第22話 晴れたーー

 どうするつもりだったのかっていうと、秘密だ。使う機会がないためお蔵入りなのである。

 一人納得する俺に向けハクが小首をかしげて、じっと俺を見つめていた。

 まだ何かあるのかな?

「乾かす?」

「ああ、髪の毛のこと? 濡れてたからさ」

 コクコクと頷いた彼女が、服に手をかけ。

 っちょ、ま、待って。

「服は帰りでも濡れるから、自宅に戻ってから」

「髪も濡れる」

「そうなのだけど、ほら、人前で裸になるのは」

「ティルはずっと服を着ていなかったから、ハクも同じ」

 ハクも同じように服を脱いですっぽんぽんになっても問題ない、と言っているんだよな。

 よくないよ、よくないよおお。

 人前で服を脱ぐなんてとんでもない。女の子ならなおさらだ。

 しっかし、俺が全裸で走り回っていたのをいつ見られたのだ? 温泉に入った後、滝を確認して付与術をかけて戻るまで全裸だったのは確かだ。

 ……崖に付与術をかけている間はこれが日課だった。つまり、結局、毎日裸だった。次は服を着てとかどこへやらだよほんと。

 う、うーん、裸になる時間が長すぎたか。いやだってさ。誰もいないし、傘もカッパもないわけじゃないか。

 竈で火を起こして乾かすことはできるけど、外に出るたびに服を乾かしていたら服が全然足りない。タオルだってトラゴローから温泉仲間に、ってことで頂いた一枚と、廃屋の中から発掘したもう一枚しかないんだよね。

「ま、まあ、今は俺がいるから、いないところなら。俺もハクがいないところだっただろ」

「?」

 ここはもう押し切るしか。

 まあまあ、とハクにタオルを一枚持たせて……だ、だからあ。その場で体を拭くのはダメだってば。

 それはハクが帰宅した時用のタオルだ。外に出たらタオルが濡れてしまうって?

 そうだな、うん、そうだよ。焦りからよくわからん発想になっていたようだ。

 

 とアクシデントはあったが、服を脱がせずに無事彼女にはお帰りいただけた。

 その晩のうちに雨がやみ、翌朝久々に太陽の眩しさで目が覚める。

「んー。良い天気だ! クーン、さっそく散歩に行こうぜ」

「わおん」

 長い雨も終わり、またいつもの生活が戻って来た。 

 ひっさびさに気持ち良く散歩できそうだぞ!

 

 ◇◇◇

 

 犬も歩けば棒に当たる。なので、俺だって散歩をすれば、新たな出会いがあった。今度は猫頭ではなかったんだぜ。

 かといって人間だとはいっていない。人間に近いが、明らかに人間ではないのだ。

 ……柄にない語りだった。正直反省している。

 気を取り直してっと。

 渓谷の外は深い森になっており、かなり距離はあるがフェンリルが住む大樹の森まではずっと森が続く。

 詳しいじゃないかって? クーンに乗れば多少の距離でもすぐだったから、フェンリルとマルチェロに出会った辺りまで遠征したこともあったんだよね。

 フェンリルの住む森の辺りは樹齢千年は超えてそうな巨木が軒を連ねる神秘的な森だった。怪鳥から落ちた場所がちょうど巨木エリアの端っこ辺りでフェンリルに連れられ反対方向に歩いたから巨木を拝むこともなく虹のかかる渓谷を目指したというわけさ。

 前置きが長くなったが、森でマイタケに似たキノコを採集していたら人の気配を感じ取ったんだ。先に気が付いたのはクーンだったが、俺も相手に気が付かれる前に察知したぞ。

 低級付与術はかけていたけどね。

 散歩する時には最も強化率の低い身体能力強化をかけている。知覚は強化率の高いものにしておいた方が安全性が増すのだろうけど、なるべく普段の自分に近い方が感覚を鍛えることができると思ってね。

 木の陰に隠れ、こっそりと気配の主を見たら、人間じゃあなかった。

 頭から角が生え人間に比べ八重歯が長く、牙のようになっている。

 藍色の半纏に茜色の帯と上半身は和風の装いで、下は藍色のズボンにブーツ姿だった。真っ赤な短髪で俺と同じくらいの背丈の少年……だと思う。

 少なくとも人間だとしたら少年に見えると表現した方がいいか。人間以外の種族となるとどうにも年齢が分からないのだよな。

「わおん」

「うわあ!」

 あ、人懐っこいクーンが角の生えた少年(仮)に向け元気よく吠えちゃった。

 不意に「わおん」を聞いた彼の肩があがり、驚きの声をあげる。

 彼に気づかれぬまま立ち去るか、もうしばらく観察するか迷っていたのだがこうなっては仕方ない。

「こ、こんちあ」

「ビ、ビックリした。でっかい犬だね!」

「クーンというんだ」

「銀色でふわふわしていて、カッコいい!」

 おお、そうかそうか。撫でて良いぞ。

 クーンが褒められると俺も嬉しい。そんなキラッキラな目でクーンを見つめるなんて照れるなあ。同じくらいの見た目年齢なのに誰かさんとはえらい違いだ。

 誰かさんは見た目が子供、中身が大人な事情だから仕方ないよ、うん。

 クーンに乗ったまま彼に近寄り、「触れてもいいよ」と少年に伝えたら、さっそく背伸びして頭を彼の首元に押し付けている。

「ふわふわだ。あ、僕はシュシ。鬼族だよ。きみは?」

「俺はティル。相棒はクーン。ってさっきクーンの名前は言ったような」

 クーンから頭を離した鬼族の少年シュシは鼻がムズムズしたのかくしゅんとくしゃみをした。

 クーンの毛が鼻に入ったのかもしれない。

 鬼族なら人間と見た目年齢が変わらないはずなので、彼の年の頃は俺と同じ10歳前後ってところか。

 少年が一人、人里離れたところで一体何をしていたのだろう? 俺のように採集に来ていたとしても、近くに村落はなかったような。

 俺が知らないだけで村落があるかもしれないけど……。そういや、猫頭のトラゴローが鬼族の里に行く、とか言っていたから、案外ここから鬼族の里は近いのかもしれない。

「ティルくんも見にきたの?」

「ちょうどキノコを採っていたところだよ」

 見にきた? よくわからないけど、俺は採集にきた。

 籠に入れたマイタケに似たキノコ鬼族の少年ジュシに見せる。

「マイタケが採れたの!? すごい」

「この辺りだと結構採れるよ」

「そうなんだ。おいしくて空に舞い上がるほどだからマイタケって名前がついたんだって」

「よかったら持っていきなよ」

 ほいっと籠ごと彼にマイタケを渡す。

 まさか俺がぽんと気前よくマイタケを渡すなんて思ってなかったのだろう、手の平に籠を乗せたまま固まっている。

 おーい、彼の顔の前で手を左右にふってみたが反応がない。

 ここはそうだな、話題を変えるべし。

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