第11話 再開

 この日もハクの家に泊めてもらうことになった。早めに住処を作らないと、いつまでも彼女の家に厄介になるわけにはいかないよな。

 床にごろんと寝転がり、まるまったクーンのお腹を枕にしたことも心地よさマシマシである。

 家、家かあ。

 丸太を作るのはわけはないけど、丸太だけじゃ家にはならないのは当然のこと。

 ダガーだけだと伐採と枝落としをするには問題はないが、細かい作業ができない。

 石を切り出すのならどうだ?

 ハクの家は石造りだよな。起き上がって、壁に手を当て、再び寝っ転がって床を撫でる。どちらもすべすべでしっかりとした作りだった。

 石造りは石造りでどうやったらいいのか見当がつかないな。石造りの場合は石と石を繋ぐ石膏やモルタルのような建材が必要だ。

「ふああ」

 考え事をしていたら、急速に眠気が襲って来てすぐに意識を手放した。

 

 ◇◇◇

 

 ふ、ふふ。家作りについて、大きな進歩があったんだよ。

 なんと、ハクから大工道具を借りたんだ。

 ハクの家の土間に棚があって、そこにノミ、カンナ、キリ、トンカチといった道具が置いてあった。埃をかぶっていたけど、錆は浮いておらず手入れせずとも使えるくらいの上物である。

 食事情のグレードアップも急務であるが、ずらりと並んだ大工道具を前にしたらもう気分は家作りに傾くってもんだ。

 日曜大工? 生まれてこの方、付与術の研究に殆どの時間を費やした俺がノコギリなんて握ったこともない。

 前世? 前世では……組み立て家具を作ったことくらいならあったかな。

 そんな俺が家作りなんて大それたことができるのだろうか。なあに、何事も経験、経験ってものよ。は、はは。

 昨日積み上げた丸太の前で仁王立ちになる俺の本気を察してくれたのか、クーンはソロで散歩に出かけていった。どこで魔物と遭遇するか分からないから、少し心配だ。

 クーンの足なら、まず大丈夫だと思うけど、心配なものは心配だから仕方ないじゃないか。

 ぐう、こんなことならすぐにクーンを追いかければよかった。覆水盆に返らずとはこのことである。

「こうなったら、やれる限り、やってやるぞ!」

「丸太に登って遊ぶのか?」

「え?」

「よお」

 振り返ると中指と人差し指を立て左右に振る無精ひげ、ぼさびさ頭の見知った中年男が立っていた。

「マルチェロ!」

「ほんと泡を食ったぜ」

「本当にごめん」

「お前さんが無事でよかったぜ。喋っていたら錯覚するが、まだ小さい坊主だし、剣も握ったことがなさそうだったからな」

 どんだけいい奴なんだよ、この人。

 俺の不手際で彼をおいていっちゃったのに、彼は俺の身を案じてくれていたんだ。その一心で唯一の手がかりであった虹のかかる渓谷まで様子を見にやってきた。

 ちょっとうるっときちゃったよ。

「んで、子供の遊びをしそうにないお前さんが丸太で遊ぼうとしてたのか?」

「いやいや、あ、まあ、遊びといえば遊びかも」

 マルチェロに事情を説明する。

 ふむふむと顎に手を当て髭を撫でて話を聞いていた彼は、子供ながらにここで暮らそうとする俺を否定するでもなく大工仕事をするなら手伝うぜ、と申し出てくれた。

 よおっし、とノコギリを手にした彼に待ったをかける。

「借り物だから刃こぼれしたりしないように付与術をかけたい」

「ん? 余り変わらないだろ」

「やらないよりはやった方が断然いいって」

「構わんが、魔力切れにならないようにな」

 んじゃ、任せる、と俺の背中をポンと叩くマルチェロ。

 彼はしっかり俺の付与術を見ていたんだ。クーンと盟約を結ぶ前の俺の付与術をね。

 以前の俺の付与術なら、確かに彼の言う通り余り変わらない。

「エンチャント・タフネス、そして、エンチャント・シャープネス」

 ノコギリではなくマルチェロから借りているダガーへエンチャントをかける。

「試してみて、借りっぱなしでごめんね」

「予備のものだから構わんが、物は試しか」

 クルクルと器用にダガーを回転させる彼に内心ハラハラする俺だった。ダガーの刃先が指に触れたら、スパッといってしまうから。

 ストンと丸太にダガーの刃先を立てるとすううっとダガーが丸太の中に埋まっていく。

「お、おいおい」

 彼がダガーを引き抜くように手首を返すと丸太がスパンと切れた。

「なかなかのものだろ」

「驚いた。こいつは『本物の』付与術じゃねえか」

「本物の……って、偽物のなんてあるの?」

「付与術どころか魔法にも詳しくねえが、練習用の付与術みたいなものを使ってたんじゃねえかって思ってたんだ」

 お、おお。分かり味が深い。

 彼が子供ながらに付与術を使う俺をみて特に驚いた風もなかったのは、練習用の簡易的な付与術だと考えていたからだったのか。

 付与術には練習用なんてものはないが、魔力が少ない俺の発動した付与術は本来のものに比べ格段に威力が低い。

 知らない人からみたら、別の何かだと思われても不思議ではないよな。うん。

「隠すことでもないか、実はさ」

 彼に自分の魔力が少なすぎて付与術が本来の力を発揮していなかったこと、クーンと出会い、彼と魔力を共有することで本来の付与術を発動できるようになったことを伝えた。

「見ず知らずの俺に言っていいのかよ」

「俺はマルチェロほどのお人よしを知らないよ。マルチェロに話すことができないのなら、誰にだって言えないって」

「俺はこう見えてちょいと悪いおじさんなんだぜ」

「あははは」

 腹を抱えて笑うと、苦笑し困ったように頭をガシガシとかくマルチェロに笑いが止まらなくなってしまう。

「このままダガーを使わせてもらうぜ」

「ノコギリじゃなくていい?」

「ティルもこれ使うか」

「助かる」

 彼から渡されたのはダガーと長さは同じくらいだけど、横幅が半分くらいのものだった。

 料理用? 何だろうと聞いてみたら解体用のナイフなのだって。

 解体用のナイフってケーキ用のナイフみたいにギザギザになっているのかと思っていたがそうではないらしい。

 解体用のナイフもエンチャントで強化すれば豆腐を切るかのように木が切れる。

 一方でマルチェロは少年のようなキラキラした目で木を倒し、枝落とししていた。それだけじゃなく岩までスパンスパンとして、「おお」と喜んでいる。

 俺がチラ見していることに気が付いた彼はコホンとワザとらしく咳をして、切り出した岩へダガーの先に向けた。

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