第27話 イルグレイグ
「ティンバーウルフはなかなか人に慣れねえが、魔獣使い以外にとっては最高の番犬だ。幼獣の時から育てれば最高の相棒になるらしいぜ」
「へえ、飼ってみたい」
「わおん」
クーンの代わりにと言ったわけじゃないんだよ。すまんすまん、と彼の顎元をなでなでする。
魔獣使いでなくともペットにできるってことは魔獣ではなく動物にカテゴライズされるってことかな。この辺り曖昧でよく分からない。
「マルチェロ、何から何までありがとう。まずは」
「お、まずは何すんだ」
「ご飯にしよう」
「わおん!」
はははとマルチェロが腹を抱えて笑う。
そんなに面白いことを言ったつもりはないのだけど、何をするにしても腹を満たしてから、だよな。
さっそくマルチェロからいただいた調味料を惜しみなく使うぜ。
燻製にした肉を軽く焼いて塩コショウを振る。コショウを加えるだけで全然味わいが変わるのだ。
スライスしたニンニクをこれまたマルチェロからいただいたフライパンで軽く炒めて、肉の味変に使う。
追加でバターがあれば最高なんだけどなあ……なんて考えてしまうのは贅沢だよね。人間の欲望は際限がない。
バターは保管するものがないし、街で仕入れても腐らせてしまうから……乳牛を飼育しなきゃいけないから敷居が高過ぎる。
「肉が焼けたから先に食べておいて」
「おう」
「わおん」
お次はせっかく新しい鍋があるので、魚とキノコ、香草を使う。
オリーブオイルにニンニク、そして塩コショウを使い、辛みを加えるためにハリッサを投入。
これぞ簡単料理の極みアビージョである。
「食べよう」
「アビージョか、お前さん料理までできんだな」
「マルチェロもお手の物なんじゃないの?」
「簡単なものしかできねえぞ。料理をするにしても冒険中だけだからな」
なんて会話をしつつ、俺とマルチェロの分を器に取り分けた。
アビージョはクーンがくんくんして、首を振っていたので食べられないと判断した。
「おいしい」
「うまいな。肉もうめえぞ」
「コショウがきいて、肉もいいね」
久しぶりにまともな料理を食べた気がする。塩だけだとほんと辛かった……。
飢えずに生きてこれたのだから贅沢を言っちゃあダメなのだけど、人間の欲望は、以下略。
「ふう、お腹も膨れたし、クーン、温泉に行こう」
「湯あみか、俺も行く」
長旅の疲れを癒し、汚れを落とすには温泉が一番だ。やっぱ温泉があるってよいよね。
野山を駆け回り、採集や狩猟をする日々には温泉が欠かせない。
風呂に入ったら、ハクに食事を届けて早めに就寝することにした。明日は朝日が昇る前に起きたかったからね。
◇◇◇
「ハクに挨拶していかなくていいのか?」
「昨日言ったし、ハクは調子の悪い時が多くてさ。夕方まで寝ている日が多々あるんだ」
「なるほどなあ。お前さんの目的が分かったぜ」
「まあそういうことだよ」
朝早く起きたのは、街に向かうダメだったんだ。マルチェロがお膳立てしてくれたし、街に行くと言ったら彼も付き合ってくれることになった。
彼曰く俺に荷物を届けたら街に戻るつもりだった、と言っていたけど、二、三日ゆっくりしてからでもと思わなくはない。
ま、まあ、彼に疲れを癒してもらえるほどのもてなしはできないのだけどね……。
そんなこんなでクーンに乗って出発する。俺が彼の首元でマルチェロが俺の後ろだ。いつもと違ってマルチェロが彼に乗るので、タフネスとストレングスをクーンにかけることにした。
「うああ、クーン、速すぎる!」
「わお?」
「いつもくらいで……付与術の強化率の方がマルチェロを乗せるより負荷より高かったのか。もう少し抑えて走ることはできるかな?」
「わおん」
いや、マルチェロの重量だけじゃなく集めたアロエなどの荷物も持ってもらっているから俺と散歩の時の三倍近くの重さになっていると思う。
クーンにとって付与術をかけずとも今の重量なら余裕だったのかも。
ならストレングスは解除した方がよいのかもしれない。タフネスはスタミナの強化をするからそのままにしておくで調整するかなあ。
なんて考えていたけど、クーンの調整は見事でいつもと変わらぬスピードを保ってくれるようになった。
「魔獣の牙とかもお金になるんだっけ?」
「んだな。狩っちまうか」
「採集よりはやそうかな?」
「んー。道中で発見するか襲い掛かってくれば探す手間の分、採集よりはやいんじゃねえか」
どっちにしても探索して発見できるか次第ってことね。魔獣を倒すとなると怪我するかも、とかあると思うのだけど、マルチェロほどの冒険者になると作業なんだろうな。
なんて頼もしいんだ。
俺としても危険すぎる魔物に遭遇した場合の対策はできている。対策? そんなものしていたのかって?
もうバッチリなんだよね。対策はクーンが全速で走って魔獣をちぎる、それだけである。
……他力本願ここに極まれり。
い、いいんだよ。三十六計逃げるに如かず、はクーンが適任なのだ。
「見晴らしのよいところに寄るのが良さそうだよね」
「んだな」
街の方向へ進みつつ、見晴らしのよい丘の上に出た。
索敵となれば、これだ。クーンから降り、目を閉じ付与術を発動した。
「ハイ・センス」
お馴染み五感を強化する中級付与術である。
ハイ・センス後の感覚にも慣れてきた。特徴的な音が無いか探りつつ、空、木々、草むら……へ順に目を落とす。
「空! いる!」
「ん、どこだ?」
「わおん」
一点を指さした。まだ米粒ほどの大きさであるが、強化された俺の視力はそいつの姿をハッキリと捉えていた。
あれは、忘れもしない。あいつだ。俺を攫った怪鳥で間違いない。同種の別個体である可能性はあるが……。
「まだウロウロしていやがったのか。ここで会ったが百年目。襲ってくるようなら容赦なく……やる」
「あのクチバシと羽の模様、あいつはロック鳥の変異個体『イルグレイグ』だ。ちいと厄介だぜ」
厄介ではあるが、『不可能』や『逃げろ』ではないってことだよな。
血のような赤いクチバシに白に朱色が混じった翼の模様……マルチェロの言葉そのままだとあの個体独自のものである。
つまり、あの怪鳥は俺を攫った個体で間違いないってことさ。
奴は俺たちの姿を捉え、真っ直ぐこちらに向かってくる。もう俺はあの時の俺じゃあないんだぜ。
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