第21話 補強します

 服をその場に置いたまま、クーンに乗って滝の下まで移動する。

「記憶が定かじゃないけど、勢いというか幅が広くなっているよな……」

 腕を組み仁王立ちで流れ落ちる滝を見上げ、ううむと声を出す。

 崖壁はどうだ。水が上から流れているだけじゃなく、水が壁から染み出ている気もする。

 最悪のことを想像し、ぞっと血の気が引く。

 崖が崩落しないだろうか。

 ただの崩落じゃない、渓谷の崖が一気にガラガラと……いやいや、まさか。これまで雨の日だってあっただろう。

 崖崩れがあったとしても、ほんの一部さ。俺の住む小屋と崖はそれなりに距離があるから、小屋のところまでは土砂が押し寄せてきたりはしないって。

「…………」

 まずい、想像したら嫌な予感しかしねえ。

 ガラガラガラ。

 上から小石、いや、ソフトボール大の石が崖を転がり落ちてきた。

 足元まで転がってきた石を見やり、冷や汗がでてくる。

「そうだ!」

 俺の頭にビビビと衝撃が走った。付与術、付与術だよ!

 付与術の素晴らしいところは小さなダガーで石をバターのように切ることができるだけではない。最も特筆すべき点は応用力である。

 マルチェロと家作りをしている時に木に付与術をかけて木にめり込ませるとか、まさに付与術の応用力がなせる業。

 自分に対して、他の人に対して、武器にも、木にも、付与術をかけることができるのだ。

 そう、崖にだってね。

 目を閉じ、集中するが股間が寒い……。余計なことを考えず再び集中状態に入る。 

「発動。エンチャント・アーマー」 

「わおん」

 バシイイン。

 クーンが鼻先で落ちてきた岩をはたき、崖に激突した。ゴロゴロと崖が一部崩れ、岩が落ちる。

 目を閉じたのがまずかった。

「クーン、ありがとうな」

 岩を弾き飛ばした彼の鼻をなでなでする。腫れてはいなさそうでホッとした。

 さて、アクシデントに見舞われたものの、しっかり崖に付与術をかけることはできたぞ。

 ここで質問だ。崖の頑丈さを強化する付与術はどこからどこまで効果範囲になるのだろうか。

 ゲーム的に表現するとしたらエンチャント・アーマーは鎧や盾の防御力をアップさせる付与術である。

 ゲームなら対象の防御力をあげるだけだけど、これが現実になると扉だろうが崖だろうが何にでもかけることができるのだ。

 鎧なら鎧全体、盾なら盾全体。

 引っ張り過ぎたな。答えは俺にも分からない。だから、これから見て確かめる。

 術者本人であれば、見ようと意識するだけでぼんやりとしたオーラを見ることができるのだ。

 ぼんやりとしたオーラは付与術の効果範囲にあるかどうかを示す。オーラが消えると付与術の効果時間も終了って具合に。

 ……。見える範囲は全てエンチャント・アーマーの範囲下にある。

 しかし、雨で視界が悪いから30メートル先でも見えていない。

「ハイ・センス」

 ふ、ふふ。五感を強化した結果、効果範囲を確認することができたぞ。

 切れ目があるとそこで効果が切れる。崖の終点でも同じくだった。

 都合の良い感じで付与術の効果の切れ目がある。何もなければ300メートル四方がエンチャント・アーマーの効果範囲だと分かった。

 付与術の効果時間は凡そ12時間だから、一日に二回エンチャント・アーマーをかければ崖を頑丈な状態に保つことができる。

「よおっし、クーン。行こう!」

 クーンにまたがり、右手を高く上げた。

 重なる部分があっても付与術の効果が消えることはないので、隙間がないように重ねるようにして付与術をかけていくか。

 崖沿いに進み、ところどころで付与術をかけていく。

 明日も同じように付与術をかけて回ることにしよう。今度は服を着た方がいいかもしれん。

 未だ全裸の俺なのであった。

 

 ◇◇◇

 

 崖に付与術をかけはじめてから五日目の夜。雨は未だ同じ強さで振り続けている。あと何日くらい続くんだろうか。ハクは確か十日と言っていたけど、最初の頃の小雨は一日にカウントしないのかもしれない? 雨の中でも多少の食材は確保できることも分かったし、ハクにも食糧をお届けする余裕さである。そんなわけだから、予想以上に雨が長引いたとしても問題ないぜ。

 食糧だけじゃなく、崩れそうだった崖も付与術の効果で安定しており、小石さえ崩れて落ちてくる様子はなかった。

 家も順調で雨漏りなく過ごせている。

「うーん、まだやみそうにないな」

 雨音で分かるが、窓から外を確認したくならない?

 ぼーっとランタンの灯り越しに窓の外を見ていたら人影らしきものが映る。

「誰だろう」

 天気が悪く、こんな夜遅くに訪ねてくるなんて一体どうしたんだろう? 訪ねてくる相手は一人しかいないので影だけで誰だか分かる。

 そうお馴染みのハクだ。彼女以外に隣人がいないからね、間違うはずもなく。

「ハク、どうしたの?」

 扉を開けるとギギギギと嫌な音がした。金具一つもなかったから、仕方ない、仕方ない。

 予想通り……って予想するほどもものでもないけど、訪ねてきたのはハクだった。

 隣とはいえ傘もささずにやってきたのでサラサラの髪が濡れて雨水が垂れている。扉口から竈までは屋根があるのだけど、ハクの家から我が家までの間には屋根がない。

 ほいとタオルを前にやっても彼女の反応がない。

 気を遣っているのかもしれないけど、濡れたままにしておくのは俺の精神衛生上良くないぜ。

 濡れたまま家の中に入らないで欲しいって気持ちは全くないのだが、濡れたお客さんをそのままってのは。

 自分から拭こうとしないので失礼して俺が彼女の髪の毛にタオルを乗せる。

 まあ、予想通りというか彼女の腕はダランとなっており、手元は太ももの辺りだ。

 嫌がる様子もないので、そのまま彼女の髪の毛をふきふきさせてもらった。

「離れなくていい」

「ん、もうすぐ雨がやみそうってこと?」

「ティルが護った。ハクじゃできない」

「崖にエンチャント・アーマーがうまくいった、んだな」

 離れなくていい、とは渓谷が安全になったってこと。

 崖が崩れてきたときの対策も考えていたのだが、このまま雨を凌ぐことができそうでなにより。

 ん? 崩れたらどうするつもりだったんだって?

 そいつは簡単さ。

 まずアルティメットをかけます。そして、落ちてくる岩やらを受け止め放り投げます。

 ……何て単純なことだけをするつもりじゃあないんだぞ。

 

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