第26話 染色
色んなものを持ってきてくれたのは嬉しいのだけど、俺に返せるものなんて……あ、あれならまだ。
ちょっと待ってて、と言い残し小屋までトテトテと走り、一抱えほどある籠一杯に積み上げたポーションの原料になるアロエを持って彼に元に戻る。
戻ると、彼はバックパックの中身を丸太の上に並べていた。
「マルチェロ、これよかったら」
「えらい集めたな、ありがとうよ」
人好きのする笑みを浮かべ快くアロエを受け取ってくれるマルチェロ。
気持ち良く受け取ってくれる彼に大人だなあと感心する。渡す側、受け取る側、気持ち良くって意識が俺にはなかった。
アロエを大量に受け取っても、街まで持っていくのはとても重いよな……。い、今更、引っ込めることも微妙だし、他に彼に渡せるものもないので仕方なし。
彼は袋やリュック、タオル、石鹸といった日用品を一通り持ってきてくれていた。他にも家を一緒に作った経験からか釘とかロール状に巻いた布とか家具作りに使えそうなものまで揃っている。
「お、おお。これは嬉しい」
「塩だけだと味気ないだろ。冒険者が使うもんだから量はないが、種類があった方がいいと思ってな」
「まさにまさにだよ、ありがとう」
「お前さん、よほど調味料に飢えてたんだな」
そんなにがっついたかな? 彼が持ってきてくれたものの中で一番反応したのは調味料だった。いやまあ分かるよ、一番ありがたいのは日用品だってことはさ。
しかし毎日塩だけだと味気なさ過ぎて、ね。
ビネガー、コショウ、ニンニク、ジンジャー、赤い色をした香辛料(ハリッサと呼ばれているコチュジャンみたいな見た目の辛い調味料)、オリーブオイルなどなど。彼のいう通り量は少ないけど、多数の種類がコンパクトにまとめられていて持ち運びしやすいようになっている。
日用品を一つ一つチェックしていたら何に使うか分からないブリキ缶があった。
「そいつはクーン用だ」
「粉? 犬用の餌?」
ブリキ缶を開けると黒い粉が詰まっていたんだ。
俺の質問に対し、彼はちがう、ちがう、と首を横に振る。
「粉を水に溶かしてクーンに塗る。するとだな、毛色が黒に見える。洗えば元に戻る」
「毛染めだったんだ。使いどころが……」
マルチェロの持ってきてくれたものは実用一辺倒のものばかりだったのだけど、このブリキ缶だけが異なっていた。
いや、嬉しくないわけじゃないのだが、ブリキ缶だけ傾向が異なるので戸惑うというか、なんというか。
対するマルチェロもガシガシと頭をかき、言い辛そうにしていたものの説明をはじめてくれた。
「順に俺の思ったことを言った方がよいよな、多分」
「その方がありがたいよ」
「分かった。お前さんが歳の割にとんでもなくしっかりしているのは少し接してすぐに分かった。んだから迷ったんだよな」
「迷った?」
頷き、丸太に腰かけたマルチェロが無精ひげを撫でる。
俺が彼の考える平均的な子供であれば、置いていくリスクの方が遥かに高いから嫌がっても街まで連れていくつもりだった。
ところが、中身大人と変わらぬ俺を見て悩んだんだって。街は治安がそれほど良くない。
街で生まれた子供であれば親がいる。捨て子は捨て子で集団となり自衛をしていたりするんだって。
よそ者の子供一人となると後ろ盾がなく、あとは言わなくても分かるな、とマルチェロが顔をしかめる。
ここまでは俺の懸念とそう変わらない。街で住む危険性とお金の問題だな、うん。
「悩んでいたんだが、クーンとお前さんが仲良くなっただろ。それでお前さんに任せようと思った。いや、言い方が汚いな。お前さんなら街に行かない、選択をすると確信していたから何も言わなかった」
「俺は街の危険性しか考えていなかったよ。生きて行けそうならここで暮らそうと思ってた」
「お前さんの付与術とクーンがいれば、ここで生きていくのは難しくない。だが、街に行くとクーンが目立つ」
「クーシーってそんな珍しいの?」
いやいや、カクカクと頷かれたら気持ち悪いったらありゃしないぞ。
ともあれ、ようやく話が繋がった。
結論から述べると、マルチェロは俺が街へ行けるように考えてくれていたんだ。
クーシーを連れて街に行くと目立つってもんんじゃない。下手すりゃ大事になってしまう。
犬のような見た目をした魔獣や聖獣は色んな種がいる。同じ種でも毛色が違うのもよくあること。
しかし、白銀の毛色となればクーシーか、かの有名なフェンリルの二種しかいない。
「毛色を黒にしたらダイアウルフに見えるから、街でも目立たないってこと?」
「ダイアウルフよりティンバーウルフにした方がいいぜ」
「俺が街にクーンを連れていけるように」
「んだ、クーンがいれば護衛にもなる。お前さんとクーンだけでも攫われることもまずなくなるだろうよ」
子供一人で馬のような大きさの犬を連れているとなれば安全性がグンと増す。クーンも置いて行かずに済むと一石二鳥である。
「ダイアウルフじゃまずいんだっけ?」
「
「知ってる! 子供たちの憧れの能力じゃないか」
「絵本の中とはちいと違うが、ダイアウルフは
俺は魔獣と仲良くなる魔獣使いの才能は持っていない。魔獣使いの能力であるテイミングは生まれつきでしか獲得できないものなのだ。
付与術とかの魔法系の能力も生まれながら適正があったり、なかったりするけど、ある程度の魔力を持って生まれれば聖魔法以外ならちょこっと使えるようになったりする。
しかし、テイミングは生まれ持った才能が無ければ一切使えるようにはならない。テイミングは魔獣と心を通わせることができる能力で、人によっては人間と喋るのと同じくらいの意思疎通を行うことができるのだってさ。
更にお互いの力を補い合うことができ、本人のレベルが上がれば魔獣のレベルもあがる……らしい。
俺にテイミングの才能があれば不可能ではないのだけど、魔獣使いにしか扱えないダイアウルフを連れていたらクーシーを連れているほどではないにしても注目を浴びる。
ん、ティンバーウルフって……何だっけ。
俺の視線にマルチェロが察してくれた。
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