第19話 仕込み刀

「その構え、剣術を修めたのではないでござるか。吾輩の目は誤魔化されませんぞ」

「これ、ダガーだし……」

「そうでござった! 吾輩としたことが。小太刀使いでござったか」

「ええと……」

 こいつはダメだ。僕はこれ以上説明することをやめた。なんかもう聞き流していれば勝手に納得してくれるかなと思って。

 そして彼の話に乗るつもりはないが、ようやく「何流」ってのが何のことか分かった。

 小太刀でピンときたよ。日本でいうところの新陰流とか示現流とかそんなやつだ。

 この世界には侍ぽい服装の人とか、刀などの和風の武器があったりする。街を歩いていても滅多に見かけることはないレアな存在ではあるが……。

 武器屋に行っても刀を見かけることはなかったような……鍛冶屋で受注生産しか手に入れる方法がないのかもな。

 ぼーっととりとめのないことを考えていたら彼の話も終わりそうだ。

「拙者の得物はこれでござる」

「杖……?」

 ぐいっと掲げているのは棍にしては細い。杖というには長い、そんな武器だった。

 真っ直ぐでピカピカに磨かれた木製の棒とでも言えばいいのか。

 トラゴローが膝を折り腰を落として棒を構える。

 あ、分かった。カッコいいやつだこれ。

 すすすとトラゴローが棒を握った手を動かすと棒からきらりと光る金属が姿を現す。

「仕込み刀!」

「いかにも」

「試し斬りをしてみるでござるか?」

「いやいや、遠慮しておくよ」 

 彼から仕込み刀談義を聞きながら、ダガーでスパスパ伐採を続ける。

 お次は石の切り出しだ。ダガーでバターのように石を切る光景にトラゴローが腰を抜かしていたのはご愛敬。

 マルチェロと家を作った時の要領で丸太を立てるところまでは、同じ作業だった。

 ここからトラゴローの勧めで、雨が降った時にぬかるむことが確実なので石畳の道を作る。屋根も彼の指示に従い、枝と乾かしていた大量の葦を使うことにした。

 更に雨避けとしてすだれまで彼が作ってくれて、どこか日本を思い出させるような趣のある道と屋根になったんだ。

 思った以上の完成度に「お、おおお」と声にならない声を出すのが精一杯の俺に対し、彼は「拙者の方が驚いたでござる」と白い牙を見せた。

 作ることが楽しくなってきた俺たちはまだまだ止まらない。

 付与術込みの場合、木材より石材の方が扱いやすかったりする。俺たちが次に狙いをつけたのは温泉だった。

 温泉ももっと快適に使うため、段差をつくってゆったりくつろぐことのできる台に。周囲を裸足で歩いた時に泥がつき足裏がチクチクするので、石畳を敷いてすべすべかつ、お湯を流せば泥を洗い流せるようにした。

 これで益々温泉が好きになりそうだ。石畳の場所は洗い場にもなる。

 ん、クーンが枝を咥えて尻尾をふりふりし何かを訴えかけてきているじゃないか。

「賢すぎるだろ、クーン!」

 杭を立て服をかけておける場所をつくろうっていうんだな。そのアイデア、さっそく使わせてもらうよ。

「よおっし、完成!」

「さっそく使ってみたいでござる」

「いいねえ。入ろう、入ろう」

「わおん」

 服を脱がなくていいクーンがいの一番にどぼーんと飛び込んだ。

 争うように俺とトラゴローが服を脱ぎ、作ったばかりの段差に足を乗せ、感触を確かめる。

 お互いに顔を見合わせにんまりとした。

「いいねえ」

「よいでござるなあ」

 言い忘れていたが、トラゴローは俺より頭一つくらい高いくらいで人間の大人とくらべれば身長が低い。

 座って並んだら、もちろん彼の方が高いのだけど、胸の辺りくらいまではお湯があるくらいになっている。

 一方俺はといえば、肩にかかるくらいかな。深めのお湯につかるのが好きで、俺の高さに合わせいたのだけどトラゴローにとっても丁度良かったようでなにより。

「しまった……」

「いい塩梅でござるが?」

「ハクが座ると口元くらいまでこないかな」

「下に何か敷けば問題ござらん」

 石の板を敷くとなるとなかなか手強いぞ。

 そんなこんなでハッスルしたため、本日もトラゴローが宿泊することになったのだった。

 

 ◇◇◇

 

 朝になり、いよいよトラゴローとも別れの時がくる。 

「近くまた、でござるよ」

「待ってるよ」

 どこにしまっていたのかすげ傘をかぶり、顎紐を締めるトラゴロー。

 前世日本でも見ることがなかったぞ。すげ傘なんて。

 すげ傘とは頭にかぶる帽子のような傘で、山のような形をしていることから富士傘なんて呼ばれ方をすることもある。

 トラゴローの持つすげ傘の材質はおそらく竹を編んだもので雨が降ったら、傘は水を弾き山でいうところの裾野から雨水が落ちていく。

 鍔が広いので目に水が入らず、雨の中でも弓で狙いを付けるに支障がないだろう。

 すげ傘を装着した彼は革手袋をはめ、手甲を装着する。竹笛とか取り出したりしないだろうな。

 ……これで準備が完了らしい。ある意味ほっとしたよ。

 竹笛を吹き鳴らしながら魔物はびこる中を進むなんて自殺行為だぜ。

 どこぞの虚無僧のようにピーヒャラやってたら襲ってくださいと言っているようなものだ。魔物を引き寄せて一網打尽にしようとするイケイケ冒険者パーティなら話は別だけど……。そもそも、トラゴローは薬師だし、武闘派ではないだろうから。

 背伸びしてポンと彼の肩を叩き激励する。

「道中無事を祈るよ。次はどこへ?」

「鬼族の里へ向かうつもりでござるよ。なあに心配ござらん、吾輩には風神丸があるでござるからな」

 トラゴローがトンと仕込み刀の柄を叩き白い牙を見せた。仕込み刀は風神丸という銘がつけられている。

 この風神丸。なかなかの一品で大業物にカテゴライズされる魔法の力が込められた刀だと彼から聞いた。込められた力は風の力で、刃からカマイタチを発することができる。

 一度、その風の力というやつを見てみようと思っていたのだったが、別のことに夢中になっていたから致し方ない。

 両手を振り彼を見送る。クーンもわおんと吠え、彼の後ろ姿を見守っていた。 

「あっという間だったな」

「わおわお」 

 クーンの顎を撫で、彼の姿がみえなくなりまで見守ってからくるりと踵を返す。

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