第24話 千切れんばかりに尻尾を振る

「わおわお」

「そうだな。そろそろご飯を作ろうか」

 ご飯と聞いたクーンが千切れんばかりに尻尾を振る。

 クーシーは霊獣の一種で鬼族から尊敬を集めていると聞いたが、こうしてみているとでっかい犬そのもの。

 彼が位の高い霊獣だろうと、野良犬だろうと俺にとっては変わらない。彼がどのような存在であろうが、親友であり相棒なのである。

 クーンには肉とマルチェロと採集時に教えてもらった洋ナシに似た果実を与え、俺はキノコと山菜、肉のスープに塩を振った炒め物にした。

 そろそろハクも起きてくる頃だから彼女の分も含め多めに作ろう。

 竈に火をつけ、さて肉を焼き始めたところで少年の大きな声が耳に届く。

「あ、かんなぎ様だ!」 

「シュシじゃないか」

かんなぎ様は聖域に住んでいるの?」

「シュシまでかんなぎ様呼びって。ティルでいいって」

 まさか再び会うとは思っても見なかった。鬼族の少年シュシが笑顔で手を振りながらこちらに歩いてきている。

 待ちきれなくなったのか彼が走り始めた。彼の後ろには父親である糸目のカニシャの姿もある。

 父親から言われたのだろう。少年にまでかんなぎ様と呼ばれるのはむず痒過ぎる。

 もう会うことはないと思って、先ほどはカニシャにも言わなかったのだけど我慢できずについ口にした。

 すると、素直な少年は言い直してくれたんだ。

「分かったよ。ティルくん」

「シュシ、かんなぎ様は気さくなお方だが、ティル様……せめてティルさ」

「あああ、いいんだ。ティルくんで」

 親子の会話に割って入る。あああ、今度は囁き合って喋り始めちゃった。

「シュシ、かんなぎ様はハク様と同じ」

「僕と同じ子供なんじゃないの? ティルくんはグラスランナーには見えないし」

「確かに人間は鬼族と見た目の歳は同じくらいだ。だが、あの立ち振る舞い、幼子のものではない」

「う、うーん、僕にはわからないや」

 あーあー、聞こえてる。聞こえているんだからね。

 父と子、どちらの発言も正しい。俺の実年齢は見た目通りの子供である。

 中身は前世の記憶を持っているので子供ではない。

 ハクは見た目通りの年齢ではない、というのは、鬼族や人間から見たら子供のように見えるが長年生きているってことだろう。

 シュシが例としてあげたグラスランナー族も見た目だけじゃ実年齢を判断できない種族だったので俺のハクに対する解釈はあっているはずだ。

 グラスランナー族は10歳くらいで体の成長が止まり、20歳を過ぎても見た目が変わらず男性でも髭も生えない。顔つきも10歳時のままなので、見た目から年齢の判別ができない代表的な種族の一つである。

 なんかこう大魔術師みたいな人間が幼い姿を保っている、とか勘違いされているような気もするが、気にしないことにしよう。触れないが吉である。

「うわあ。いい香り」

 子供らしく彼の興味が次々に移る。

 ちょうど肉を焼いていたところだったから、香ばしい匂いが漂ってきていた。匂いをかいだから俺の腹も悲鳴をあげている。

 当然といえば当然の反応だよな、うん。

 彼に続き父のカニシャも竈のところまで到着するが、走っていたにも関わらず足音がしないことに内心驚いていた。

 そこで彼はハッとしたかのように周囲をキョロキョロと見渡し、目を見開く。

かんなぎ様あまりに自然に佇んでおられたので違和感に気が付くことが遅れ……これは一体……?」

「ここは常に虹が見えるし、何より温泉があるから気に入って住んでいたんですよ」

「そうではなく……その」

 どうも彼の歯切れが悪い。森で会った時はよどみなく俺に説明をしてくれた。

 彼の戸惑いがどこから来ているのが判断がつかないんだよな。俺がここで暮らしていたことに対して? だったら、言い辛そうにすることもないよね?

 間が悪いのか、良いのか、ハクが家から出てきた。

 彼女を見たカニシャは平伏し、父の動きを見たシュシも彼の真似をする。

「ハク様! ご無事で……何よりです!」

「ハクは元気。ティルもいる」

かんなぎ様のお力で聖域も?」

「そう。ハクはティルに『逃げて』と言った」

 ハクとカニシャのやり取りで察したぞ。

 俺がいつものように竈で料理を作っていたことがそもそも彼からするとおかしなことだったんだ。

 ハクは俺に逃げて、と言った。今なら彼女の意図が分かる。

 ハクは長雨から渓谷で土砂崩れが起き、俺の小屋も含めて大惨事になることを予見……確信の方が適切か、確信していたに違いない。事実、何もしなければ崖崩れが起きる、いや起きていた。崩れ落ちさせるものかとエンチャント・アーマーで強化したので、崖は雨にも負けず元の状態を維持できたのだ。

「やはり、星読み様が『見た』通りのことが起こったのですね」

「うん」 

 考えている間にもハクとカニシャの会話が続く。

 会話から察するに鬼族の里(仮)ヒジュラとハクは過去に交流があったのだと思う。ハクが確信したのと同じように鬼族にも災害を予見できる「星読み」という人がいるようだ。

 ん、あ、繋がったぞ。元々、鬼族は虹のある渓谷に住んでいたんじゃなかろうか。

 それで、いずれ渓谷に大災害が起こるので移住した。ハクはこの地から離れられない何らかの理由がありこの場に残る。

 いよいよ、渓谷が崩れる時を過ぎ、カニシャが様子を確かめにきたところ、渓谷がそのままの姿で俺がのんびり肉を焼いていた。

 どうだ、この予想は。

「カニシャさん、ハク」

 自分の推測を二人に伝えてみたところ、概ね正解だった。

 ハクと鬼族の里ヒジュラは旧知の仲で、彼女が渓谷が崩れることを彼らに伝え、渓谷に住んでいた鬼族はヒジュラに移住した。

 彼らが移住した時点ではいつ渓谷が崩れるのか、具体的な日付は分かっていなかった。

 ヒジュラの星読み師なる人が長雨で渓谷が崩れる日を予見したので、カニシャが様子を見にきたのだと。ハクはハクで近い未来になったので、長雨で崩れる日がいつか見えたのだって。

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