第17話 トラゴロー

 クーンと久しぶりに温泉へ向かう。

 するとゆけむりに人影らしきものが映っているではないか。

 シルエットから人型かな、と分かるものの人間じゃあない。特に俺専用の岩風呂ってわけでもないし、誰かが入っていても咎めるのはお門違いってやつだ。

 人間じゃないと分かったのは猫か虎のような形をした耳があるからだ。

 裸の猫耳少女とかだと事案になってしまう。いや、この歳ならまだごめんね、で済むかも。しかし、避けることができるトラブルは避けるに限る。

 賢い俺は先に声をかけることにしただった。無言で近寄ると敵だと認識されることも回避できて一石二鳥だ。

「こんにちはー。ご一緒していいですか?」

「こんなところに吾輩と姫以外が来るとは珍しいでござるな」

 声からして男性だな。

 と判断した俺は更に近寄ることにした。もう既に服に手をかけ脱ごうとしている勢いで。

「貴君も湯あみでござるか?」

「そこに家を建てて住み始めたんですよ。この岩風呂が気に入って」

 ここでようやく相手の姿がハッキリと見える。

 こ、こいつはわしゃわしゃしたくなるな……。声の主は猫頭の獣人だった。

 猫が直立したような種族で、街でもたまに見かける。

 毛色はブラウンと黒で日本の猫を彷彿とさせるカラーリングは見ているだけで和む。

「そうでござったか。吾輩は一緒でもかまわないでござるよ」

「では、失礼して」

 クーンがバシャバシャと温泉に入り、俺も続く。

 猫頭の隣に腰かけ、ふうううと風呂独特の声を出す。

 いやあ、やっぱり温泉は良い。虹が見え景色も最高だ。

 温泉は不思議な空間だ。初対面でも自然と警戒することもなく世間話ができてしまう。

 彼と自己紹介しあったのを皮切りに会話が弾む弾む。

 彼の名前はトラゴローとどこか日本を彷彿とさせる名前だった。渋い声であるのだけど、猫頭だから人間の俺から見るとどうしても可愛く見えてしまう。

 目を閉じたら渋い男の姿が想像できるのだけど……。 

「トラゴローさんはよくここに?」

「よく……ではござらんな。気が向くまま、でござるよ」

「気の向くまま、そんな生活もいいかもしれないなあ」

「吾輩もティル殿の生活に憧れますなあ」

 トラゴローはどこかに定住することなく気の向くままの生活を送っているそうだ。

 出身地の村と気質が合わず飛び出し、もう10年にもなるんだって。定住せずに移動しながら生活するって魔物がいるこの世界だとなかなか困難だよな。

 村や街を点々としているにしても移動している間は危険が伴う。

 トラゴローは冒険者のように採集や魔物の素材を売って路銀を稼いでいたのかな? いや、行商人や旅の薬師という線もあるか。

 行商人や薬師は小さな村にとって貴重な存在だもんね。あれこれ想像していたが、彼から答えが飛び出した。 

「吾輩、余り戦いは得意ではなく。しがない薬師でござる故」

「薬師!? ハクのことを診てくれないかな! お金は……ないけど売れるものなら持ってるからそれを」

「そもそも姫に薬を届けに来たのでござるよ。湯あみをする前に姫の家に薬を置いてきたでござる」

「嬉しい、ありがとう!」

 姫というのはハクのことで間違いない。ここには俺とハクしかいないのだから。文字通りの姫という意味ではなく、彼なりのハクに対する呼び方なのだと思う。

 それはそうと彼は薬師だったのかあ。口ぶりからしてたまにここにやってくるのも温泉好きだからじゃなく、ハクを診るためだったってことだった。

 いや、両方か。

 温泉が嫌いだったら温泉に入ることもないさ。

 そうかあ、薬師が置いていった薬があるのなら、俺が買ってきた薬は必要ないかもしれないな。

 そうだ。せっかくだし彼に無理のない範囲で聞いてみるか。

「ハクは何かの病を患っているのかな?」

「吾輩では判別がつきませぬなあ。衰弱していっているのか、吾輩の知る限り不調が続いているでござる」

「トラゴローさんの見解だと気力・体力を回復させるような薬やポーションがオススメなのかな?」

「そうでござるなあ。咳や普段より高い熱が出ているわけでもござらん」

 人間以外になると熱などの風邪の諸症状の定義も異なる。

 平熱が40度近い種族もいれば、体温が昼と夜で数度異なる種族だっているんだ。

 そんな中でも各種族向けの風邪薬が売っているのだから驚きだろ。

 種族ごとの病の症状は案外明らかになっているので、本職であるトラゴローもその辺りは抑えているはず。

 うーん、花粉症のように調子が悪い時期と良好な時期がある、とか?

「彼女の種族的なものってこともありえる?」

「吾輩は種族的なものとみているでござる。姫は余り語らぬ故、見た目から姫の種族を想像しようにも特定できないのでござるよ」

「街でも見かけたことがない種族だったんだ。角からドラゴニュートとかノーブルリザードマンとか、いや、そうじゃなくて鬼族の一種なのかとかさ」

「吾輩の見解では竜族と見ているでござるよ。ある種の竜族はトカゲのような脱皮周期があります故」

 彼女の全身が鱗だったらあるのかもしれないけど……大半は人間と同じような薄い皮膚なのだよな。

 薄い皮膚となると角質が常に入れ替わっているはずで、脱皮という手段はとらない……と思う。鱗の部分だけ抜け落ちて生え変わる、はあるかも。

 いや、待てよ。

「脱皮はたとえで、彼女には体調を左右する長い周期があるかもってこと?」

「然り。長い不調期間に入っているのやと」

「うーん、いくら推測しても答えはでないけど、『何か』があれば回復する可能性もあるよなあ」

「拙者は半々とみているでござる」

 トラゴローが長い髭でピコピコさせ続ける。

 種族特有の長い不調期間であるとみてはいるが、自然に回復するものかそうじゃないのかが半々ということだった。

「何か、かあ」

「わお?」

 自然とクーンの方を見ていたからか、彼が首をこちらに向け不思議そうな顔をする。

 「何か」で浮かんだのが彼のことだったのでつい視線を彼の方に向けていたんだ。

 体調不良とは別の話だけど、クーンは俺との出会いがありダイアウルフからクーシーに進化した。

 ハクもクーンのように何かがあるのなら協力できることなら協力したいな。彼女は大切なお隣さんだし、今の生活をはじめるきっかけを作ってくれた恩人の一人だ。

 自分で言うのもなんだが、俺は心が狭く決して徳の高くない人間である。

 前世日本時代もできた人間ではなかったけど、生まれ変わっても魔力のなさから鬱々とした気持ちが立ってしまいいい子じゃあなかった。

 

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