第31話 なんのかんので時が過ぎる
「まずはクワを振り下ろす、でいいんでしょうか」
「草抜きと大きな石を取り、耕すのですが、石に気を付けてクワを使えば草ごと掘り返すことができます」
「深めにクワをですね」
「はい」
先に草抜きをした方が後片付けが楽かも、と思ったが、草抜きの体勢は辛いんだよね。
その辺を考慮してクワでやれるだけやってしまおうという案なのかも。
筋力を強化しているので、力を入れないようにクワを地面にコツンと当てるくらいの感覚で――。
サク。
クワの金属部分が土の下に吸い込まれていく。
その様子にカニシャの顎が落ち、完全に固まってしまった。
「全く……やると思ったぜ」
様子を眺めていたマルチェロがやれやれと割って入る。
な、なんだよ。何が悪いってんだ。いや、分かってるって、そんな可哀そうな子を見るような目で見ないで欲しいな、ぷんすか。
ぷくうと頬を膨らませていたのだが、これで誤魔化されるマルチェロではない。
「ダガーのことで分かってるだろうに。知恵が回るお前さんなのに、抜けることもあるんだな」
「使う得物が変わっただろ、そんでまあ、最初は慎重に、のつもりだったら埋まってしまった」
「そらそうだろ」
「そもそも……まあ、うん」
刃の部分が埋まったクワを土から引き抜いて、クルリと反対に回転させ持ち手の木の部分を土に当てる。
ちょいと押し込むだけで木の柄がズブズブと沈んで行く。
「こういうのは、振り回せばいいんだよ」
「任せた」
体よく彼と交代ができホクホクの俺は、悠々とちょうどよい高さの岩に腰かける。
マルチェロはクワを水平に構え、投げやりに振り回しているように見えた。
なんかそれでも綺麗に草が刈り取られ、石も粉々に砕けていくものだから素晴らしいとしか言いようがない。
あれよあれよというまにすっかり草刈りと石を取る……もとい石を砕く作業が完了した。
「ティルさん、僕も手伝うよ」
「某も協力いたします」
みんなで散らばった草を一か所に集め積み上げる。
ここまできたら、あとは土を掘り返すだけだ。
えっさほいさと沈み過ぎないようにクワを振るい、畑が完成した。
同じ種類の種がいいのだろうけど、三種類植えることにしたんだ。全て食べることができるものなのは当然のことである。
植えた三種は大豆、小麦、そして瓜。最後、なんで瓜なんだよ、って話なのだが、甘い物も欲しいじゃないか。
クーンも喜んでくれそうだし。
畑作りの汚れを落とすのはもちろん温泉である。風呂用のハンドタオルとバスタオル、それと石鹸まで買ってきたので準備はバッチリだ。
石鹸すげえ、みるみるうちに汚れが落ちる。石鹸が欲しかった一番の理由は風呂より料理なんだよなあ。
どうしても油が手につくから、さっぱり油を洗い流したくて。
この日は鬼族の人たち全員が集まってのバーベキューパーティとなった。みんな食材を持ち寄ってくれたので、俺も帰宅途中に狩りをした鳥を二羽提供したぞ。
多量の荷物を持っていたから、今晩の肉程度しか持ち合わせていなかった。温泉に入る前に狩に出てらよかったなあ。
パーティは深夜まで続き、飲めや歌えやの大盛り上がりだった。
最初は
◇◇◇
あっという間に一週間の時が過ぎた。畑に撒いた種も芽吹き、日々の成長が楽しみである。
それにしても、様変わりしたよなあ。虹のかかる渓谷……いや、アガルタも。
アガルタ村、うーん、アガルタの里、どちらもしっくりこないな。アガルタだけの方がまだいいか。
真新しい家と畑が並び、鍛冶用の炉やガラス細工などができる工房、気が早いが倉庫なんてものも作ってある。
鬼族の人はそれぞれ色んな知識や技術を持っているので、小屋とハクの家だけだったアガルタが施設の充実した村にまで成長した。
建材も周辺からとれるもので種類が増えたんだ。どうやって作ったのか未だによくわからないけど、モルタルとかレンガとかが増えた。
今のところアガルタは貨幣経済はなく、村人全員ができることを持ち寄って協力して生活している。
もう少し人数が増えたら今のやり方が難しくなってくるだろうけど、その時考えればいいさ。
「
「おはようございます」
まだ朝日が出たばかりだというのに、既に汗水垂らして地面にレンガを敷いている鬼族の人には頭が下がる。
俺? 俺はほら、起きたら顔を洗うじゃないか。顔を洗うには水が必要で、小川まで歩いていたところだったんだよ。
畑に水を撒いたり、温泉や川があったりで、地面が濡れることも多い。この前のように雨が降り続くことだってある。
そうなったとき、地面がぬかるんでしまう。台車を使ったりするときのことも考えると、地面が緩んでいると車輪が引っかかって進み辛いし最悪台車が破損する。
色んな面から地面をそのままにしておくより舗装をした方が良い。ただし、手間がかかる。
そんな中、真っ先に手をあげてレンガを敷き始めたのが先ほど俺に挨拶をしてくれた鬼族の人だったんだ。彼は30代半ばくらいの筋骨隆々の男で、8歳の娘がいる。
彼は川から村の中央になるハクの家前までレンガの道を作る予定だと言っていた。
彼がメインで作業をしているが、手の空いた他の人がいたら手伝っている。俺も一度だけレンガの道作りに参加したことがあるけど、姿勢がきつくてなかなか作業がすすまなかった。
作業をしている手前申し訳なく思いつつ、顔を洗い小屋へ引き返す。
帰り道では早くも大きな竈から煙がもくもくと上がっていた。大きな竈はレンガを作ったり、炭を作ったりできるものだそうで、今は多分レンガを焼いている。
俺は鬼族の人たちのように村を発展させる何かしらの技術を持っているわけではない。
しかし、主に付与術で貢献している。エンチャントだよ、エンチャント。エンチャントを初めて見せた時は、村の人全員がカニシャと同じかそれ以上に驚愕していた。
彼らは革命的だ、と口を揃えていたものの、どんなシーンでも使えるわけじゃあない。村の人は俺に気を遣って、「使えない」とは言わなかったけどね。
エンチャントは切れ味が優れ過ぎている。軽く当てるだけで大木を切り倒せてしまうくらいだから。
一方で、身体能力強化の方は誰にも試していない。加減が難しいのではと思ったのだよね。
とはいえ、いざという時があれば躊躇なく使うつもりだ。
幸い、ここ一週間で魔物がアガルタに現れるということは一回もなかった。そういや、俺がここに来てからでカウントしても一度もないな。
鬼族から聖域と呼ばれる所以はこの辺にあるのかもしれない。
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