第30話 汚れた大人
「
「はじめまして、
な、何この挨拶……怖い。続々と人が集まってきて、ざっと12、13人くらいだろうか。
そして、挨拶というより歓声と表現した方がしっくりくる感じがむす痒いったら何の。
困ってあえぐようにマルチェロの顔をみたら、ニヤニヤと嫌な笑顔を浮かべているじゃあないか。この表情、前世の時に見たテレビドラマで見たことがある。
子供が彼女を連れてきた時の親、これだよ。
彼じゃあダメだ。頼ったら状況が余計に悪化する。な、ならばもう一人に。
ジュシに目を向けるが、こいつはいかん。
う……裏表のない屈託のない笑顔を浮かべこちらを見られても困ってしまうじゃないか。
汚れた大人(心だけだけど)、にその笑顔は眩し過ぎる。
「わお?」
最後に頼ろうとしたのはクーンだった。不思議そうに耳をあげる彼に対したまらなくなりよしよしと頭を撫でる。
すると彼は尻尾をブンブン振ってご機嫌に、わおわおと鳴く。
「クーンは可愛いなあ」
「はっは」
遊んでくれると思ったらしいクーンが俺の回りをグルグルして、行こう、行こうと誘ってくる。
ここでようやく俺は自分のおかれた状況を思い出す。
「て、丁寧なご挨拶ありがとうございます。俺のことは気軽にティルと呼んでください」
彼らの余りの勢いにたじたじになっていて、こちらから何も言えてなかったんだよね。
ヒートアップしていた鬼族の人たちも落ち着いてきて、順番に彼らと握手を交わすことができた。
「
「カニシャさん!」
見知った顔に対し自然と頬が緩む。
彼は俺がいない間に何があったのかを丁寧に説明してくれた。
鬼族の里『ヒジュラ』に戻ったカニシャ父子はさっそく虹のかかる渓谷……彼らの言葉を使うと『アガルタ』が無事であったことを里長に伝えたのだって。
そんでまあ、奇跡が起こった虹のかかる渓谷こと『アガルタ』へ同行する人を募ったら、20人くらいの人が集まって集団で移住にしきた。
いざアガルタに到着したら、俺がいなくて積み上がった丸太に全員たいそう驚いたのだと。
昼過ぎになり起きてきたハクから俺が移住してくる人のために丸太を用意していたことを聞き、さっそく使わせてもらった。
確かに積み上がった丸太が数えるほどになっている。
あとは人数にものをいわせてそれぞれの家や生活に必要な炉、竈を作り、畑を耕し始めたところで俺が帰ってきたみたい。
「畑の作り方、教えてもらえませんか?」
「もちろんです!」
ちょうど暇している人員もいることだし、やれるときにやっちまおうぞ。
街で買い物をしている時に種もいくつか買ったんだよね。
先ほどまでニヤニヤしていた暇な人員にジト目を向けたら、そっぽを向かれた。
「それと、農具も貸していただけると」
「予備もありますし、いつでも使ってください。農具は共用のものもあります」
「あ、もちろん、大切な農具を壊さないように対策をとります」
「壊れても問題ありませんよ。鍛冶場もあと数日で完成します」
か、鍛冶場だと……!
俺とハクだけじゃ、決して実現することができなかった憧れの鍛冶場がもうすぐ完成とは驚きだ。
自給自足生活から村へと転換するポイントは鍛冶場などの施設である、は言い過ぎか。
人里離れた場所で一人鍛冶を営む偏屈な男……なんて人はいるにはいるが、敢えて人里離れた場所でやっているだけで、自給自足生活が目的じゃあないよな。
小屋に戻り、持ってきた荷物を置き、荷ほどきもせず外に出る。
明るいうちに農作業を始めたいと思ってね。長旅の疲れはまるでない。ずっとクーンに乗っていただけだからさ。
ガタガタと小屋の扉を開けたらハクが扉の前に立っていた。
「ハク! 起きてたの?」
「うん、鬼族の想いを受け取った」
「いろいろもってきてくれたのかな」
コクコクと頷くハク。
ハクの起きてくる時間が早いのは鬼族の人から薬をもらったのかもしれない。
「街でハクへのお土産を買ってきたんだ」
そう言って彼女を中に招き入れ、床に座ってもらう。
ええと、どこに入れたかな……。探しているとマルチェロが無言で幾つかあるリュックの一つを掴んで渡してくれた。
そうだった、このリュックの中に入れていたんだ。
リュックから小袋を出し、ハクに手渡す。
「元気が出る丸薬なのだって」
「ありがとう」
彼女はギュッと小袋を胸に抱きお礼を述べる。鬼族の人たちからのプレゼントと被ってるかもしれないけど、日持ちするものを買ったから大丈夫なはず。
ハクにお土産を渡すこともできたし、今度こそ農作業をはじめようじゃないか。
意気揚々と再び外に出る俺であった。
クワよおし、選定場所よおし。
クワを構えたのだが、俺の身長くらいの長さがあるので大剣を構えた気持ちになれるな、これ。
クワには大人用も子供用もないので、長さが明らかにあっていない。
畑の作り方を見てくれているカニシャと興味津々で付き添っているシュシからハラハラした緊張感が伝わってくる。いや、シュシからはそうでもないか。
俺のことを良く知っているマルチェロは近くの岩の上に座ってくああと欠伸をしていた。
もちろんこのままクワを振り下ろすわけじゃあないぞ。カニシャとも壊さないように対策をとる、と伝えているからね。
「エンチャント・タフネス、そして、エンチャント・シャープネス」
クワの長さが身長に合ってないので扱い辛いかも? そこも問題ない。
続いて、付与術をいくぞ。
「ハイ・ストレングス、そして、ハイ・タフネス」
付与術の発するぼんやりとした光にカニシャは目をひん剥き、シュシはキラキラと目を輝かせていた。
「
「鬼族で付与術を使う人はいないんですか?」
「付与術……名称から、身体能力を底上げする術式でしょうか?」
「ですです」
カニシャが得心した、と大きく頷く。
鬼族の里でも身体能力を強化する魔法……彼ら流に表現すると術式を使う人はいるのだって。
所謂、魔法職系が使うものではなく、武器を持って戦う人が使う術式というのが興味深い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます