優れていそうなので、ありがたい。
クーンから降り、地面に腰を降ろして目を閉じる。
見えないのなら、音だ。
違和感の正体、そして、探しているものとは狩猟対象である。イノシシや熊、鹿といった動物だけじゃなく、鳥の姿も見えなかった。
見えずとも、羽ばたく音や嘶きが聞こえればと思ってさ。う、うーん。聞こえたような聞こえないような。
「アルティメット・センス」
ハイ・センスより強化率の高いアルティメットならどうだ。
いるいる。鳥もイノシシも鹿だって、魔獣の類いも捉えることができた。ただ、一キロ……いや二キロ近くは離れているんじゃないのか。
「ハクは見つけた?」
「わからない。違う場所、いい?」
「行こう、行こう」
「わおわお」
ハクは探したけど発見できていないらしく、他の場所も探してみたいと希望してくる。
俺も確かめたいことがあるから、移動は大歓迎だ。移動しつつも音に集中し、動物と鳥たちの動きを追っていく。
更に30分ほどクーンに移動してもらって、動物と鳥たちの動きが分かってきた。
彼らは俺たちの動きに合わせて、二キロ以内に入らぬよう移動している。クーンの動きが速いから『逃げ遅れ?』はあるが、一定距離に到達するまで移動することを止めない。
「ティル、あの山」
ハクが遥か遠く、霞がかかって影のように見える山を指す。
あの山に何かあるのだろうか?
強化された感覚で何か捉えられないかと、山のある方向へ意識を集中する。
生き物は多数いそうであるが……。
「違う」
「違う?」
「ティル、小さい」
「ま、まあそうだけど、ハクも似たようなもんじゃ」
まだ子供だから、体は小さい。同年齢と比べても小さい方だと思う。ハクは俺よりも華奢なのだけど、ん?
彼女は握りこぶしをつくって自分の胸をトンと叩く。
察したぞ。彼女は体の大きさのことを言っていたわけではない。
違う、小さい、胸をトンとする。
彼女は霧がかかった影のように見える山のことを示したよな。それで、俺は山の様子を探ろうと、小さな動物の息遣いまで拾おうとしていた。
そいつが違うと彼女は言ったのだ。もっと大きく全体を捉えてみて、と説明した彼女は俺が理解できていないから感覚を、という意味で心の中の意味で胸をトンとした。
山全体の雰囲気を感じとる、とは難し過ぎるだろ。
いや、感覚が超強化された今ならできるはずだ。隣の山を包み込むように捉え、影のように見える山と比較してみる。
「正直分からん」
「ティル、しゃがんで」
言われるがままに膝をかがめるとハクのおでこが俺のおでごにごっつんこした。
次に彼女は俺の手を両手で包み込むようにして握り、引っ張る。
引かれるがままに立ち上がり、前を向く。
次の瞬間、背筋がゾワリとし、全身が総毛立つ。
「あ、あの山……」
「うん、ハクも気が付かなかった」
「一体何がいるんだ……あの山に」
「行かなきゃ、ティル」
ふわりと浮くようにしてクーンの背に乗るハク。ただならぬ彼女の様子に俺も急ぎ彼の背にまたがった。
「戻ろう」
「うん」
ハクがクーンの頭を撫でると、弾けるようにしてクーンが走り出す。
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