第28話 パパ

「マルチェロ、俺にやらせて欲しい」

「本気か。……分かった。クーンに乗ってでもやれるか?」

 わかった、と頷き再びクーンにまたがる。

 俺が外した時はマルチェロが指示を出しクーンが退避してくれる手筈になった。

 ダガーにザイルをガチャンと取り付け、付与術を発動する。

「アルティメット」

 ハイ・センスを付与した状態であっても、アルティメットをかけるとふらつく。

 怪鳥との距離は凡そ400メートルほど。真っ直ぐ滑空するようにこちらに迫ってきている状況は変わりない。

 今の俺には奴の羽毛の一本一本から目元の細かい作り、ざらついた足のボコボコまでハッキリと見える。

「喰らえ!」

 一息にダガーを投擲!

 ズバババババ!

 音を置き去りにして怪鳥の首元に突き刺さったダガーは反対側から抜け尚も勢いを止めない。

 ここでザイルを引っ張り、怪鳥を俺たちのいる丘の地面に叩きつけた。

「す、凄まじいな……」

「しょ、正直、自分でも驚いたよ……」

 絶句するのはマルチェロだけでなく、ダガーを放った俺もだよ。

 怪鳥はピクリとも動かず、今の一撃で完全に仕留め切ったことは明白である。

「あー、マルチェロ、こいつの素材って売れるのかな」

「そ、そらあ、売れる、てか、怪鳥『イルグレイグ』は討伐依頼が出ている」

「マルチェロが倒したことにして、なんとかならない……?」

「で、できなくはねえが……だああ、分かった。何とかする」

 怪鳥『イルグレイグ』は俺の住んでいた街オイゲン伯爵領の領都ハクロディアでも出没し、人を攫っていたから討伐依頼が出ていても頷ける。

 俺もこいつに攫われた一人であるわけで。

 討伐報告をせずとも、もうこいつに襲われる被害者は出ない。しかしだな、討伐報告をすることでこいつに怯える人がいなくなる。

 実際に襲われる被害を無くすことと同じくらい、人々の不安に思う気持ちを払拭することは肝要だ。

 俺が『倒しました』はさすがに世間的には無理があり、変なトラブルに巻き込まれることが明らか。マルチェロが引き受けてくれなかったら、討伐報告はしない、一択だった。

 

 ◇◇◇

 

 やって参りました。虹のかかる渓谷から最も近い街に。生まれ育った領都ハクロディア以外の街へ訪れたことがなかったので、すっかりお登りさんな俺であった。

 街道に入る前にクーンの毛染めも抜かりなく行い、準備に抜かりはない。

 街に入る前からワクワクが高まっててさ。街をグルリと囲む城壁の立派なこと、立派なこと。

 ほへえ、と変な声が出るほどだった。城壁の高さは領都ハクロディアの二倍はある。高さにして15メートルほどだろうか。俺の感覚でいうと三階くらいの高さになるのだから、街に入る前から期待が高まるってものだよ。

 掘はなく、大きな開け放たれた扉のところには門番が二人いて、これから街に入る人をチェックしている。

 時刻がお昼過ぎだったからか、待つこともなく門番に挨拶できた。

 門番と知り合いらしいマルチェロの顔パスでなんなく門を通過し、いよいよ街の中へ。

 街の様子は領都ハクロディアとそんなに変わらない気がする。規模もどっこいどっこい……だと思う。あくまで大通りを見た感想ではあるけどね。

 大通りは活気があり、鎧姿の人、ローブを目深にかぶった人、貫頭衣の人、ビキニのような布面積が少なすぎる人など服装も様々だ。この世界ならではなのだけど、人間が最も多いものの、他種族もちらほらと。

 そんな中でもクーンは目立つらしく、チラチラと道行く人からの視線を感じる。

「ねえ、パパ。ティンバーウルフは珍しいの?」

「……パ、パパ……。街では珍しいかもな」

 絶句しつつもしっかりと回答するところがバルトロらしい。クスリときつつも自分の考えを彼に投げかける。

「散歩するにも窮屈だからかな」

「それもあるな。ティンバーウルフを飼う時は自衛のためってのが多い」

 高い城壁に衛兵までいる街の中なら魔物におびえることはない。俺にとってはクーンがいなくても街中の方が危険だと思うんだよな。

 魔物より怖いのは悪意ある人だよ、うん。魔物の目的は肉だから分かりやすい。

 が、人の悪意ってのは単に自衛するだけじゃダメなケースもあるから。

 ぬくぬくと箱入りで育った子供の俺が、街中で生きていくのは辛い。活気ある人通りを見てそう実感したよ。

 お金を稼げたとしても街中は厳しいな……。

 お登りさんで露店に興味津々で目移りしまくりながら、考え事までしている忙しい俺に向かってパパがゴホンとわざとらしい咳をして無精ひげを撫でる。

「どうしたの?」

「あー、そのだな、パパってのは」

「父上とかの方がよかった?」

「そこじゃあねえ」

 カリカリするのはよくないぞ、パパ。

 彼なら理解してくれると思ったんだけど、あ、まさか。

「ごめん、家族がいた?」

「独り身だ。冒険者稼業をしていると家族を持つのはなあ」

「またまた、モテないだけって。いや、マルチェロはモテそうだ」

「んなことはねえよ。お前さんの意図も分かる。おっと、角を右だ」

 マルチェロはきっとモテモテだと思うんだよな。この面倒見の良さ。人好きのする笑顔。度が付くほどのお人よしなのだけど、頼りになるし、大工仕事から狩まで何でもこなせる。彼がイケメンなのかは俺の主観だと分からん。この世界の恋愛対象は同種……マルチェロの場合は人間だから同じ人間だけじゃあない。

 ライオン頭が人間の美女とお付き合いしていたり、エルフのスレンダーな美人がグラスランナーの少年のような人と仲睦まじくしていたり、とよくわからないんだよね。

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