第29話 よおし、食べるぞお

 彼につれてこられたのは武器屋『アルカノ』という店だった。確か彼が街に行くことがあったらアルカノか冒険者ギルドを頼れって言ってたっけ。

 ノームの長く真っ白の顎髭を生やした壮年の店主は俺だけじゃなく、クーンにも水を出してもてなしてくれた。

 クーンは軒下で寝そべり、俺は店主からお店に置いている武器のうんちくを聞いたりしていたらあっという間に時間が過ぎる。

 店主の店でのんびりさせてもらっていたのは、その間にマルチェロが冒険者ギルドに顔を出していたからだった。

 ほら、例のアレ。怪鳥『イルグレイグ』の討伐報告だよ。ある種の修羅場に親子で行くよりは彼一人の方がうまく事が運ぶだろうことは俺だってすぐに理解できる。

 ちょうどマンゴージュという武器のことを聞いてところでマルチェロが帰ってきた。

「首尾はどうだった?」

「上々だ」

 にいいと口角をあげ親指を立てるマルチェロ。

 ついでにアロエも売ってきたとのこと。さすがマルチェロ、仕事が早い。

「んで、ハクのために薬を買いたいんだったか?」

「うん、それと薬学の本とかも欲しい」

「本か。アルカノ、本屋ってどこにあったか分かるか?」

「ここから一本奥の赤い屋根が本を売っている。そもそも、薬を売っている店に置いているだろうて」

 よしよし、薬屋で欲しい物が全部揃うかもってことだな。

「おっと、忘れねえうちに」

「ん?」

 どすんと巾着袋を机の上に置くマルチェロ。

 中を見なくとも分かる。お金だろ、これ。おもむろにむんずと巾着袋を掴んだ彼が中を開け豪快にひっくり返す。

 思ったより量が少ないな、と思ったが銀貨と金貨ばかりじゃないか。しかも、金貨の割合が多い。

 彼のことだ。イルグレイグの討伐報酬だけじゃなくアロエの分も入っているはず。多少お金を抜いても俺には分からないけど、巾着袋に全部詰め込んでいると確信できる。

 予め半分に分けておくとかもしてない、正真正銘これで全部だろうな。

 金貨を一つ手に取り、しげしげと見つめる。刻まれている模様がオイゲン伯爵領とは異なるぞ。

 となると、ここは王国領でもない。怪鳥にドナドナされた時に太陽の方向を確認している余裕もなかったから、ここグラゴスから領都ハクロディアは東西南北どちらの方向なのかも分からないという体たらくである。

「これ、一枚もらっていいかな」

「一枚? イルグレイグをやったのはお前さんだろ」

「ずっと世話になっているし、怪鳥と遭遇したのもマルチェロがいてくれたからだからさ」

「わかった、わかった。その目はやめろ。山分けにしようぜ」

 金貨一枚でも貰い過ぎだと思うのだが、山分けがお互い許容できる落としどころになった。これだけのお金があれば、年単位で街で生活ができそうだけど、ストレスを溜めながらここで暮らして行くつもりは毛頭ない。虹のかかる渓谷で生活していくに支障がないわけだし、街には道具や調味料などを仕入れに足を運ぼうと思っている。

 

 薬屋に寄った後はクーンを連れて入ることができるレストランに寄ることに。希望は一度やってみたかった露店巡りだったのだけど、クーンのことがあり断念した。

 クーンは体が大きいから、落ち着いて食事をとれそうな場所がなくてさ。

 レストランはロッジ風? と言えばいいのか四人かけのテーブルと椅子が並んだ天井の高い作りをしていた。

 クーン連れの俺たちはテラスに案内され、天気もよいし道行く人を眺めながらも良い感じだ。

「よおし、食べるぞお」

 久々の手の込んだ料理に俺のテンションは爆上がりである。

 熱々のピザに焼き立てのミートパイ、オニオンスープ、草食竜のハンバーグにフライドポテト、などなど。

 炭水化物ばかりな気もするが、これもまた良し。

「クーンには果物と肉だよ」

 皿に乗せて彼の足元に置くと、さっそく「わおわお」鳴きながら食べ始めた。

「いただきます」

 まずはオニオンスープをスプーンですくって口に運ぶ。お、おおお。これぞ文化的な食事ってやつだよ。

 そうだ。植物の種も買って帰ることにしよう。料理に舌鼓を打ちつつもどんな調味料を使っているんだろうと自分なりに予想することも忘れない。

 日持ちする調味料だったら大量に買って帰りたいところだ。

 お金を持ち気が大きくなる俺なのであった。

 ああ、ピザもおいしい。

 

 ◇◇◇

 

 欲しい本の写本がなくて、数日図書館に引きこもり自ら写本をしていたら思った以上に街に滞在することになってしまった。

 マルチェロはマルチェロで冒険者ギルドの依頼をこなしたり、でお互いになんのかんので充実した街ライフを過ごしたんだよね。

 日が暮れてからは彼と一緒に行動していたので、保護者同伴により安全性も申し分なかった。人任せここに極まれりである。

 そんなこんなで、ようやく虹のかかる渓谷に戻って来た。マルチェロ付きで。

 彼曰く、お金も入ったししばらくのんびりと過ごすにちょうどいいと素直じゃないことを言っていた。

「ティルくん!」

「シュシ!」

 坂を下りたところで見知った鬼族の少年が手を振り、俺の名を呼ぶ。

 ここに引っ越ししてくると聞いていたけど、まさかこんなに早く来るとは少し驚いた。

 クーンもシュシに会えたことがうれしいらしく、彼の肩に頬をすりすりして尻尾を振っている。

 犬大好きらしいシュシも笑顔を浮かべ、彼の頭をなでなでしていた。

 マルチェロも俺もクーンから降り、ここからはシュシと並んで徒歩で小屋に向かう。歩いている間にマルチェロとシュシは自己紹介をしていた。

「お、おお」

 小屋とハクの家の近くに4棟も家が建っているじゃないか。それだけじゃなく、真新しい炉や竈もある。

 耕したばかりらしい畑まで……俺が離れていた期間ってどれくらいだっけか。長くても2週間くらいだと思うのだけど……。

「おお、ひと月で見違えたな」

「あれ、ひと月も離れていたっけ」

「お前さんがもう一冊、もう一冊とか」

「そうでしたっけ、ははは」

 ぴゅーと口笛を吹いて誤魔化すことを決め込んだ。

 俺たちの話声を聞きつけたらしく、近くにいた鬼族の人たちが挨拶をしにきてくれた。

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