第25話 またねといよお

「完全に理解した」

 我、意を得たりとしたり顔で親指を立てる。

 完全に理解した(わかっていない)って落ちではないから安心してくれ。

かんなぎ様のお力、御見それしました」

「ティルくんが災禍を止めたんだね!」

「あ、うん……」

 確かに長雨で崖崩れが起きそうだったところを崖に付与術をかけたのは俺だ。

 しかし、尊敬のまなざしを向けられるとむず痒い。気恥ずかしいというより後ろめたい気持ちが勝つんだよな。

 ハクのことは頭にあったけど壁に付与術をかけた時だって自分のことしか考えてなかったから。

「俺よりクーンの働きが大きかったんだよ」

 視線に耐え切れず、クーンの背中をぽんと叩く。

 ふふ、カニシャ親子の目線がクーンに向いたぞ。特にシュシはきらっきらで目に星マークが浮かんでるんじゃないかって思うほど。

 一方でハクはクーンの首元に手を置き、彼を撫でぼそっと声を出す。

「クーンの力も、ある」

「そうだよ。クーンの魔力があってのことだったんだよ」

「ティル、アナタの想いがあって」

「付与術をかけたのは俺だけど……」

 なんかまたこっちに視線が戻りそうなので、別のことをしてこの場を誤魔化すことにした。

 そもそも俺は何をしようとしていたのかを思い出して欲しい。

 そうなんだ、腹が減って仕方ないのだよ。肉を焼き始めたところでシュシがやってきたから、料理も途中だったのだよね。

「食事にしないか? ほら、食事も想いだろ」

「うん、ティルの想い受け取った」

 ハクはよく「想い」という言葉を口にする。受け取ったものが何であれ、彼女は渡した人の気持ちを大事にしているってことの証左だと思う。

 口数が少ない彼女だけど、相手の気持ちを慮ることだけは忘れない。

「シュシも手伝ってくれないか?」

「うん! 何をすればいいかな」

「そんじゃあ、そこのマイタケを適度な大きさに」

「マイタケ! やったあ」

 シュシをこちら側につければカニシャも断るまいて。なんたる策士。

 こうしてこの場にいる全員で食卓を囲むことになった。

「ハク様、かんなぎ様、我らも聖域に戻ってもよいでしょうか?」

「俺はそもそも、後から勝手に住み着いたわけだし。ハクはどうだ?」

 マイタケをつつきながら、カニシャが尋ねてくるも俺にはなんとも。

 ハクに話を振ると彼女がコクコクと頷き、問題ないと返す。

 災害もやり過ごしたし、彼らが戻らぬ理由もないってわけだな。

「そういやハク。今回のような雨はめったにないことなの?」

 俺の問に対し首を横に振るハク。

 定期的に長雨がくるのね。崖崩れが起こるかどうかは別の話だろうけど……。

「今回のように崖崩れが起きる時は分かるのかな?」

 今度は首を縦に振るハクである。

 分かるのだったら安心だ。 

かんなぎ様のお力があればどのような災禍とて」

「いやいや、みんなで力を合わせて」

「できうる限り、我らも」

「僕も!」

 よおし、と拳を上にあげるとシュシものってきた。

 そのまま二人でハイタッチをして笑い合う。

 俺一人じゃないのなら、崖崩れ対策に何等かの工事をするってこともできそうじゃないか? 彼らが移住してきたら相談してみようかな。


 ◇◇◇


「ハク様、かんなぎ様、これにて」

「ハク様、ティルくん、クーン、また会いに来るね!」

 一晩明けてカニシャ親子を見送り、いつもの日常が戻る。

 彼は「聖域に戻る」と言っていたが、鬼の里ヒジュラから全員が引っ越しきてくるわけではない。

 希望する人だけが移住する。

 渓谷は俺とハクにクーンしか住んでいないから土地はたんまりとあるぜ。移住者がきたら賑やかになるだろうなあ。

 自給自足するんだ、とか意気込んでいたって? いやまあ、スローライフ的な生活はしていくつもりだけど、別に村人がいても困らないだろう。

 むしろ大歓迎である。彼らの中には職人もいれば農業に勤しむ人だっているかもしれない。俺が知らないことを知っていて、できないことができる、何て素敵なことなのだろうか。


 顔を洗って……と朝のルーティンをしているとクーンが川に飛び込みバシャバシャやり始めたのでつい俺も全裸になって川遊びをしてしまった。

 ついでに魚や小さなカニもゲットだぜ。獲り方は岩を放り投げるいつものやつで。

「そうだ」

 移住者が来るとなれば丸太があった方が喜ばれるかな? 先住者である俺からのプレゼントさ。

 すっかり自分の家を作ることも忘れ、付与術の力に頼りわずか30分ほどで100近くの伐採をした。伐採した後はだな……。

「発動。ハイ・ストレングス」

 ダガーの次は自分を強化し、丸太をポンポン投げて積み重ねる。よおっしこれで完璧。

「ふう」

「わう」

 積み上げた丸太の上で座り、息をつく。積み始めると興が乗り、ぐらつかずにどんだけ積み上げれるかに挑戦しはじめたんだよね。

 俺の小屋どころかハクの家の屋根よりも高くなったぞ。もうちょっと高くしても行けそうな気がする。

 ならば、もっと丸太を増やさねばならぬな。ふ、ふふふ。

「面白い顔してんな」

「え? マルチェロ!」

 悦に浸っていて気が付かなかったぞ。丸太タワーの下で右手を上にあげるは見知った中年冒険者だった。

 クーンが首をあげ、ふわりと飛び降りるようにして彼の元へ向かう。

「よお」

「わおん」

 よおしよおし、とマルチェロがクーンの首元をわしゃわしゃした。俺と同じでクーンもまた彼と再開できて嬉しいのだろう。尻尾をブンブン振っている。

 彼はクーシーという聖獣にも属する存在らしいのだけど、こうして見ているとただのでっかい犬だ。可愛いから俺にとっては威厳ある聖獣よりこっちの方が好きだな、うん。

 首を回し俺もゆっくりと丸太タワーをおりる。

「まさか戻ってきてくれるなんて思ってなかった」

「元々、戻るつもりだったんだ。元気にしてたか?」

「うん、問題ない。調味料以外は快適に過ごせているよ」

「そうか、そうか。物入りだと思ってな、色々持ってきたぜ」

 そう言った彼はドシンと背負ったバックパックをおろす。

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