第23話 魔獣使い

「ジュシ、見にきたって何を見にきたの?」

「ん。あ、ありがとう。本当にもらっちゃっていいの?」

「この繁みの裏っかわに生えてるからこの後採ればいいだけだよ」

「ありがとう! え、えっと、何だっけ?」

 シュシの目は籠の中に釘付けである。

 どれだけマイタケが好きなんだよって話だが、気持ちは分からなくはない。

 俺だって大好きなカップラーメンを出されたら同じように上の空になる自信がある。

 ああ、カップラーメンが食べたくなったきた。今はもう叶わぬ夢。カップラーメンよ、君は儚き夢。

 ティル、心の中のポエム……しょぼすぎて自己嫌悪に陥りそうだ。

 一人沈んでいたら、シュシから声がかかる。

「僕にはよくわからないんだけど、聖域の様子を見に行くとかで」

「俺にもよくわからないな……聖域ってなんだろ」

「父上に聞いてみてよ」

「一緒にきているの?」

 そうだよ、と彼は頷く。

 そうかそうか、ホッとしたよ。少年一人で散歩していたわけじゃなかったんだな。自分のことを棚にあげつつ、上から彼の心配をする俺であった。

 人里を離れるとモンスターに遭遇する確率もあがる。森のように食糧が豊富な場所なら尚更だ。

 その時、クーンの耳がピクリとする。

「シュシ、離れるなと言っただろう」

「父上」

 声がするまで全く気が付かなかったぞ。いや、声とともに影が現れ、影に色がつき鬼族の姿となった。

 高度な隠匿術を持ったこの人がシュシの父親らしい。

 シュシと同じ赤色の髪を短く刈り揃え、鋭い糸のような目で眉がない。額からは息子と同じ角が生えていた。

 服装は市松柄の半纏に黒いズボン、腰には小刀を佩いでいる。スラリとした細見で、身軽そうな印象を受けた。

 俺を見るなり彼は深々と頭を下げ、お礼を述べる。 

「ティル様、シュシを見ていてくださりありがとうございました」

「たまたまシュシと出会っただけで俺は何も」

「シュシのために、かんなぎ様自ら出向いてくださるとは。恐れ多く……」

「たまたま、本当にたまたまだから」

 かんなぎってなんだろ。あ、分かった。巫女みたいなものか。

 神の声を聞く人だっけ? 僧侶クレリックならともかく俺は付与術師だぞ。

 神聖さのかけらもない。もしこの世界に善悪を示すカルマみたいなものがあったとしたら、きっとマイナスカルマな俺だぞ。

 善行を積むなんてことを欠片もしてないからね。

「申し遅れました。それがしは鬼族のカニシャ。ヒジュラより参りました」

「俺はティルです。こっちはクーン」

「わおん」

 クーンも挨拶に加わる。かわいいやつめ。

 糸目の父親の名前がカニシャでヒジュラというのは街か村の名前かな。ひょっとしたら国の名前かもしれない。

 忙しいことに糸目がカッと見開き、鋭すぎる眼光に俺の背筋がビクッと伸びる。

 い、一体いきなりどうしたんだってんだ。

 まさかの敵襲? いや、クーンの様子から察するに違うはず。カニシャの察知能力がクーン以上なら話は異なるが……。

 今の俺は低級とはいえ付与術で感覚を強化しているのだけど、それでもまだカニシャの方が上という可能性も。

 気配を消す能力に長ける人は察知能力もえてして高いからさ。

 しかし、次の彼の一言で杞憂だったと分かった。

「霊獣によほど信頼されているのですね。かんなぎ様の霊格の高さが伺えます」

「あ、あの。かんなぎではなく、最初呼んでくれたようにティルでいいのだけど……」

「判断に迷い、最初はティル様とお呼びし失礼しました」

「いやいや、逆ですってば」

 行き違いが激しい。どうすりゃいいんだこれ。

 かんなぎの意味を聞かなきゃどうにも。誤解を解くにもまずは認識合わせからだよな。

 今度は俺から口火を切る。

かんなぎとは一体?」

「霊獣と対等な関係にある御使いのことです。貴殿のような」

魔獣使いテイマー? かな」

「ヒジュラの外ではどう呼称しているやら分かりません。ですが、ヒジュラでかんなぎは特別な意味を持ちます」

 魔獣使いテイマーの社会的地位が高いとか、尊敬される、とかだろうか。

 残念ながら俺は魔獣使いテイマーではない。クーンと親愛関係にあるのは間違いないことだけどね。

 考えを整理しているところだったが、カニシャの説明はまだ終わっていなかった。

「魔獣使いとは異なります。霊獣に認められた者です」

「認められた、が肝なんですね。霊獣も魔獣とは異なるのですね」

「霊獣はいくつかあります。魔獣と異なり、気高い心を持っています」

「クーンもそうだと」 

 クーンが褒められ俺も嬉しい。俺は何も大したことはしていないので、かんなぎ様、とかで来られるのはむず痒いんだよな。

 どうしたものか。彼らとは一期一会だし強く否定するのも大人気がない。

 よってこれ以上突っ込むのはやめよう。

「教えてくださり、ありがとうございます。旅の途中とシュシより聞いてます。よい旅を」

かんなぎ様は霊性の森で隠遁生活を?」

「霊性の森……あ、フェンリルの住む森のことですか」

「フェンリルのアカイア様とも交流があるのですね!」

 などと会話を交わし、彼らと別れる。

 この後すぐに再開することになろうとはこの時の俺は思いもしなかった。 


 ◇◇◇

 

「鹿まで獲れるとは大量だったなー」

「わおん」

 意気揚々と採集から戻り、ハクの様子をチラリと見てから小屋に入る。

 俺もすっかりこの生活に慣れてきた。鹿だって解体しちゃうんだぜ。

 といっても解体する技術があるわけじゃない。力任せにスパンスパンと解体している。

 そう、付与術の力を使ってね。

 ダガーを付与術で強化すると石だって豆腐を切るかのようにすううっと切れる。

 石でも余裕なので、鹿を切ることなんて朝飯前ってやつさ。力の入れ方とか筋や骨に沿ってうんぬんなんて技術は一切必要ない。だから俺でもできちゃうって寸法だ。

 とはいえ、ちゃんと血抜きもしているし、角も皮もキッチリ分けている。肉はそのまま焼くより熟成させた方がおいしくいただけるのだけど、腐ることを懸念しすぐに燻す。

 燻すといっても香りのよいチップを使ってはいないんだよね。街で仕入れることができればよい燻製用のチップを入手できるが、ない物ねだりは厳禁である。

 そこら辺の枝を細かく砕いて燻製をするだけでも十分事足りるのさ。

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