第18話 ダガーで木をきる

「そうだ。トラゴローさん、一つ頼みたいことがあって」

「ここで会ったのも何かの縁でござる。どんなことでござるか?」

「気力・体力を回復させる薬草類ってこの辺りにもあるかな?」

「きっとあるでござるよ。道すがら採集してきた薬法材を見せますぞ」

 この後、食事をとりながらランタンと松明の灯りの元、トラゴローは快く薬法材なるものを見せてくれた。薬法材という言葉は初めて聞くけど、漢方に置き換えて考えるとしっくりくる。薬法は色々な薬法材を組み合わせ、薬を作るものなのだって。

 街では薬といえば草本以外はあまり見ない。薬法材は滋養強壮・栄養ドリンク的なものについてもカバーしているので今の俺が欲しいものそのものなので助かる。

「街にも薬法の薬って売ってるのかな」

「販売しているでござるよ」

 そうだったのか。もう少し薬に興味を持っていればお店を訪れることもできたかもしれない。

 付与術のお勉強に精を出していたのでいたしかたあるまいて。

 お腹が膨れてきたところで、ハクが顔を出す。彼女は手に巾着袋を握っていた。

 彼女はトラゴローに向け巾着袋を掲げ礼を述べる。

「トラゴロー、ありがとう。アナタの想い受け取った」

「湯あみのことを教えていただいた故。こちらこそ感謝でござるよ」 

 彼の渡した薬は滋養強壮の効能があり、日本でいうところの栄養ドリンクに近いものなのだそうだ。

 なんのなんの、と返すトラゴローにハクは彼から受け取った巾着袋から丸薬を全部出してゴクンと飲み込む。結構な量だったのだけど、一回分なの? あれ。

 無表情でこちらに顔を向けたハクは俺にも感謝を伝えてきた。

「ティルも、ありがとう」

「ん、俺は何も」  

「ティル殿が姫のために手を尽くそうとしていることに対してでは?」

 家の中から俺がトラゴローにあれこれ聞いている様子を見ていたのかな。自分の思いに感謝してくれるなんて、これで燃えないわけがない。

 といっても、薬法材は一筋縄じゃあいかないんだよねえ。

 トラゴローからサンプルをいくつか頂いたので、サンプルと見比べながら採集活動に精を出すことはできる。

 しかし、俺じゃあ薬法材をうまく調合することができないんだよな。結局、街に行って薬を買うしかないというわけさ。

 といっても、トラゴローに薬法のことを聞けたからどのような薬を買えばいいのか分かった。

 彼の持ってきたような丸薬があるのだったら、量も運ぶことができる。ハク、もう少しだけ待っててくれよな。

 

 ◇◇◇

 

「食材よおし、小屋は……崩れてないし、よおし」

 朝のチェック完了である。指さし確認は基本的な動作だよな。

 妙な動作をしても見ているのはクーンのみ。この場にハクやマルチェロがいたらちょっと恥ずかしかったかも。

「趣のある所作でござるな」

「あ……ま、まあ。街の露店で仕入れをしている時に見たんだよ」

「動きと共に確認すると間違いも無く、でござるよ。吾輩も取り入れたいでござるな」

「あ、うん」

 そうだった。トラゴローが野宿の予定だったので彼を小屋に誘ったのだ。

 クーンに加えトラゴローももっふもふなので、もっふもふに囲まれもうもっふもふだったよ。意味不明だが、意味は分かってもらえると思う。

 欠伸をするトラゴローの長い髭が揺れる。彼につられクーンも大きく口を開いた。

「ふああ」

 俺まで彼らにつられてしまったよ。

 小屋の中にはトイレもなければ風呂もない。キッチンももちろんないのである。

 調理済みの食べ物を持ち込めば中で食べることはできるが、調理をすることはできない

 そんなわけで、何度も調理をしている竈は外にあり、雨が降ると火が付かなくなっちゃうんだよね。幸い今のところ雨の日がなくて意識していなかったけど、そこまで考える余裕が出てきたということで……。決して抜けていたわけじゃあないんだ。

「そうだ。思い立ったが吉日だよな」

「何をするのでござるか?」

「雨が降ると竈が使えなくなるからさ」

「屋根を作るのでござるな、吾輩も手伝わせてもらってよいでござるか?」

 予想外の提案に俺の動きが止まる。

 彼はたまの休暇に温泉に入りに来ていた。なのでてっきりすぐに旅に出ると思っていたんだよね。

 俺一人でも付与術を使えば丸太を軽々と持ち上げることはできる。だけど、重さじゃないんだ、重さじゃ。

 発砲スチロールの長い棒を想像してみて欲しい。軽くても扱いきれないだろ。あれと同じと想像してもらえれば分かってもらえるかな?

 よおっし、やるぞ。

 ハクからはいつでも持って行っていいと了解を取っているので、失礼して彼女の家から大工道具を運び出す。

「マルチェロ、使わせてもらうよ」

 彼から餞別だと俺が彼から借りたままだったダガーを頂いたんだ。

 付与術をかけながら、てくてくと近くの木までトラゴローと並んで歩く。俺たちの後ろからのそのそついてくるクーンが可愛くて、振り返ると「わお?」と鳴いてきゅんきゅんしたのは秘密である。

「トラゴローさん、こっちに」

「ティル殿、ダガーで木を削るのでござるか?」

 その反応は当然といえば当然なのだけど、木の傍に佇むと危ない。 

 通常はそうなのだが、付与術をかけていることを説明しても彼はピンときていない様子。

 まあまあ、と彼を手招きし俺の後ろに立ってもらった。

 では失礼して。ダガーを木にあてがう。

 スパーン。

 すううっと何ら抵抗もなく、ダガーが幹を一撃で切り落とす。

 ズズズズズ。

 葉が擦れる音と共に木が地面に倒れた。

「……」

 あっけにとられたらしいトラゴローが目を見開いている。いや、彼は元々真ん丸の目を開いておったわ。可愛い。

 この流れならいける。もっふもふをもふもふさせることが。

 自然な動作で彼の額に手を伸ばそうとした時、鼻と髭がピクリと動く。

「な、なんという業物……さぞや名高い匠の作でござるな」

「あ、いや、これは付与術で」

「それだけではござらんな。ティル殿自身の腕もござろう。幼くしてそこまでの腕を……な、なんたる。何流なのでござるか?」

「え、えっと……」

 盛大な勘違いが続く彼に俺もたじたじである。

 ともあれ、もっふもふをもふもふしようとしたことはバレてない。このまま誤魔化せるか俺? 

 俺の心の内など関係なく、彼はますますヒートアップしている。

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